ショートショート「裏路地のバーで」
この店の扉は女の私には少し重過ぎると、いつも思う。
でも開けた途端に「開けてよかった。」と思わせる魅力がここにはある。
暖かな店内と、掠れたレコードが奏でるジャズのメロディー。
静かで重いウッドベースの音に溶けているお酒の匂い。
サックスやトランペットが無い、大昔のジャズは好き。
そして、また一人で飲んでいる彼を見つけるのも好き。
「隣、いい?」
返事はいつもOK。
つまらない気もするけど断られたらきっと怒ると思う。
注文は?とマスターに聞かれて「彼と同じ。」と答える。
もう、10年以上も彼と一緒に飲んでいるうちに、いつの間にか飲めるようになった(なってしまった)
バーボン・ダブルのロック。
この味も好き。
彼と同じ味、彼に近づけたような錯覚の味。
でも、この場所は時々嫌い。
彼がよく、女の人を連れて飲んでいることがあるからだ。
どんな関係かも解らないけど、親しげにしている姿を良く見る。
まぁ、おなじ人を2回と見ないから、ただの遊びなのかもしれないけど、 見た瞬間には身体が強張るのが自分でも解る。
この間は白い和服を着ていた日本髪の女性。
彼の肩に寄り掛かり、彼は女性の肩を抱いていた。
心の中に嫌な煙が一杯詰まってきて頭に血が上る。
すぐに飛び込んでいって滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。
でも、それをする権利が自分に無いことを思い出して、
そんな日は私は扉を閉めて、店に入るのをやめる。
見られただろうか、と、どきどきする。
彼はきっと気が付いているのだろう、と思う。
もう何年もそんなことの繰り返しで、自分でも自己嫌悪になる。
──── でも、飲んでいる彼の横顔はすてきだと思う。
とりとめのない私の話しに付き合って相槌を打ってくれる。
彼と飲める時間はきっと、私にとって必要な時間なのだろう。
──── ドアを開けるとカラン、と低いベルの音がする。
店を出て陽気な音楽とイルミネーションで輝く街を歩く。
幻想的な風景も好きだけど、この肌に染みこむ様な寒さも好き。
私たちは今夜も、アパートまで腕を組んで帰った。
彼は決して断らない。
それを知っている私。
私の腕を通して伝わる彼の体温が温かく私を誘う。
このまま彼に求められたら、きっと私は拒まないだろう。
彼のキスはきっとタバコとバーボンの味がするだろう。
そんな想像をしてしまう自分は嫌い。
そして、決して私を誘わないとわかっている彼も嫌い。
いつも入り口につくと笑顔でお互いの部屋に別れる。
「おやすみなさい。」
と言って。
たったそれだけ。
私はなにもなくてほっとする。
それから身動きの取れない私を甘えさせてくれる彼に感謝する。
──── おやすみなさい。
私は今夜も彼とあの人を思い出して眠りについた。




