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第15章・動き出した影

 ――数年ぶりに再会したその人物は、とても自分の知っている男だと思えなかった。


「久しぶり。タイチ」


「ひさしぶり……だね」


 いつも下を向いて涙の跡が残っていたその顔には、派手なサングラスがかかっていた。クラスメートの男子がよく引っ張っていじめていた髪は、金色に染められていた。


「奇偶だよな。オレがこのグループでのし上がってきたのと同時に、タイチも有名になってきてんだから」


「そんな……。有名なのは僕じゃなくて……」


「そう謙遜するなって。聞いてるぜ? あのバンドチームが売れ出したのは、お前がメンバーに入ったおかげだってよ」


 口調まで、昔とは違っている。


「けどさ……もう少し大人しくしてた方がいいンじゃねぇか? あんまりハデにやりすぎると目ざわりだからよ」


(そんな! チームのみんなはただ音楽が好きで、好きなことに一生懸命突き進んでいるだけなのに……!)


「この町で暮らしたいんなら、オレ達の機嫌を損ねないようにしろよな」


 太一は、飛びだしそうになる言葉を必死に抑えてその場を去った――




「ほぅ、それは災難だったな」


 朝浦家の2階。部屋にいるのは”じぃ”、凛、夕紫である。


「それにしても妙な奴だな。入口の鍵はわざわざ事前に壊しとくくせに、戸棚の錠にはちゃんと鍵を使うとはな」


「昨日、確かに棚の鍵をかけて先生に渡したんです。その後先生が職員室の鍵箱に保管していたのが、いつの間にかなくなっていたらしいです」


 事件が発覚したのは、凛と夕紫が不審な人物を見かけた日の翌日だった。その日、新たに撮影したシーンを編集する為にディスクを棚から取り出そうとすると、なぜか閉めたはずの鍵が開いていた。もしやと思ってデータを確認すると、ものの見事に、中身は空っぽにされていた。


「幸い、撮影したビデオカメラの方にまだデータが残っていましたから、もう一度やり直すことはできるんですけど……」


「わざわざ鍵をいじったり盗んだりするくせに、効果は嫌がらせ程度だな」


 ”じぃ”がそう言うと、凛の口調が重くなる。


「効果……やっぱり、僕たちの活動を邪魔することが目的だったんでしょうか」


「そうとしか考えられんだろう。もっとも、なんでこの活動を邪魔しようとしとるんかはわからんがな。それにしてもセコイのう」


 凛の表情が曇る。”じぃ”も表面上は平然としているが、少なくとも愉快ではなさそうだ。夕紫は……。夕紫の表情からは、相変わらずなにも読み取れない。


 一方そのころ、学校の美術室では夜季が黙々と作業をして……いられなかった。


「邪魔だから、早く出て行けっての」


「静かにしてるからさ〜。もうちょっとだけ見させてよ」


 パソコン室事件の犯人はわからないが、今、夜季の集中を乱している犯人はすぐにわかる。言うまでもなく雛子だ。


 その理由は、数分前の雛子と夜季の会話にある。


「そんでさー、音楽好きな人たちとも話し合って、とりあえず曲の方はできたの。あの、バックの演奏ね。けど肝心の歌詞がまだできてなくてさ〜」


「普通歌詞ができてからだろ。作曲は」


「だいたいの歌詞は小説の中に書いてあるから、それをベースにしたの。けどところどころ抜けてるところがあって、その部分をあたしが考えなきゃなんないの」


 雛子が話している間も、夜季は描きかけの絵と向き合ったままだ。


「それで、なんで俺のとこに来るんだよ」


「こういうのってさ、理屈じゃなくて感覚でとらえた方がいいと思ってさ。ヨキの絵を見たらなんか思いつくかな〜って」


「そりゃ、お前に理屈を求めるのは無理だけどよ」


「どーゆー意味〜?」


 雛子はむっとするが、夜季の言い分は確かだ。なにしろ毎回毎回、物事の手順がメチャクチャなのだから。


「そんなに都合よく思い浮かぶかよ」


「やって見なきゃわかんないじゃん。……てかさ、なんでこんなにたくさん描いてんの?」


 本番に使う大きな布地には一切手がつけられておらず、代わりに大量の画用紙が周囲に散乱していた。画用紙には、いずれも夜の草原が描かれている。


「一度キャンバスでいい絵が描けたら本番に移ろうと思ってんだけどよ。どうもこれ、てのがないんだよな」


「……全部一緒に見えるけど」


「うっせぇな。静かにしてろよ」


 そう言って、夜季は絵筆を握る。


 そして現在。


「あーっ! やっぱりジロジロ見られると集中できねえ! 出て行け!」


「別にヨキを見てるわけじゃないのに〜!」


「うるせえ! そこらへんのやつ持って行って、どこかよそで考えろ」


 夜季は散らばっていた絵を適当に拾い、雛子に押し付ける。


「どうせなら最新のやつがいいよ〜」


「どれも同じに見えるんだろ? だったらどれでもいいじゃねえか!」


「あっそうか」


「そうかって、おい……」


 ……ここですぐに納得していまうのだからスゴい。夜季も拍子抜けしてしまった。


「とにかく、邪魔だから出て行け」


「はーい。頑張ってね〜」


 素直に出て行く雛子の後ろ姿を見て、もはや怒っていいのか呆れていいのかわからない夜季なのであった……。


 美術室を出た雛子は、廊下である人物に出会った。


「木崎先生、こんにちは」


「こんにちは」


 昨日、凛から鍵を預かった教師だ。


「先生、顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」


 雛子がそう言うと、木崎は顔をそむけた。


「あ、ああ。鍵の管理のことで、ちょっと問題があったからな。考え事をしてたんだ」


 よく見ると、木崎は冷や汗をかいているのだが、雛子は気がついていない。


「じゃ、じゃあ、先生は用事があるからこれで……」


「はい。それじゃ」


 会話を切り上げ、木崎が数歩歩いたとき……。


「あ、そう言えば先生」


「ひっ!?」


 雛子が再び声をかけた。木崎は明らかにビクっとして振り返る。


「お子さん、元気ですか? 小学生でしたっけ」


「あ、ああ……。4年生だ」


「休日ぐらい遊んであげてくださいね。それじゃ!」


 今度こそ去って行く雛子の背を見送り、木崎はため息をついたのであった……。

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