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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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世界崩壊の始まり7


 ―――たとえばだ。

 雨がいきなり降ってきて、つまりいうところの『ゲリラ豪雨』と呼ばれる状況。

 バケツを一気にひっくり返した様にもの凄い勢いの良いやつで、ザァー、なんていう生易しい擬音ではなく、まるでどこかの魔王の断末魔、まあそれもちょっと言い過ぎなのかもしれないけど。

 とにかく。それくらいの威力の雨が降っていたら、普通はみんな雨宿りするなり、たまたま持っていた折りたたみ傘を差すなり、あるいは雨具を買いにコンビニを目指したり、もしくは思い切って濡れる事を覚悟の上、駆け足よろしく家路へと向かうなど、いきなりの豪雨に巻き込まれた際に、何かしらの対応策を取ろうとするのが、一般的に考えて普通だろう。

 もちろん、僕もそんな普通の中の一人なわけであり、下校中に予測出来ない急激な豪雨に襲われて、全速力で走り出した。たまたま降り始めた時、目の前にバスの屋根付き停留所があったから幸いだった。

 梅雨に入ろうとしている五月後半、天気の神様が、わざわざ梅雨前線がそろそろ到着しようとしている事を伝える為に、からっとした晴天から一転、こんな土砂降りの雨を降らしたのかもしれない。余計なお世話にも程がある。


 とりあえず、どんどんと雨量が強くなる状況、運良く雨宿り出来たことに一息ついていると、―――目の前の光景に驚く。

 僕の目の前をゆっくりと歩いている黒髪長髪の美少女。

 そう、何事もなく、優雅に散歩をする様にゆっくりと、平然と歩く。

 豪雨の中、傘も刺さずに制服姿で。

 ただ、土砂降りの雨の中、手ぶらで歩いているだけで何を騒ぐと思うかもしれないけれど、余りにも自然に歩く様に、動揺していた。

 この辺りでは見かけない制服を着ているところをみると、近所に住んでいるわけではないのだろう。というよりも、横顔をだけでもはっきりと分かる、あれだけ美人の女子高生が近所に住んでいたら、今まで彼女の噂が耳に入らないはずがない。

 そう、その人間離れした彼女の美しさに、いつもは絶対にしない行動を取ってしまったのかもしれない。


「あ、あの、ねえ君っ……―――」


 すぐ近くにいる僕に、また雨宿りができるバス停にも目もくれず、そのまま通り過ぎてしまいそうな所、無意識に声が出てしまい呼び止めてしまった。

 同い年くらいの女の子に声をかけるなんて、僕らしくもない。

 やってしまったという後悔を感じながらも、見てみると彼女は振り返るどころから、そのまま歩いていく。

 それなりに大きな声を出したつもりだったが、激しい雨音のせいで、ひょっとしたら彼女の耳には届かなかったかも知れない。

 呼び止めてしまった所、何て言って良いのかわからないので聞こえなくて良かった。

 安心して、ほっと胸を撫でおろした時に、彼女はぴたりと立ち止り、ゆっくりと振り返る。数秒間、彼女の睨みつけるような視線が僕に注がれる。


「なに?」


 小さな唇を少しだけ動かして、そう言った。

 いや、正確に言えば、多分そう言ったと思うのが本音だ。

 実際、屋根に降り注ぐ無数の雨音のせいで、何にも聞こえなかったのだから、勘違いや、気のせいかもしれない。

 だけど、僕の呼び止める声により、その場に立ち止まってくれた事には間違いない。滝のような豪雨に打たれてはいるが、改めて正面で彼女の顔をはっきり確認する。

 ―――とにもかくにも綺麗だ。

 水も滴るいい女、なんて言葉があるが、それはきっと彼女のために出来た言葉なのではないかと思えるほど、土砂降りの雨に打たれる彼女は美しかった。

 それと同時に、言葉で言い表せない怖さも兼ね備えた、妖艶な雰囲気を持っているように感じた。美しいバラには棘がある、という表現よりも、美しい棘にはバラがあるという、表現の方がしっくりくる。

 そんな風に、彼女の「なに?」に答えようともせずに、ただただ見蕩れていると、またゆっくりと、僕の方へと歩み寄ってくる。近づけば近づくほどに、彼女の美しさと、怖さが増していくようで、僕はその場から動きだすことも出来ずに、瞬きすることもできずに―――


『スパァァンッ!』


 ―――何故かビンタされました。


「……っへ?」


 気の抜けた声が、無意識に漏れる。手に持っていた、スクールバッグをつい離してしまい、ちゃんと口が閉まっていなかったのか、中から教科書が何冊か出てきてしまった。

 一体何が起きたのかわからない、どういう反応をすれば良いのか戸惑っていると、彼女は僕の顔に職人が魂を込めて造りあげた人形のように、美しく整った顔を近づけてくる。 

 心臓の鼓動が早まる。耳の中に太鼓を叩いている小さなおっさんがいるんじゃないかと思えるほど、鼓動が響き始める。

 残り十センチもないところでやっと彼女の進撃は止まった。

 沈黙。

 まっすぐと僕の顔を見る彼女、そのどこまでも深い黒の瞳に、僕の姿が映るのが確認できるほど、彼女の顔は近い位置にあった。

 彼女の髪の毛先から、滴がしたたり落ちる。髪の毛というよりも、もう全体の先から。

 まつ毛の先から、顎の先から、耳たぶの先から、滴がひっきりなしに落ちていく。濡れて無いところなど一箇所も無い様に。

 頬がジンジンと痛むのも忘れてしまうほど、眼を離せないでいた。背中には冷たい汗がほとばしる。生唾をごくりと飲む込む。きっと金縛りとはこの事を言うんだろう。手も、足も、顔も動かない、ような気さえする。

 まさか、この目の前にいる恐ろしいまでの美少女は、幽霊かもしくは妖怪なのではないだろうか。

 だとしたら、この金縛りの様な状況も頷ける。でも、何故に僕が狙われなければいけないのか。 

 不用心にも声をかけてしまったから、もしくはそんな事も関係なしに、土砂降りの雨の中、雨宿りしている人間を無差別に襲う類の邪悪な存在なのかもしれない。

 ―――あぁ、面倒臭い。

 どうして僕がこんな状況に陥らなければいけないんだ。せっかく今日も一日、何事も起こらず平凡な一日を過ごせていたというのに。

 いや、こんな予測もできないゲリラ豪雨に襲われた日には、僕のジンクスから言って何か面倒な事が起こっても可笑しくない。

 大体いつもとは違う、『平凡ルート』から外れた時に、面倒な事は起きる。

 例えば、中学一年生の頃、いつも通りに学校から帰宅すると、母親の兄、僕から見て伯父に当たる人が、何の連絡も無しに家を訪ねて来た。気味の悪い笑みを浮かべながら、部屋にズカズカと上がり込んできたかと思えば、『大きな黒猫』を置いて、何も言わずに立ち去っていった。 

 何の脈絡もない状況に、何故か両親はその黒猫を我が家で飼う事に決めて、これまた何故か僕に世話係を押し付けるという、実に面倒な事この上ないイベントが起こった。

 数え上げればキリがなくなるが、そのように面倒な事が起こる予兆は決まって、いつもとは違う何かが起こる時である。まあ、猫の世話に関しては、面倒くさがりな僕に猫も懐くはずもなく、面倒見が良いというか、構いたがりの妹に懐いてから、世話という世話をしなくなったので、結果オーライなんだけどもね。

 ―――と、まあ、とにかく顔が近い。

 動揺を悟られないように、必死に現実逃避しようにも、なかなかこの異様な状況から進展しない。

 冗談混じりで考えていたけれど、本当に彼女は、人外なるものではないかと、本気で思い始めてきてしまった。

 このまま口から生気なるものでも吸われてあの世行き、という感じなのだろうか。となると、なんだかんだこの子の唇と僕の唇が重なるという状況に陥るかもしれないわけだ。

 うん、そうだな、別に痛くなく、そのままコロっと逝けるのであればそれも良いのかもしれない。特にそこまで今の人生に未練がある訳でもないし、それはそれで悪くなかったり。むしろありがたい事この上ない最高極上のイベントと言えるだろう、さあ、いくらでも僕の全てを吸い尽くしてくれ―――


『スパァァンッ、スパパァァンッ』


 ―――とか思っていたらまたビンタされました。



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