ショートショート「むじな」
俺の名前はジョージ、しがない探偵なんて稼業をしている。
銀座、白い大きなデパートを過ぎて少し歩くと、美を競い合う二つのビルがある。
その脇道をほんの少し入り込んだ先、裏通りの空気と独特の匂い。
そこは俺に仕事を世話してくれる女弁護士の事務所だ。
手を触れたら火傷じゃあ済まない・・・そんな女。
食事の誘いを丁重にお断りして、俺はポケットに仕事を詰めて帰る。
タバコを取り出して思い留まり、俺は代わりに空を見上げた。
鱗雲の隙間が灰色に塗り直されていた。
忙しそうに、とても忙しそうに。
日比谷線の駅を越えたところで、灯されたばかりの赤提灯を見つける。
わざわざこの屋台に来るのも久しぶりだな。
背中しか見せない店主の話を聞き流し、ラーメンを啜っていると男が駆け込んできた。
年の頃四十代のサラリーマンがこの世の終わりのような顔をしてやがる。
何を言ってるんだかわからない男に、俺はコップの水を渡した。
「女を見たんだ!、お、女!!そ、そしたら、その・・・か、顔。顔が!!」
慌てふためく男に店主はゆっくりと振り返り
「ふーん、お前さんが見たのは・・・こんな顔ですかい?」
風が乾いた音を立てた。
・・・まだやってるのか・・・と尋ねる俺に、店主は何も無い顔でへへへと意地悪く笑った。
可哀想に、鞄も眼鏡も落として逃げちまったじゃねぇか。
ちゃんと交番に届けておけよ、と釘を刺して俺は屋台の暖簾を跳ね上げた。
客を脅かす悪い癖を持ってはいるが腕のいい店主だ、今度行ってみるといい。




