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第26章・月夜に紡ぐストーリー

 一か月が経ち、十二月の中旬。


 夜季との約束通り、文化祭が終了するとすぐに”じぃ”は入院した。その病室に、夜季、雛子、凛、夕紫、壬織が見舞いに来ている。


「いい加減、入院生活も飽きたのぅ」


「頼むから、勝手に抜け出したりすんなよ」


 ”じぃ”は相変わらず飄々としている。


「ふん。ワシは退屈になるとなにをしでかすかわからんぞ」


「だから、退屈させないために毎日僕らが来るんです」


 凛が笑って答える。


 西条兄妹と夕紫は、”じぃ”の本当の容態については知らされていない。ただの風邪だと伝えられている。


「監視つきか。まるで囚人だな」


「そんなことより、じぃ。映画のビデオ持ってきたよ」


 雛子がカバンの中からビデオを取り出す。中身は無論、文化祭で公開した映画である。


「おう、そこのビデオデッキに入れといてくり。……なんだかんだで見るヒマがなかったからのう。今夜ゆっくり見させてもらうわ」


「そーいや俺もまだ見てないんだよなぁ……」


 夜季が頭をかきながらつぶやく。


 文化祭の終了以来、メンバー達は多忙の日々だった。


 唖倉浪才の孫だということが知れ渡り、雛子は唖倉浪才のファンに質問攻めを受けるハメになった。壬織はヒロインとしての名演技が高く評価され、アマチュアの演劇団体から引っ張りだこになっている。凛は、現・生徒会副会長として次期生徒会役員選挙の準備に追われていた。夕紫は受験生たちからの「勉強を教えてくれ」という依頼に応えるのに忙しい。


 しかし、最も多忙を極めたのは、夜季である。


「スッゴイよね〜。ヨキって、プロの人に認められたんだって」


 映画の一般観客の一人に、たまたまプロの絵描きがいたのだ。そして、その人物が夜季の描いた絵に感銘を受けて絶賛した。


「なんか、卒業したら弟子入りしないかとか言われてよ……」


「ほう。そりゃ大したもんだな。受けるんか?」


「わかんねぇ。突然ンなこと言われてもなぁ……」


 それはそうだろう。いきなり弟子入りなど言われても現実感がわかなくて当然だ。


「そろそろ面会終了時刻だね」


 凛が時計を見て言う。


「また明日来るからね、じぃ。ちゃんと元気になって早く退院して、クリスマス楽しもうね」


「ふぅむ……ワシゃあクリスチャンではないが、賑やかなのは結構だ。いっそのこと病室でドンチャン騒ぎするか?」


「……アンタは迷惑っつー言葉を知らんのか?」


「はて、耳慣れん言葉だな」


 ハハハ……と笑いながら、一同は病院を出た。




 そしてその日の夜。”じぃ”は病室を抜け出した。


「……そうだ。今すぐ来い」


 公衆電話で、ある人物を呼び出す。場所は、初めて夜季と”じぃ”が出会った公園だ。


「よい月だ……」


 街灯が必要ないほど、月明かりが周囲を照らしていた。九州南部とはいえ、真夜中の十二月は寒い。吐く息が白く凍る。


「こんな日にゃ、熱燗で一杯やりたいところだな。盃に注がれた酒に、月を映しながら飲むのが上手いんだが……それももう飲めそうにないのう」


「……なにやってんだ。アンタ」


 ”じぃ”の座っているベンチの後ろから、声がかかる。呼びだされた人物――夜季が到着したようだ。


「来たか。ヨキ」


「こんな時間に何の用だ? あれほど言ったのに抜け出しやがって」


 夜季もベンチに並んで座る。


「もっと怒られるかと思ったが、意外に冷静だな。ヨキ」


「アンタにはなにを言っても言うだけ無駄だからな。……でも」


「でも?」


「これだけは言わせてくれ。……マジで死ぬぞ、アンタ。こんなことしてたら」


 夜季の表情は暗い。言っても無駄。でも言わなければならないことだ。


「ああ。わかっとる。こげなこつしょったら、直にワシゃあ死ぬ。やけん……ほんの少し(はよ)うなるだけだ。予定よかな」


 その言葉で、夜季の中の疑惑が確信に変わった。そしてそれを”じぃ”自身が裏付けた。


「どっちみち、ワシの体はとっくに手遅れだ。ここでお前さんに初めて()うた時にゃあ、もう死期を悟っとった」


(やっぱり――)


 夜季は改めてとなりに座っている老人を見やる。この男の無言の迫力は、”死”を受け入れた人間のそれだったのだ。


「病院に行くのを断ったのは、どうあがいても助からんと確信したからだ。それならば、残った時間を自由に過ごしたいと考えてな」


「……当然、スーコも知ってたんだな」


「……ああ。ハッキリとは伝えんかったが、なんとなくワシの死期が近いことは察しとったようだ。……スーコはスーコなりに、色々気遣ってくれたようだな」


「……」


 なんとも、奇妙な光景だ。今しゃべっている老人は、間違いなく死に瀕している。それにも関わらず、その顔に苦痛や悩みの影はない。むしろ、その瞳は生き生きと輝いているようにも見える。


 そのせいだろうか。夜季も、この老人を無理やり病院に連れ戻そうという気持ちになれなかった。本来なら、声を枯らしてでも「生きろ」「命をあきらめるな」と叫びたいところである。しかし、それをさせない力が、”じぃ”にはあった。


「ヨキ」


 血の気の薄い唇が動き、低い声がゆるりと這い出て来る。


「今夜お前さんを呼びだしたのは、どうしても話しておきたい物語があるからだ」


「物語?」


「ああ。ワシ……朝浦義朗の人生を描いたストーリーだ」


 宇宙の果てまで見渡せそうなほど澄み切った星空のもと、ポツリ、ポツリと、”じぃ”の昔話が始まった。

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