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第27章・孤狼の生涯(前編)

 唖倉浪才こと朝浦義朗――通称”じぃ”の破天荒な性格は両親から受け継いだものである。


 第2次世界大戦の際、彼の父親は兵士として徴収された。だが、その男は争いを嫌い、戦場を離脱した。そして身分を隠しながら様々な国を放浪し、最終的に敵国であるアメリカの領土に定住した。


「じゃ、じゃあ……アンタがハーフだってのは……」


「スーコから聞いたか。その通り、ワシの母親はアメリカの娘だった」


 その娘も、戦争が嫌いだった。二人がどのようにして出会い、恋に落ちたのか。それは非常に興味のあることだが、残念ながら”じぃ”も詳しいことは知らなかった。


 戦争が終わりに近づいたころ、二人は日本に渡った。戦時中の混乱を巧みに利用して戸籍をでっち上げ、日本人同士として結婚した。


「ムチャクチャなことすんなぁ……」


「朝浦家の血筋だな」


 しかし、戸籍上は問題なくとも、一目見ればその娘が日本人でないことはすぐにわかってしまう。当時のアメリカは敵国。当然、見つかればただではすまない。娘は重病患者と偽って決して表に出ず、ひっそりと生活していた。


「よほどワシの父親に惚れとったんだろうなぁ。でなけりゃ、異国の地で引きこもり生活など到底できはしまい」


 やがて、子どもが産まれた。忌わしい子どもが。


「常識破りの両親からは、常識破りの子どもが産まれた。生まれつき白髪の赤ん坊がな」


 さすがの両親も我が子の白髪には驚いた。異国間の血のなせる技なのか、正体を隠し続けることによる精神的なストレスが遺伝したのか、原因はわからない。しかし、産婆を呼ぶこともできず苦労して産んだ子どもだ。どんな形容であれ、それは二人の愛の結晶に変わりない。


「そしてワシは両親からの愛情を受けながら育った。親のいない子どもが多かった当時としては恵まれた方だ」


 だが、優しく接してくれるのは両親だけであった。一歩外に出れば、周囲の人間からの反応は「気持ち悪い」である。幼いうちは頭に布を被せて誤魔化してきたが、自分の足で自由に歩き始めるようになるともうお手上げである。親が目を話した隙に表へ飛び出し、その白髪頭をさらけ出してしまった。


 髪が白い。ただそれだけで、義朗少年は悪魔のように気味悪がられた。


「ワシが10歳のころ、母が本当の病気にかかって死んだ。その出来事さえも、周囲の人間達は『悪魔に呪われた』として認識したようだった。……唯一の救いは、母が異国の人間だと最後までバレなかったことだな」


 その後、少年を待ち受けていたのは受難の日々だった。父親が出稼ぎに行っている間、少年はずっと一人だった。外に出れば、大人たちは眉をひそめて自分を避ける。子ども達は石を投げつけてくる。自然、家の中にいることが多くなる。


 かつて母が素性を隠して生活していた部屋。そこにはたくさんの本があった。それらの本を一日中読みふけることが少年の趣味であり生きがいになった。


 やがて少年も成長し、自分で働くようになった。相変わらずどこに行っても嫌われ続けていたが、工場の作業員として真面目に働いた。そこで得た賃金をコツコツと貯金し、ある額まで稼ぐと少年は旅行に出かけた。


「別にどこか目的があったわけじゃない。ただ……ひょっとしたら、どこかに自分を受け入れてくれる場所があるかもしれない。そんな拙い希望を抱いての旅だった」


 帽子で隠そうともせず、あえて白髪をさらしたまま九州に向かった。だが、旅先でも彼への好奇と嫌悪の視線は絶えなかった。道を歩けばそこらじゅうの人間が彼に注目し、負の感情を持つ。


 その旅の途中、父が事故死したという報せが入った。そして少年は確信した。


「自分は、もう誰からも愛されない――とな」


「……」


 夜季は老人の顔を見る。その顔に刻まれたしわの深さが、そのままこの男の人生の深い影を象徴しているように思えた。


 ”じぃ”の話はなおも続く。


「だが、この魅月町を訪れたとき、ワシの人生は変わった」


 夏空の下、少年は魅月町の農道を歩いていた。その日は天気がよく、気持ちを軽くするために散歩していたのだ。


 すると、前を歩いていた少女がサイフを落とし、気付かずに去ろうとした。少年はサイフを拾い声をかけようとしたが、思いとどまった。


「突然白髪の男に声をかけられては、その少女が気の毒だと思うてな……」


 だが、勇気を出して声を掛けてみた。サイフを押し付けすぐに逃げ去ろうと思いながら。


『あの、サイフ落しましたよ』


 声に気付き、少女は振り返った。その顔を見たとき、少年は思わず息をのんだ。


 こんな田舎町の人間だとは思えないほど白く透き通るような肌、形のよい唇。少し長めの黒髪からは、品のある香りが漂ってくる。それだけに、目元を覆う白い包帯が際立った。


『ありがとうございます。……私、目が見えないので、申し訳ありませんが手渡していただけますか?』


 そう言って盲目の少女は手を差し出した。サイフを渡すとき、わずかに二人の手が触れあった。


『もしよろしければ、お礼にお茶をさせてください』


「それが、後のワシの女房――ツグミだ」


「!? ツグミって……アンタの小説のヒロインの名前じゃねぇか」


「そうだ。……あの話自体、ワシの体験をアレンジしたものだ」


 少年にとって、ツグミは初めての友だった。盲目がゆえに、白髪のことで嫌われることもなかった。むしろ逆に少年の方から「自分は白髪のせいで悪魔だと言われている」と話すと、真剣な顔でこう答えた。


『あなたが悪魔だなんて信じられないわ。だって……とても優しい声をしているもの』


 二人はたちまち仲良くなった。ツグミは幼い時の事故で視力を失い、今もリハビリを続けてはいると言った。そんなツグミに、義朗は色々な話を聞かせた。


「ワシはガキのころから本ばかり読んでおったからな。その本の内容を覚えている限り言って聞かせた。時には自分自身の感想や考察を交えてな」


 成人すると同時に正式に魅月町に住所を移した。それからも毎日二人は出会い、話をした。そんなある日、ツグミは提案した。


『ギロウの話はとても面白いね。……ねぇ、いっそのこと、自分で本を書いてみたら?』


 半ば遊びだったが、いざペンを取ってみるとサラサラと手が動いた。膨大な読書量と考察、そしてツグミに話して聞かせる行為が、そのまま物書きとしての修行になっていたのかもしれない。


「試しに一作出してみたら、予想以上の反響だった。それを報告すると同時にワシはツグミにプロポーズした」


 そして、小説家・唖倉浪才としての道が開けたのであった。

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