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『嘘』と『毒』使いの彼女は僕の世界を崩壊させる!?  作者: 濱田健太郎
第一章 世界崩壊の始まり
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世界崩壊の始まり3

「ちくしょおおおっ―――」


 なんか結局騙されてしまったような、微妙な感情のまま僕は、相手の気を引かせるように叫びながら首なしマッチョの横を通り過ぎる。当たり前のごとく、首なしマッチョは自身の筋肉を蠢かしながら、方向を僕の方へと向き直り、ターゲットを確認すると、ゆっくりと走り始める。


「うわぁきたきたきたぁっ! おいっ龍音寺っ! 具体的には僕はどうすれば良いんだよぉっ!」


 首なしマッチョと距離を取りながら、龍音寺に聞こえるように大きな声で問いかける。


「そこのT字路を右に曲がって少し行った所に、古びた公園があるでしょう? そこまでそいつをおびき寄せてっ」


「あー……『墓場公園』か、了解……って追いつかれるぅぅぅ!」


 生まれてこの方、この街から出た事がない僕にとって、この街は庭のように知り尽くしている、と言うと少し誇張になるかもしれないけど、ある程度の地形はさすがに嫌でも頭の中に入っている。

 なので、龍音寺の言っている古びた公園が、すぐに頭に思い浮かびあがる。

 その古びた公園、通称『墓場公園』。簡単に説明してみれば、元公園、公園だった場所。

 いつだったか、母親から聞いたところによると何十年も昔からある公園らしく、昔は、遊具が色々あり、むしろ増築されていく一方で、そこらへんの近所一帯に住んでいる子供達はこぞってそこで遊んだらしいが、今はその面影すら残っていない。

 鎖しかついていないブランコ。錆びて真ん中から折れてしまっている鉄棒。階段が無く底の抜けてしまっている滑り台。ゴミや雑草の生い茂る砂場だったような場所。

 全てが色あせてしまっていて、まるでガラクタ達の集落のようで、その様子から、誰がそう呼び始めたのか定かではないが『墓場公園』と呼ばれるようになったらしい。

 今では、そのガラクタ達も少しずつ撤去されていて、唯一残っているのは、比較的まだ新しいと思える、木製のベンチがポツンと一つあっただけだったと思う。

 そして、その不気味なネーミングセンスのおかげで、子供たちおろか、大人さえもあまり近づこうとしない無駄に広めな広場である。


「はあっはあっ……着いた」


 記憶のままの光景が目の前に広がる。ただの広場と言ってしまえばそうかもしれないが、よく見てみると、元遊具だったものがちらほらと無残な形になって見える。やはり、墓場公園という名にふさわしい。

 思っていた通り、人気は無く、木々の代わりに周りには廃ビルが立ち並んでいる。高校生になった今でも、夜間の時間帯、ここには来たくない。夕方でまだ比較的明るいとはいえ異様な雰囲気を感じる。

 どうやら奴は、曲がるという動作に関してはとても鈍くさいらしく、引き離す事が出来たのか、後ろを振り返ると、そこには奴の姿は見えなかった。息を整えながら、ひょっとしたら消えていなくなってしまったんじゃないか、なんて希望的観測をしてみたが、それは、ただの願望だったようだ。

 僕がそこで立ち止っているのを知っていたのか、走るのをやめてゆっくりとゾンビのような足取りで、こちらに近づいてくる。走ってようが、歩いてようが、不気味なのは変わらない。

 ふう。さて、龍音寺さんよ。早く来てくれなきゃ、マジで逝ってきちゃいますよ。

 まず、化け物退治だなんて自信満々に言い始めた龍音寺だったけど、いったいどんな方法で倒すのか。

 そもそも、龍音寺は今まで『化け物退治』をした事があるんだろうか? あの落ち着いた態度をみれば可能性はあるだろう。と、まあ。彼女の場合は、どんな危機的状況に陥っても、淡々と無表情に『あら、なにかしら?』とか言いそうだけど。

 うん、ていうか、僕、ピンチだよ。


「……っとうわああっ!?」


 ゆっくり動いていた、首なしマッチョがマッハを思わせる動きに変わり襲いかかってくる。

 ギリギリのところで奴の突進を転がりながらもかわしてみせる。まるでスタントマンさながらだな、なんて浸りたい気分でもあったが、そんな場合ではない。

 ダンプカーが横を通り過ぎたんじゃないかと思えるような重量感を感じた。闘牛さながらに通り過ぎた首なしマッチョは急ブレーキをかけて急転回すると、四つん這いになり、獣のような動作に変わる。


「一体何だっていうん……だ?」


 ふと、辺りの空気が変わった様な気がする。ゆっくりと辺りを見渡すと、首なしマッチョが数体増えている事に気付く。それも少しずつ体型の違う首なしマッチョが。

 地獄絵図とはつまりこれの事を言うのだろう。死の恐怖も感じているのかもしれないけど、表現しがたい別の恐怖が全身に駆け巡っている。

 目を背けたくなる肉の塊達に囲まれてしまい、逃げようがない。口や牙などないけど、全て四つん這いになってい

首なしのマッチョに囲まれるくらいだったら、狼やハイエナの方がまだマシに思えてしまうのはきっと僕だけじゃないはずだ。

 緊迫感に少し欠ける珍妙な空気感の中、ゆっくりと夕日だけは沈んでいき時が過ぎていく。

 周りの音は時間が経つにつれて少なくなっていくように感じ、今更大声で助けを呼ぼうにも。誰かに届く事はないだろう。むしろ、既に臨戦態勢な首なしマッチョ達に、大声を上げようものならあっという間に撲殺されるかもしれない。さすがにこの数からは逃げ切れる気がしない。

 それにしても何故、龍音寺はわざわざこんな人気の無い所を指定して来たのか。

 確かに、これから『異様な化け物』とバトルするにはうってつけの場所かもしれないけれど、冷静に考えれば何の武器も無い状況で倒せるはずもないし、大体こいつらに、人間の武器や科学が通用する生物であるかさえも分からないこの状況で『化け物退治』なんて馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 普通に考えるならば、人通りの多い通りにでも逃げ込んで、警察でも、自衛隊にでも、何かしら助けを呼びに行くものではないのか。

 それじゃあ、龍音寺は何故、そんな事を口にしたのか。

 僕が知らないだけで、最近の女子高生の間で『化け物退治』が流行っていて、インターネット上で『安全な化け物討伐方法』とかいうサイトを参照しながら皆さん退治に励んでる、なんてわけじゃないだろう。

 まさか、僕を囮に自分だけそそくさと安全地帯に逃げ込んで、なんていういつもながらの「私、嘘つきなの」パターンではあるまいし。流石に毒や嘘にまみれた彼女だってそこまで非人道的な事を犯すとは思えない、ははは、なあ、そんなわけ……ないよね。


「お待たせしたわね、中山田くん」


「りゅ、龍音寺!」


 ああ、心の底から来てくれると信じていたさ龍音寺。 

 安堵感と少々の罪悪感と共に、声のする方向へ振り返る。


「どうしたのかしら、そんなみっともない声を出して?」


「……何しているんだ、龍音寺」


 振り返ると、そこには確かに、龍音寺の姿が。ただし、この墓場公園で唯一、形を残しているベンチに、ビール片手に野球中継を見るかの様に寝そべっている。


「何もしていないわ、そうね、強いて言うのであれば腹斜筋を鍛えているとでも言っておこうかしら」


「こんな場面で、シェイプアップに勤しむ奴がいるか!」


「あら、いつだって女性は、スタイルを維持するために必死なのよ。これだから童貞は思慮が浅くて叶わないわ」


「……そそそ、そんな事は今はなにも関係ないだろ!」


 何を根拠にそんな事を決めつけているのか、僕には一切合切検討もつかない。空想や憶測だけで決め付けるのは非常に失礼極まりない。

 本来であればその事について反論したい所ではあるが、とにかく今はそんなことで議論している場合ではないので、気持ちを切り替え、話を戻す。


「この状況を一体どうするつもりなんだよ」

 

 龍音寺は、ベンチに寝転がりながら何も喋ろうとしない。何かを考えているように見えるが、何も考えていないようにも見える。

 辺りを見渡したところ、誰か人がいる気配もないので助けを呼んだわけでもない。もちろん物騒な武器を取りに行ったわけでもなく、これからこの未確認物体とドンパチするとは到底思えない。

 僕を囲むようにしていた、首なしマッチョ達も、急に現れた龍音寺の存在に気づいたらしく、円の外側にあるベンチに悠々と寝転がる龍音寺にターゲットを一斉に変える。


「―――フィールド展開。……そうね、少しだけ広めにしようかしら」

 

 見えない誰かに喋りかけているように、独り言を呟いたかと思ったその刹那、軽い浮遊感に包まれる。


「なんだよ……これ」


 ありえない事が起こる。目の前の廃れた風景が、奥へ、横へ、不自然に伸びていく。気付くと、元々そうであったかのように、墓場公園は全体的に広がっていた。

 小学生がちょっとした野球でもできるぐらいの面積に広がった驚きの状況に、表情はもちろんわからないが、首なしマッチョ軍団も所在なさげにウロウロしている、恐らく動揺しているに違いない。

 もちろん、一番動揺しているのは僕で、その反対は龍音寺だ。

 いつしか、ざわめく風の音も聞こえなくなり、聞こえる音は自分の心音のみ。そんな奇妙な空間の中、いたって冷静沈着。流れ作業のルーチンワークを無感情で無表情に対応するように。


「なあ、龍音……」


 この奇妙な空間に耐え切れなくなった僕は、龍音寺に助けを求めるように声をかける。ここは何処なんだ。ここで何が起きているんだ。僕は今、『一体、何に直面しているんだ』。

 龍音寺は凍てつく様な視線で僕を一瞥した後、何を喋るでもなく、ベンチからようやく立ち上がり、首なしマッチョ達に向き直る。


「そういえば、まだ言ってなかったけれど……―――」 


 しなやかに、ゆるやかに、腕から手のひらまでゆっくりとした動作で首なしマッチョ達に向ける。眼を凝らしてみれば、透き通るような白い肌をしているはずである龍音寺の手のひらは、炎が灯ったように赤く輝き始める。。

 その光に反応する様に、首なしマッチョ達は一斉に龍音寺を目がけ走りだす。細身の龍音寺に比べ、二倍以上の体積がある、その巨躯には似合わない獣の様な俊敏さで。


「やばい、龍音寺逃げろっ!」


 どうして良いかは分からないが、とにかく首なしマッチョ達を追いかける。自分が走った所で何も出来ない事はもちろん分かっていたけれど、理屈だけで身体は動くものじゃない。

 反射的に足を動かしながら、怒涛の首なしマッチョ軍勢の先に立っている龍音寺に叫ぶ。

 僕の声が届いたのかどうかは分からないけど、視線の先に映る相も変わらない無表情の美少女が囁く言葉は、僕の耳に確かに届いた。



「――あなた達、本当に気持ち悪いわ」


 添えるような毒の一言。

 その瞬間、目の前が赤く染まり激しい轟音と共に爆発した。

 爆風に巻き込まれて、眼を開けることすらできずに、ただその場でうずくまる。

 音がなり止む事を確認し、恐る恐る瞼を開ける。

 目の前の地面は、えぐられたようにクレーターが出来ていた。まだ熱が冷めやらないのか煙が上がっている。

 先ほどの爆発で無残にもバラバラに散らばった首なしマッチョ達の残骸。全て今の爆発に巻き込まれてしまったのか、寒々としたこの空間に立っているのは、龍音寺と僕の二人だけ。 

 自分の足元にまで飛んできた残骸にゆっくりと近づいてみると、ボロボロと崩れる。土で作った人形が高温度の炎で燃やし尽くされたように。

 呆然と立ち尽くしていると、また、身体が一瞬だけ宙に浮くような感覚を感じ、瞬く間に僕の知っている、元の墓場公園に戻っていた。

 広くもなく、狭くもない、ベンチがひとつあるだけ。爆発のクレーターも、首なしマッチョの残骸も、跡形もなく消えてしまった。


「一体、何が起きたんだ……?」


 いつの間にか隣に立っている龍音寺に、顔を向けても、いつも通りのゾッとするくらい美しい無表情なだけで、何も喋ろうとしない。

 どうしてこんな状況になっても、そんな表情でいられるのか。


「龍音寺……お前、一体何者なんだ?」


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