目覚めた横には
歓迎会でたらふく飲み食いしたその夜、ミツキ・グレンテイルは夢を見た。
それは初出勤を明日に控えた日の夢。友人のメイカが自分にむかって不吉なことを言うのだ。
「あなたは明日死ぬ」
「縁起でもないこといわないでよ。なんであたしが死ななくちゃなんないのよ」
水晶玉を覗き込みながらメイカは答えた。
「占いの結果」
メイカ・ブラックハーブは王都ミストリアの魔法学校卒業生だ。
水魔法に適性があり、毒や薬の調合が得意なので村で薬屋を開業している。
魔力を使って酒造もするので、夜は店で酒類を提供している。が、占いは専門ではない。
「待って。……やっぱり死なない」
「いい加減な占いだわね」
ミツキがそう非難すると、いつものようにメイカは表情も変えずにいった。
「カンガルーに助けられる」
「カンガルーってあの珍獣の?」
反射的にミツキは聞き返した。
「分からない。何かの暗示かも」
「役に立たないわね」
とミツキは肩をそびやかした。
「占いなんてそんなもの。はっきりしすぎてると運命が変わる」
「……占う意味あんのそれ?」
「意味はない。ただの趣味」
ただの趣味で死の宣告なんかするな。
ミツキが抗議しようとしたとき、そこにメイカの姿はなく、水晶玉が乗っていた机の上にはかわりにカンガルーの置物が乗っていた。
置物は、見方によっては人間のようにも見えた。
――夢はそこまででミツキは目を覚ました。
夢、というよりは記憶の切れ端のような、とりとめのない映像。
起き上がり、ベッドのはしごを降りると、水を求めて階下へ向かう。
飲み過ぎたせいでまだ頭がふわふわしていたが、階段を降りるたびに徐々に夢の気配は遠ざかっていった。
水がめで喉を潤したミツキは、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
◇
「うぇぇえーーーーい?!」
朝靄のなか、『飛べないドラゴン亭』に奇声が響き渡る。
奇声の主こと俺、シロックはベッドの上で困惑していた。
目を覚ますと隣で美少女が眠っている。
燃えるような赤毛。白い肌。薄紅色のキャミソールとショーツ。
身に覚え? あるわけない。
「これ……どういう状況?」
奇声をあげずにはいられないだろう。
「っるさいわねえ……何時だと思ってるのよ」
悪態をつきながら寝返りを打った少女の顔は、俺の知る人物のものだった。
ていうかミツキだった。
「むんにゅら……」
意味不明の呟きとともに寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、俺の顔を見てたっぷり五秒は静止する。
やがてミツキはこめかみを押さえながらゆるゆるとかぶりを振った。
「ちょっとまって、どういうことなのこれ。つまり酔った勢いでっていうパターンなの? 嫌よ……ショックだわ。こんなのってないわ。全然覚えてないなんて! やり直しよ! あたしのはじ……」
「落ちつけ」
いきなり押し倒してくるミツキをとりあえず諌める。
「多分ミツキが想像しているようなことは起こっていない」
昨日、歓迎会から眠るまでの記憶は朧げながらちゃんとある。
それからさっき起きるまでの間、俺はずっと眠っていた。……はずだ。
いったいなにがあったのか。
少し、記憶を整理してみよう――
◇
業務を終えたあと、俺たち役場職員は村一番の酒場である『飛べないドラゴン亭』の一角を占領して、歓迎の宴を繰り広げた。
新鮮な猪肉料理が中心だったり、少々ハプニングがあったものの宴会はつつがなく終了。さあ帰ろうかというところで俺は、難しい顔をしたウィル先輩に河岸を変えないかと誘われた。
初対面の相手に声をかけることに、彼なりの葛藤があったのだと思う。
連れられて入ったのは『メイカの店』という、やる気の無い字体で書かれた看板の店だった。
そこで、なぜか俺たちと並んでカウンター座っていた村長。
ウィル先輩がくだを巻くなか、俺は村長に勧められるがままついつい強い酒に手を付けてしまう。
――気付いたときには、俺はウィル先輩に引きずられるようにして『飛べないドラゴン亭』のドアをくぐっていた。
「あれ、ここ一軒目……?」
「二階が宿屋になってるんだよ」
苦しそうな声で教えてくれるウィル先輩に、大丈夫ですかと聞こうとして、自分が担がれていることに気が付く。
「すいません。もう大丈夫です」
「……おう」
さっき飲んでいたときは気付かなかったが、ここが俺の下宿先であった。
「部屋は分かるのか」
それについては事前に聞いていたので頷いておく。
ウィル先輩はこの村で両親と暮らしているらしく、俺が大丈夫そうなのを確認すると『飛べないドラゴン亭』のドアに手をかけた。
「今日は初対面なのに愚痴に付き合わせて悪かったな。けど嬉しかったよ。なんて言うかお前とは……美味い酒が飲めそうだ」
「…………」
さっきまで飲んでた物は何だったのかという話だ。この人も相当酔っていたんだな。
少し心配になったが、「大丈夫だ」と手を振って先輩は夜道に消えていった。
『メイカの店』で話したウィル先輩は、第一印象と違ってごくごく真面目な人であった。
俺はこの人のことを少々誤解していたようだ。
嫌味のように聞こえた俺とミツキへの言葉も、かつてやる気が空回りして周りに迷惑をかけた自分の体験からくる忠告であった。
真面目で不器用。
それがウィル先輩に俺が抱いた第二印象だった。
俺はそれ以上先輩のことを考えるのをやめて二階へむかう。階段を上がりきると、そこはいくつかのドアが並んだ廊下になっていた。
俺は『野うさぎの間』というプレートがかけられた部屋を探す。目当てのドアは廊下の一番手前で、すぐに見つかった。
人事課から受け取っていた合鍵で部屋に入る。
月明かりが照らす室内は簡素で、家具といえば作り付けのデスクと二段ベッド、それと小さなクロゼットくらいのものだ。
部屋の大部分を占める二段ベッドの二階では、誰かが寝息をたてていた。 相部屋とは聞いていたので、驚きはしない。
ルームメイトを起こさないように気をつけながら、俺は楽な格好に着替えた。
( 明日ちゃんとあいさつしないとな)
そう思いながら、もそもそと俺は下段のベッドに潜り込んだのだった。