ショートショート「舟幽霊」
俺の名前はジョージ、タキシードに蝶ネクタイなんぞしているが、一応探偵だ。
今夜はミキに連れられて、ある有名な政治家のパーティに呼ばれている。
ミキは女だが一流の弁護士だ。大胆なドレス姿に今夜はまわりの女が霞む。
パーティは東京湾を一周する船の上で行われていた。
どうも俺はこういう場が苦手だ。俺は一人で甲板に逃げた。
────── 生暖かい風が流れた。
すると海の中から大きな黒い人影が現れた。
「ひしゃくをよこせ。ひしゃくをよこせぇ。」
確か鏡割りをした筈だ。俺はスタッフに頼んで柄杓を一本持ってきてもらった。
渡すと、黒づくめの男は底を確認して、にやりと笑った。
黒づくめの男は柄杓で海の水をすくっては甲板に投げ入れる。
何度も何度も投げ入れて、甲板がびしょぬれになってきた。
・・・こいつは何がしたいのだろう・・・?
俺も酔っていた。
こいつが何の目的でこんなことをしているのか、俺にはまだ理解できなかった。
まさか、この船を沈めようとしているのか?
いや、そんな筈は無い。全長80m、2,000トンを越える客船だ。
柄杓一本でどうこう出来る代物ではない。
パーティが終わりに近づいていた。男の水を入れる速度が早くなった。
必死に海水をすくっては甲板に投げ入れる。だが、水は空しく排水溝に流れるのみだ。
間に合わないのだろうか。
手伝おうか、と言ったが断られた。根性はあるらしい。
船が港に戻る少し前に、男は俺に柄杓を返して泣きながら海へと沈んでいった。
本当にあいつは何がしたかったんだ。




