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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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世界崩壊の始まり6


「腹減ったなぁ」


 特にこれといった何かがあるわけでもなく、四限目の授業が終わり昼休みの時間を迎える。

 あーやっぱりこれだよな。うん、この何もない平凡な感じが良いんだよ。毎日、こんな感じに一日が終わってくれれば最高なんだ。


「なあ、中山田」


「……え、なに?」


 固まってしまっていた背筋を伸ばしてリラックスしていると、クラスメイトらしき男子生徒が話しかけてくる。えっと、この人名前なんだっけか。

 細身フレームの眼鏡の奥から見える鋭い目つきと、七三分けの髪型がいかにも陰険そうな優等生を演じている様にも見える。

 今年の春から二年生になり、二ヶ月程度の日にちが経つも未だにクラスメイトの顔と名前が一致しない。まあ、興味がないのだからしょうがない。

 顔の横に吹き出しでも出ていたのか、眼鏡を位置を慣れた手つきで直しながら頼んでもいないのに自己紹介を始める。


「生徒会副会長、『清木正志』だ。忘れてしまっているようなので一応、名乗っておくよ」


 忘れてしまっているのではなく、知る必要が無かったので覚えていなかっただけだ、と言いたい所だったが、面倒なので喋らないでおく。


「君に聞きたいことがあるんだが」


 まあ、そんな努力も虚しく、事態は既に面倒な方向へと向かっているようで、清木の眼鏡の奥から鋭く光る眼は、徐々に怒りをあらわにした睨みつけるものに変わっていく。

 覚えのない視線に何故、と返す前に、辺りの気配も急激な変化をしている事に気付き、声が詰まる。

 さっきまで、授業という重い鎖から解き放たれた、自由へのランチタイムに明るく騒々しい雰囲気が教室から溢れていたのに、いつの間にか剣呑な雰囲気に様変わりしていた。

 教室にいる誰もが、僕の事を見ている。視ている。観ている。

 凝視している。一斉に、静かに、且つ、物騒な眼の色をして。


「……き、聞きたい事って」


 今にも何かが破裂してしまいそうな教室から、一目散に逃げ出したい衝動を抑えて、なんとか振り絞るようにして、声を出す。

 生徒会副会長が僕の何を聞きたいというのか、全く検討もつかない。普段の素行を注意する為という事であれば、こんな不穏なムードになるわけもない。

 清木は、癖なのか、眼鏡に指をかけ、自分は過激派集団と化したクラス代表であると言わんばかりに、さらに一歩近づいて問いかけてくる。

 



「――龍音寺さんと付き合ってるというのは本当なのか?」


「……………―――はあっ!?」


 その言葉がどんな意味を指している言葉なのか、理解するのに、数秒程かかった。

 いや理解は出来ていない、僕が、誰と、付き合っているって? 

 途端に、教室内にいる女子、もしくは男子が破裂した風船の如く奇声をあげる。あっという間に喧騒の真っ只中に立たされた僕は状況が全く掴めない。

 その中でも清木の声は喧騒の中でも良く通り、先ほどよりも少し声を荒らげて、演説を続ける。


「榊原西高校の、いや日本の国宝と言っても過言ではない、地上に舞い降りた美しき女神のごとく見目麗しい、あの『龍音寺麗羅』さんと、あろうことか中山田、君は二人きりで仲睦まじく一緒に下校していただろう!」


 僕が、あの龍音寺と二人きりで仲良く下校したって?

 そんな馬鹿な事があるわけがない。 

 一体このインテリ眼鏡は何を言い出すのだろうか、いくら生徒会副会長という特にどうでも良い地位があろうとも、言いがかりにも程がある。

 どうして僕が、クラスメイトでもあり、榊原西高校のマドンナ的存在である龍音寺麗羅と二人きりで下校する事になるのか? 逆に優しく懇切丁寧に説明してもらいたい。

 確かに僕は、彼女、『龍音寺麗羅』という人間を、偶然にもクラスメイトの誰よりも、恐らく少しだけ知っている。いや知ってしまっているという表現の方がしっくりとくる。

 でも、だからと言ってそれが理由で、仲が良い、という関係には到底繋がらない。ましてや、二人きりで下校するなんて、そんな後々面倒な事になるとわかりきっている事を、この僕がするとは思えない。


「しらばっくれても無駄だ。俺自身がこの眼で見たんだ、今にも手を繋いでしまいそうな距離で、仲が良さそうに、何気ない話題で盛り上がっているように、柔らかく微笑みかけるように、それはもう包み込むように……くそ、羨ましいじゃないか!」


 演劇部と言われても遜色のない役者がかった動作をしながら睨みつけられる。

 いやいや、話を詳しく聞けば聞くほど、全部こいつのでっち上げた妄想なのではないか?

 と、全てをそれで片付けてしまいたかったが、周囲の反応からすると、それはあながち嘘ではないのかもしれない。

 昨日の事で、かもしれない、と考えるのは可笑しい事と気づいている。

 でもそれもしょうがないだろう。だって僕には昨日の記憶がない。正確に言えば、『放課後からの記憶』だけがごっそり抜け落ちている。

 根も葉もない言いがかりだ、これは僕を陥れる為の陰謀に違いない、誰か腕の良い弁護士を呼んでくれ、と声高らかにして反論したい所ではあるけれども、鍵となる記憶が全く思いだせないのだから、どうしようもない。

 自分の身に覚えのない自分を、他人が知っているという状況は非常に気持ちが悪い。


「なんとか言ったらどうなんだ。それに集めた情報によると、どうやら下校に誘いかけたのは龍音寺さんから、という話だそうじゃないか。どうして君の様な……いや失礼。だが、何がどう転んでそのような事態になったのか、検討もつかないではないか」

 

 そっくりそのままお前にその言葉を返してやりたい。

 龍音寺が僕を誘う? どうして僕を……。

 話を聞けば聞くほど、謎は深まるばかり。

 靄が頭の中から離れない、ああ、本当に気分が悪くなってきた。

 この場を打開する為にはどうすれば良いのか、吐き気と共に、襲ってくる頭痛に頭を押さえながら、ふと、天啓が舞い降りた。


「……あ、そうだ。龍音寺だ」


 そう、事の発端でもある龍音寺に話しを聞けば、全て問題は解決するのではないだろうか。


「龍音寺さんがどうかしたのか? ちなみに今日、龍音寺さんは体調が悪くなったと連絡がありお休みするとのことだが……ん、もしかしてその急なお休みにも中山田、君が関わっているのか?」


 その言葉を聞いて、教室がさらにざわめき始める。心なしか、先ほどよりも皆の距離が近づき取り囲まれている気がする。

 ああ、ちくしょう。なんでこんな事になってしまったんだろうか。

 僕は、ただ単に平凡な高校生活を送りたかっただけなのに。出来る限り波風を立てないように、平凡で、平坦で、これといった脈絡もない、普通な人生を歩みたかっただけなのに。 今の僕はどうだ、クラスの注目の的も良いところじゃないか。いや、ひょっとしたらこのままいくと、学年中の騒ぎの的になってしまうかもしれない。

 そうじゃなくても今年の榊原西高校の二年生は、女子のレベルがかなり高いらしく、一学年、三学年からも注目されていて、また近隣の他校の男子なんかも覗きにくるほどらしい。

 そして、その中でもひときわ異彩を放っている龍音寺は、電撃的な時期外れの転校生という事も相まってなのか、一ヶ月も経たない内に、早くも榊原西高校のマドンナ的存在へと成り上がった。

 誰がそんな事を言い出したのかは分からないけど、龍音寺を女神と崇め、陶酔しきっている、このインテリ眼鏡野郎が張本人なのかもしれない。

 そんな、神がかり的な人気を誇る龍音寺に手を出す、だなんて、破滅しか道は残っていないじゃないか。


「おい、なんとか言ったら――」


 ガタンっ、と大きな音を立てながら、勢いよく席を立ってみせると、辺りの音が一瞬静まり返る。


「……便所」


 クラスの皆の視線を一斉に浴びている僕はなんて言っていいのかわからず、とっさに思い浮かんだ言葉をつぶやきながら早歩きで教室から出ていく。もう、むしろ競歩といっても良い速度で。

 とりあえず渦中から抜け出す事に成功した僕は、頭を抱えるようにして歩きながら、カオスな頭の中を一つずつ整理していく。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 まず、今朝、眼を覚ますと、疲れていてパジャマに着替えることなく寝てしまったのか、制服を着た状態だった。基本的に寝る時には、パジャマに着替えないと寝れない人間なので、非常に珍しい状況ではある。さらに、シャツの右肘の辺りには削られたような見覚えの無い穴が空いていて、穴の周りには絵の具とは思えない、真っ赤な血が染み付いていた。

 また、身体の節々が筋肉痛になってしまったかのように全身がかったるく、鉛のように重く感じた。まるで、運動不足の僕が、急に何かから逃げる様に全速力で走ったんじゃないかと思えるくらいに。

 次に、龍音寺。

 生徒会副会長兼、龍音寺信者こと清木正志が言っていた言葉と、周囲の反応からするに、龍音寺は僕を下校に誘い、仲睦まじく一緒に帰ったとのこと。龍音寺は僕に優しく微笑みかけ、話は盛り上がり、それはもう傍から見れば、カップルかの様に。

 ありえない、それは絶対にありえない。

 僕は面倒事が嫌いなんだ、生粋の怠け者といえば、少し誇張気味になるのかもしれない。だから、低すぎず、高すぎない程度の中間にあたる『平凡』を目指して生きている。

 人が人と関わって、面倒事が起こらないわけがない。それを心の底から理解している僕が、あろうことか全校生徒の注目の的である龍音寺にアプローチをかけるわけがないんだ。

 でも、心のどこかで否定しきれないのは、思い出せないからだろう。

 断片的に思い出せるのは、いつも通りの授業風景、いつも通りの弁当に入った梅干、いつも通りの窓から眺める校庭。学校から家に帰るまでの記憶は、得体の知れない煙に巻かれるように思い出すことができない。

 

「下校途中の部分だけの記憶障害、か……」


 一度、病院に行った方が良いのかもしれない。

 そんな事を考えていると、重低音がお腹の中で響く。

 あてどもなく、廊下を歩いていて、今が昼休みの最中である事を忘れていた。

 スクールバッグの中に母親手製の弁当が入っているけども、あの無駄に殺伐とした教室に今は戻る気になれない。

 余程お腹を空かせていたのか、適当に歩いているつもりが、いつの間にか購買にたどり着いていた。

 アルバイトをしていない事もあり、雀の涙の如く少ない小遣いでやりくりする為に、できる限り節約したいところではあるけども、今回ばかりはしょうがないだろう。

 久しぶりの購買に、遠目からサンドイッチや、おにぎりの入ったガラスケースをチェックする。見たところ、人気がありそうな商品は既に売り切れてしまっているようだ。

 年末年始のセール期間中ほどの喧騒ではないが、思っていた以上の賑わいと行列に驚く。確か、ガラスケースの奥に立つ、柔らかい笑顔で微笑むおばちゃんは、隣町で弁当屋を営んでいるらしく、そこが美味しくてリーズナブルな値段という評判を聞いた事がある。

 購入していく生徒一人一人に、「いっぱい食べるんだよ」「いつもありがとね!」と、一声かけていく姿に、それも人気の理由の一つであるのだろう。

 行列に並ぶのは嫌いだけど、お腹の重低音は更に抗議の音を鳴らしていく一方だ。

 十数人程度立ち並ぶその後ろに自分も混ざる。教室にある弁当は家に持ち帰って食べるとしようじゃないか。

 生徒たちが楽しそうに喋る賑やかな状況の中、何を購入しようか考えるでもなく、他の案件に思慮を巡らす。

 どんなに深く潜ろうとも思い出せないのはもうしょうがない、ならばどうやってこの状況を乗り切るかが肝心になってくる。まあ、考えたところで、龍音寺本人に昨日の状況を聞くのが一番手っ取り早い方法ではあると思うんだけど、残念な事に龍音寺の電話番号はおろか、メールアドレスすら勿論知らない。

 狙ったかのように体調を悪くしてお休みである今日、龍音寺に接触することは不可能に思える。

 それじゃあ、担任の教師に龍音寺の連絡先を聞けないだろうか。もしくは学校を休んでしまっている事もあり、授業内容を書いたノートを届ける為に、住所なら教えてくれるかもしれない。

 ――いや、普通に考えれば、近くに住む女子が持っていくものだろう。それを何の接点もない男子が持っていくというのも可笑しい話だ。まして今や僕は、望んでもない悪い意味での『クラスで話題の男子生徒』だ。そんな騒ぎの原因とも成りかねない奴に、ノートを託すとも思えない。

 龍音寺は本当に体調を悪くしてお休みをしているのだろうか。まさか本当に昨日のやり取りの中で、何かしら僕が原因で学校を休んでいるのではないか、ああ、もう疑心暗鬼になりかけている。


「どうすりゃ良いんだよ………ん?」


 深いため息をこぼし、ふと、辺りが静まり返っていることに気づき―――絶望する。

 その空間にいる全ての生徒が、僕を、僕だけを見ていた。


「あれが例の……」

「龍音寺さんもなんで彼を……」

「ほんと最悪……」


 聞きたくもない声が嫌でも耳に入ってくる。

 意識する前に、棘のような視線から逃げるように走りだしていた。

 

「畜生……どうしてこんな事になってしまったんだよ!」  


 どこに逃げても、好奇な目線は自分に注がれている気がして、途方もなく走り続けた結果。追い詰められる様にいつの間にか屋上へとつながる扉の前に立っていた。

 無駄に大きな扉は、全体的に錆びているのか赤茶色に染まっていて、榊原西高校の年季を感じさせる。屋上への扉は、理由がない限りは鍵がかかっている為、今は開かない。


「はあ……どうするかな」


 どこに行っても、気分の悪くなる好奇な視線。実に八方塞がりとはこの事を言うんだろう。

 それにしても、改めて龍音寺の狂気じみた人気ぶりに恐ろしさを感じる。ここまで生徒達を魅了する事ができるなんて、これはもう人間の領域を超えているんじゃないだろうか。


「ああ、もう面倒くせぇよ……帰ろうかな」

 

 もう、考えるの面倒になってしまい、体中が一気に気だるくなる。なんでこんな事でこんなに悩まないといけないのか、僕の大事な平凡を返してくれ。

 そのまま力なく赤茶色の錆びた扉に寄りかかると、金属の擦れ合う不協和音を奏でながら扉が開く。予想外の出来事に、反射神経など皆無な僕の身体は、屋上の地面へと背中越しに倒れる。

 腰の当たりに地味な痛みを感じつつ、外に出た事を確認させてくれる、太陽の光が目の前を覆う。眩しいながらも、気持ちの良い日差しが身体を包みこむ。夏休み前の6月後半、日差しは暑すぎるようにも感じるが、さっきまでの鬱陶しい気分が晴れるようにも感じて、ほんの少し気分が楽になる。

 雨が続いた梅雨時期が嘘の様に、雲一つない青空は透き通っていた。今日は一日中快晴だと思うのが当たり前だろう。

 でも、この世界は何が起きるのかわからない。現状の僕がそうでであるように、予報はあくまで予報であるように、燦々と輝く太陽と青空が一転、激しいゲリラ豪雨に襲われるかもしれない


「ゲリラ豪雨か……」


 龍音寺麗羅。

 彼女の事を、僕は良く知らない。

 だけど、僕は皆の知らない彼女を、偶然にも少しだけ知ってしまっている。

 『嘘』と『毒』。

 榊原西高校に時期はずれの転校してきた日の一日前に、僕は龍音寺と偶然にも出会った。

 それは、梅雨時期に入る前の今日の様に良く晴れた日。

 その地域にいた誰もが予測する事の出来なかった、強烈な『ゲリラ豪雨』に襲われた時だった。


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