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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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就職、そしてふたりの先輩

「――というわけで、イカーナ村役場に採用されることとなったシロック・アルマートです。よろしくお願いします」


 先輩方の前で簡単な自己紹介を済ませると俺は頭を下げた。

 続いてミツキの自己紹介があったが、彼女は元々この村の住人であり、顔見知りも多いとみえて俺よりも簡素な自己紹介で済ませていた。


「ようこそイカーナ村役場へ」


 俺たちに向かってそう言い、ひとつ咳払いをすると村長の挨拶が始まる。


 結局、俺は採用試験とやらに合格した。


 面接といっても俺の事情や人となりは赤裸々に話してしまったあとであったし、ペーパーテストも難しかったがそれなりに解けた。

 俺はその日のうちに採用される運びとなった。


 いささか村長の強権が過ぎるというものだが、俺にとっても都合のいいことなので黙っておく。

 なんと試験の前には食べるものまで恵んでもらえ、最悪のコンディションで受験するのは避けることができた。この恩義、身を粉にして返さねばなるまい。


 しかしそれなりに勉強をしてきていてよかったなあと、つくづく思った。

 薬師がげんなりするほど世の中のことを聞きまくった甲斐があったというものだ。今度会ったら礼を言おう。

 あと、ギルド詐欺についてなぜ教えてくれなかったんだと小一時間ほど問い詰めよう。



 イカーナ――古くより、竜の住まう谷として畏敬の対象であった地。

 人と竜が共に生きるという、ドラゴン伝説の根付く村。


 嘘かまことか、いまなお空を飛ぶ赤竜の目撃情報が絶えないというこの村で、俺はこれから全体の奉仕者となる。



「まだまだ前年度の整理が残っているものもあろうが、今日からまた新しい年度が始まるわけじゃ。戦乱の時代が終わり、世に安定期が訪れてから十年。世界がめまぐるしく変化しとるなか南海を隔てた魔族の動向も気にかかるが、村の業務もまた粛々とこなさねばならん」


 村長は俺とミツキのほうへ一瞬視線を投げ、話を続ける。


「新しい仲間を迎え、気持ちも新たにしてまたこの一年、頑張っていこうではないか。わしからは以上じゃ」


 村長の言葉は最高責任者のものとしては思ったよりあっさりとしたもので、俺は好感を持った。


「驚いたでしょ」


 隣に立つミツキが小声で囁いてきた。耳に息がかかり、なんとなく甘い匂いがする。

 ミツキは演台に立つ我等がボスを目で指して言った。


「ハーフエルフなのよ」


 なるほど。それであの見た目で村長なわけか。


 おそろしく寿命の長いエルフとのハーフということは、外見に反して俺なんかよりずっと年上なのだろう。

 よく見ると耳も普通の人間より尖っていて、エルフの血を引いていることがわかる。


 この村は見たところ住人の大半が人族のようだが、そういう村でハーフエルフが長をやっているというのは珍しいのではないだろうか。


「それから新人二名の配属先についてだが……とりあえず両名とも窓口での勤務を命ずる。以上じゃ」


 そう締めくくると村長は事務室の奥に置かれた台から飛び降りる。どうやら足りない背丈を補完するために、オレンジ運送用の木箱を流用しているらしい。

 経費削減の努力が垣間見えるとともに、なんとも庶民的な雰囲気が醸し出されていた。


 演台をおりて執務室に向かう途中、村長は俺の横で足を止めると幼い顔に何かを思案するような表情を浮かべて言った。


「シロック、ぬしは北の山を越えてきたんじゃったな。なんともなかったか?」


 なんともなかったか、とはどういうことだろう。


「えーと……大猪(ボアファング)の群れに襲われてましたけど」


 ……ミツキが。


「えっ、大丈夫だったの?!」


 と村長の背後に控えていた女性が驚いて声をあげた。


 俺より幾つか歳上だろうか、艶やかな髪を長く伸ばし、たおやかな雰囲気を持つ職員だった。


「ああ、こやつはアリア。わしの秘書をしておる」


「アリアです。よろしくね」


 とアリアさんはチャーミングに手を振る。


「大丈夫です。大猪(ボアファング)は全部倒しましたから……ミツキが」


「えっ、すごい……。じゃあ、もしかして」


 アリアさんが村長を見る。


「いや、あの件とは別件じゃろう」


 と村長は首を振った。

 俺にはなんの話なのか分からない。ミツキを見ると彼女も分かってなさそうだった。


 この、村長の言う『あの件』というのが、のちの俺とミツキにも大いに関わってくることになるのだが、このときの俺はさして気にもとめなかった。



「倒したのはあたしだけど、本当にすごいのはシロックで、あたしは死ぬところを助けてもらったのよ!」


 などとミツキは熱っぽくまくしたてている。


「なんだか複雑だねー。詳しい話、あとで聞かせてよね」


 ミツキの相手をしながらアリアさんは人懐こい笑みを浮かべた。


 話がひと段落したとみて村長が話題を変える。


「ときにアリア、お前さんにはこの二人の指導を頼もうと思う」

「えっ」


 驚いた様子でアリアさんは村長を振り返り、「私、秘書クビですかぁ……?」と、おろおろした声を出した。


「前に後輩が欲しいと言うとったじゃろ」


「あっ、それは確かに、言ったような気がしますけど」


「秘書なら代わりの者をつける。お前さんもそろそろ後輩指導を経験するのがいいように思う。この二人を思う存分教育してやれ」


 村長の言葉に、自分が見限られたわけではないと理解した彼女は背筋を伸ばした。


「分かりました。責任を持って一人前に育ててみせますね!」


 村長は満足げに頷いた。


「よろしく頼んだぞ。人事の責任者へはわしから伝えておこう」


 それだけ言うと村長は背を向けて、マホガニー製の扉の向こうへ消えていった。


「というわけで、今日からあなたたち二人の教育係になったアリアです。分からないことがあったらなんでも聞いてね」


「はい、よろしくお願いします」


 アリア先輩、と今後はそう呼ぶことにする。

 彼女は村長のことが大好きなんだな。先ほどのやりとりから、そう思う俺であった。


 ◇


「――というのが基本的な流れだよ」


 マニュアルを片手にアリア先輩から指導を受ける。


 午前中いっぱいを使って職員としての心構えなどのレクチャーを受けた俺達は、午後からアリア先輩に窓口業務の基礎を教えてもらっていた。

 業務の内容は、住民登録や各種証明書の発行など多岐にわたる。

 手頃なチュートリアルとして出てきた書類が自分の住民登録だったのはどうでもいい話か。


「窓口はいろんな仕事の起点になっているから、興味があったら他の部署の仕事も聞いてみるといいよ。自分が受け付けたものがどう処理されていくのとか、全体が見えればより理解が深まると思うし」


 うーん。ちょっとしたことかもしれないけれど、そういう心掛けって大事だよな。

 俺がアリア先輩の言葉に感銘を受けていると、同じ窓口の男性職員が横槍を入れてきた。


「おいアリア」


「あっ、ウィル」


 アリアと同じ年くらいだろうか。ウィルと呼ばれた、少し影のある青年が彼女と俺たちの間に割り込んでくる。


「来たばっかりの新人に、あまり無茶な要求はするなよ」


「えー、最初は大変でも、ゆくゆくは彼らのためになると思うんだけどなあ」


「その大変さの尻拭いをするのは周りの人間だ」


 ウィル先輩はアリア先輩にぞんざいな答えを返すと、俺たちのほうへ顔をむけた。


「与えられた仕事も満足にこなせないうちに、自分の仕事以外に首を突っ込んでも面倒を引き起こすだけだ。当面は与えられた仕事をきっちりこなすことだけ考えたほうがいい」


「はあ、なるほど」


 俺は曖昧に頷いてみせた。


 確かに俺は右も左も分からない未熟者で、さらには村長の情けでここにいるようなものだ。

 背伸びをすれば周りに迷惑をかけることになるかもしれない。その点でこの人の考え方は否定しない。

 が、そんな姿勢で仕事をしていて面白いかどうかといえば答えはノーだな。


 どんな仕事をするにせよ、面白いほうが俺はいい。それから、自分が教える側になったときは、後輩の成長のために迷惑をかけられることなど厭わないだろう。


 これは冒険者を志したときから変わらない俺の思いだ。

 学習しない甘ちゃんだと、笑たくば笑えばいいさ。いまのところ曲げる気はない。


 ウィル先輩が俺の態度をどう取ったのかは分からないが、やがてくるりと背を向けて書類が積まれた自分のデスクへと帰っていった。


「なんなのあの人。感じ悪いわね」


 ミツキが悪態をつく。


「なんかごめんね。嫌な思いさせちゃって」


「えっ、ちょっと、なんでアリアさんが謝るんですか」


 ミツキが慌てて先輩を振り返った。


「あれでも同期なの。前はもうちょっと明るい人だったんだけどな……」


 そう言ってアリアさんは困ったような表情を浮かべ、デスクに向かって書類整理をする男の背中を見つめた。


「そうだ、二人とも今日仕事が終わってからって空いてる?」


「えっ、はい。大丈夫ですよ!」


 ミツキは即答だったが、俺は仕事が終わったら下宿先に挨拶でもしにいこうかと思っていたので、少し逡巡する。


 先ほど人事担当より下宿の斡旋を受けたのだ。宿賃は給料が出てからの後払いでいいとのことだったので、素直に甘えておいた。


 まあ、下宿先への挨拶はあと回しでも構わないか。そう考えて俺も問題ない旨を伝えた。


 いま思うと、このとき下宿先を優先していればのちの騒動は回避されのかもしれない。

 だが、当然ながらこのときの俺はそんなことを微塵も考えちゃいなかった。


「よかったー。主役が欠席じゃ意味がないもんね」


 屈託の無い顔で笑うアリア先輩。

 その夜、仕事が終わってから俺とミツキの歓迎会が開かれた。


 考えてもみれば、下宿先に挨拶してから歓迎会に合流しても、余裕で間に合ったんだよな。

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