第17章・迫りくる不吉
――アマチュアからプロへ昇華する手段の一つに、スカウトされる、というものがある。太一の所属するバンドグループは、まさにその切符を手にしかけていた。
「来週の君たちのバンドの成果次第で、正式にうちの事務所で雇うことにする。そうすれば、晴れてプロの仲間入りだ」
スカウトに来た男の言葉で、練習に熱が入った。他の心配事は捨てて、ただ練習だけに集中した――
――その連絡を聞いたとき、希望は音をたてて崩れた。プロ入りが決まる大事なライブ。その会場となる特設ステージが、何者かによって破壊されたという報せによって――
本番前日。雛子をはじめとするメンバー達は朝浦家に集合していた。ただし、いつもの2階ではない。1階のリビングだ。
「楽器壊された人たちも、一応許してくれたけど……。やっぱり責任は僕たちだよね」
「リン。その話は一旦置いといてくれ。またスーコをなだめるのが面倒だ」
「うーるーさーいーっ!」
雛子が強引に遮って話を変える。
「その人たちとも話し合って、ラストシーンをどうするか考えたの。えっと……」
「演奏は練習で録音したテープを使って、私が一人で歌うことになりました」
壬織が言葉を継ぐ。
「へぇ。壬織のソロ?」
「一人で歌うのは苦手ですけれど、演劇の一部だと考えればなんとかなりそうです」
「ミオちゃんって、本当スゴいんだよ〜!」
雛子が声を大きくし、壬織の隣に移動する。
「撮影の時なんか完璧にキャラクターになりきっててさ、しかも他の人たちにもビシッと演技指導なんかしてさ、オマケに歌まで上手いんだもん〜」
「あ、あの……先輩……」
雛子は壬織の腕にすがって頭をこすりつける。
「ハタから見てるとどっちが先輩だかわかんねーな……」
ごもっとも。身長も壬織の方が少し高い。
「それに加えてこの艶々の黒髪は反則でしょ〜」
「自慢の妹でして」
凛が笑って言う。
「か、髪の艶なら兄さんの方が……」
「羨ましすぎるぞ! この三色兼備姉妹〜」
「だから姉妹じゃないって……」
「それと才色兼備、だな。正しくは」
凛と夜季がツッコミをいれる。そして相変わらず沈着な夕紫。いつもの光景だが、一人、重要な人物が抜けている。
「それはともかく、唖倉先生の容態は?」
「んー……特にスゴい熱ってわけでもないんだけど……」
”じぃ”は数日前から体調を崩していた。本人の意向で病院にもいかず、医者にも診せていない。
「やっぱり一度診察してもらった方がいいかなぁ。じぃは大丈夫だって言ってたけど」
「いらん。病院なんざ、控え室で待っとる間に何をうつされるかわからんわ」
当の本人が、2階から下りてきた。
「じぃ、寝てなくて大丈夫なの?」
「客が来たら出迎えにゃならんだろう。体っちゅうんは、適度に動かさにゃ弱る一方だ」
どことなく足取りがおぼつかない。いつもの飄々とした笑みも、影が濃く感じられる。
「ヨキ。絵はできたんか?」
「あ、ああ。もう完成して明日の朝一で貼りに行く。下手に学校に置いとくと何されるかわからねえからな」
「そうか。そりゃあ是非見てみたいもんだな」
と言いながら階段を降り切った途端……。
「う……ゴホッ、ゴホッ!」
「じぃ!?」
「ゴホッ、ゴホッ……!」
”じぃ”は激しくせき込んだ。それは長く、呼吸が止まるのではないかと思うほど長く続いた。
「お、おいおい……ムリすんなよジジィ。休んでろ」
夜季が”じぃ”の肩を支える。
「ゴホッ……。ふ、ハハハ。ヨキ、お前さんがワシの心配をしてくれるとはなぁ。天変地異の前触れか、はたまた雪でも降るか」
「笑ってる場合じゃねーっつの。こっちに風邪うつされたくないだけだ」
夜季はそのまま”じぃ”を2階の部屋へ連れて行った。
「雪って言えばさ……今年は、降るかな……」
「どうだろうね。例年と比べて少しは寒くなるみたいだけど」
前にも言ったかもしれないが、魅月町には雪が降らない。九州南部に位置するこの町では、せいぜい数年に一度か二度、ほんのわずかにちらつく程度である。
「見たいなぁ……今年は」
「この町じゃあムリだな」
夜季が2階から戻ってきた。
「それじゃ、俺はもう帰るぞ。明日早いし」
「あ、じゃあ僕たちもそろそろ」
「うん。また明日ね……」
心なしか、さっきから雛子の声が重い。
「どーした? 元気ねーぞ」
「え、そう? ……大丈夫だよ、うん」
雛子に見送られ、夜季、凛、夕紫、壬織は朝浦家を出た。
「それにしても、誰なんだろう。犯人は」
「暮越ぐらいしか思いつかねえんだけどな……鍵盗んでデータ消去なんて面倒なことアイツはしねえはずだ」
「……少し怖いです。明日、無事に映画を公開できるか」
壬織の言うとおり、なにかしらの妨害が入る可能性は大きい。
「わけわかんねぇな……。ユーシ、お前なんか閃かねえか?」
ダメ元で聞いてみる。すると、少しの沈黙の後に夕紫が口を開いた。
「……き」
「お〜い! ヨキ!」
言葉を遮って走ってきたのは、有田だった。
「マモルさん。どーしたんすか?」
「ハァ、ハァ……おい、ヤベーぞ。明日の文化祭」
息を切らせながら有田は深刻な表情をつくる。
「ヤバいって……」
「明日の文化祭、お前らの学校のクレゴシとか言う奴が仲間を集めて暴れるんだとよ」
「暮越!?」
「さっきたまたま道端で不良どもが話してるのを聞いたんだ。祭りをメチャクチャにしてやるとかなんとかよ……」
一同の間に、緊張の空気が流れる。
「やっぱり……やっぱりアイツだったのかよ!」
夜季がそう叫んだ。
そして時を同じくし、学校ではある人物達が会話をしていた。
「なぁ。アンタ本当にやる気あんのか? くだらねぇことばっかりしやがってよ」
「……」
相手の男は、何も言い返せない。ただ黙って汗をかくばかりである。
「アンタが全然ダメだからオレが余計な手間をかけるハメになったんだ。わかってんのか?」
「……」
「明日だ。明日、もう一度チャンスをやる。ちゃんとやらなかったら……」
その先の言葉を、相手の男は何度も聞かされていた。全ての原因が自分にあることを知りながら。




