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春夜恋  作者: ものもらい
本編:
1/28

0.




※この作品には、「アルビニズム」のキャラクターが登場します。

時代設定上、「呪われている」などと描写されていますが、当然ながら事実ではありません。

ご不快に思われる方は、申し訳ございませんが読まれないことをお勧めいたします。







都から遥か東にある山に、見事な桜がございます。

旅人の心を癒すように山道に植えられた桜の木々は美しく―――けれども中でも一本だけ、異様に大きく立派な桜の木がございました。


その立派な桜の木の下には目が眩むような宝が眠っているのですが、宝にとり憑いた鬼に守られているせいで、どんな屈強な男たちが宝を狙ってきても皆無残に殺され、鬼に魂まで喰われてしまう―――という、恐ろしい噂もあります。



しかし、そんな鬼の棲む山であろうと、幾人もの人々が懲りずに訪ねて行きました。

ある人は噂が真実か否かを確かめる、度胸試しのために。

ある人は麓の村から見ても妖しく美しい桜に惹かれ、誘われるように山に消え。

ある人は、一刻も早く山向こうへ行くために、危険を顧みず山に踏み入りました。


そのほとんどの人間は帰ってきませんでしたが、実は一人だけ、生きて山から逃げ出せた者がおります。

着物はずたずたに切り裂かれ、あっちこっちに切り傷をこさえた男は半狂乱で、「鬼が、桜が」と喚き、正気に戻ることなく亡くなってしまったそうですが……。


男の痛ましい死の後に、彼らは村人だけでも鬼から身を守ろうと―――不用意に山の奥に行かぬことと、夜は山を見てはならないことを取り決めました。

それゆえに長い間、豊かな山の恩恵を村人たちは受け取ることができなかったのです。






―――さて、わたくしがこの話を詳しく聞きましたのは、雨の夜のことでございました。


寂しい村の坊主などをしておりますわたくしのもとに、山の向こうからやって来たという若い商人が「泊まらせて欲しい」と申し出てきまして、日頃から年老いた村人か猫ぐらいしか相手のいないわたくしは喜んで彼を中へと招き入れました。


突然の雨にやられたと笑った彼のために湯を出し、温かい食事を出したところとても喜んでくださって、わたくしのお願い―――ちょっとしたお喋りに付き合って下さいました。


彼は商いの失敗談や不思議な話をおもしろおかしく語って下さいまして、最後に語ってくれたのが先ほど話した「山の鬼」のことでございました。



「そうだ、お坊さん、あの山に鬼が棲んでるって話を知ってるかい?実はおれは、あの鬼と知り合いなんだよ」


汁物を啜って、彼は「本当はね、」と悪い顔をします。


「あの山にいるのは、鬼じゃあないんだ。いるのは手練れの盗賊ばかりさ。おれの知り合いも当然鬼ではなくてただの若い男でね、あの道を通る人間の衣服やら何やら奪って食料なんかに替えてるのさ」


―――彼曰く、「鬼」と誤解されている男は、いつも顔や頭を隠すように布を巻き、使い込まれた太刀を一本と「戦利品」を背負って、山向こうに居る彼のもとへやって来るのだそうです。

その訳ありな格好とわずかに見える異様に白い肌、不思議な色をしている瞳以外は特に変わった人間でもなく、がっしりとした体躯にハキハキと話す堂々とした青年なのだとか。


青年と彼との交流はそこそこ長く、まず奇妙な青年と初めて会った時、「物々交換をしたい」と見せてきたのは最初、大きな鳥と毛皮、小刀や鎌などでした。

彼は小刀や鎌に「赤い染み」があることに気づきましたが特に何も追求せず、持ってきた物と釣り合うだけの望みのものを交換しました。

―――その日から青年は数日に一回、訳ありな格好と太刀を一本、「戦利品」を背負っては彼のもとを訪れたそうです。

回を重ねるにつれて、青年が持ってくるものは「どう見ても盗品」と分かる代物でございましたが、突っぱねるには惜しいほどの綺麗な布や簪などがございましたから、彼はやっぱり何も言わず、青年の望むものと交換していたのだそうです。


「いやね、そりゃあおれだって最初は『ダメだ』と思ったんだがね、あの男があんまりも堂々としてて、見てるこっちも『まあいいか』って思っちまったんだよ」


……そう聞いて、わたくしはとても困りました。仏の教えを説く者としましては聞きたくないことでもございました。

しかし今説教を垂れる気にもなれず、また彼がこちらの口を挟む隙を与えずに続きを語り始めたので、結局最後まで大人しく話を聞くことにいたしました。


「なんとなく、口元くらいしか見えないが―――ありゃあいい男なんだろうなあ。ちょいと無愛想だけども、……ああでも、妹の事となると、少し口調が柔らかくなってたな」


どうやら青年の望みのものを交換し合ううちに、彼は青年に女がいることに気づいたのだそうです。

価値の高い「戦利品」を交換しにきた日はいつも、女物の櫛や鏡、果物なども求めたからだそうで、ふと冗談で「奥さんかい?」と問うたら「妹だ」と答えたのだとか。


あまり冗談に乗ってくれない青年でしたが、妹に関連することであれば多少は―――年相応の一面を、ほんの少しだけ見せたそうです。その意外なところを気に入った彼は、調子がいい日は彼の妹に、とおまけをしていたのだとか。

そのせいか、青年は時折、ぽつりぽつりと妹や、自分のことを話すようになりました。


曰く―――自分はもともと都で暮らしていたが、頼りだった母が病死してからは訳あって親族から家を追い出され、ここまでやって来たのだそうです。

母に似て病弱な妹を抱えて生きていくのは難しく、また村に受け入れても貰えない事情があるために今は賊をして日々食いつないでいるのだと。


そこまで聞いた彼は青年に妹の歳を聞きますと、なんと自分の末の妹と同い年でございました。

すると途端にこの兄妹を他人事のようには思えなくなって、毎度青年が物々交換をしにやって来ると、それに少しおまけをするようになりました。

青年はそのお礼なのか、あの山に用がある時は護衛をしてくれるのだそうです。


するとあの山に棲む鬼こと盗賊どもが今日のように襲って来ても、すぐに追い払ってくれて助かる―――と彼は笑いながらお茶を飲みます。



―――そうこうしているうちに雨が止み、朝日が出ると、彼は「どうもありがとう」と頭を下げて山へと向かいました。

わたくしは結局説教も何もできず、ただ二人―――いえ、三人に仏の加護をと祈りを捧げました。






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