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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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村の少女

「立派なボアファングが五頭も狩れちゃった。村の人に言ったら大喜びで剥ぎ取りにくるわね」


 無邪気にそんなことをのたまう少女に、俺は軽い戦慄を覚えた。死にそうな目にあったばかりというのに、何このタフさ。


「なんだってこんな危険な森を一人でうろついてたんだ」

「危険っていうけど、普段はこの辺りにボアファングなんて滅多に出ないのよ」


 彼女が言うには、たまたま冬眠から目覚めたばかりの群れかなにかに鉢合わせしてしまったらしい。


「そりゃ運が悪かったな」

「でも、あなたが来てくれたのは運が良かったのかもね。そうじゃなかったら人生終わってたところよ。本当にありがとう」


 と彼女は頭をさげる。

 前向きなやつだと思った。


「あたしの名前はミツキ。ミツキ・グレンテイルよ」


 彼女の自己紹介に俺も名を名乗る。


「俺の名はシロック・アルマート。まあ怪我もなくて良かったよ」

「シロック……」


 噛み締めるようにミツキは俺の名前を復唱した。


「そういえばあなた、珍しい髪と眼の色をしているわね」


 急に顔を覗き込んでくるミツキに、反射的に俺は仰け反る。


「そうなのか?」


 王都でも特に言われなかったし、あまり気にしたことはないが。そういえば旅の途中では何度か言われたかな。

 俺は己の黒い髪を引っ張って首を傾げる。確かに水に映る俺の瞳も同じ色をしていたっけ。……まあいいや。


「それにしてもあの強さ……いったいどこであんな戦闘技能(スキル)を身につけたんだ?」


 累々と横たわるボアファングの巨体を振り返る。

 あれ、食えないかなー、と腹を押さえる。火がないから無理か。生は危険だ。火打石やなんかの入った道具袋を奴らに盗られたことを思い出して、また腹が立ってきた。


 俺は改めて少女の姿を眺めた。

 至って普通の村娘に見える。

 遠目では分からなかったが、よく見ると両耳の上あたりに一つずつ、動物の角か何かで作られたような髪飾りが留められていた。

 燃えるような赤毛によく映えていて可愛らしい。


 俺の視線を感じたミツキが首を傾げるような仕草をしたので、慌てて目を逸らす。


 しかし――


 再度横目で確認する。この細い体のどこにあんな攻撃力が秘められているのだろうか。


「別に、誰かに戦い方を教わったことはないわ。もっとも、小さい頃から喧嘩じゃ負け知らずだったけど」

「…………」


 血統などによって生まれつき特殊な力を身につけている人間は、ごく稀に存在する。

すこの娘もそうなのか……?

 しかしどう見てもただの村娘にしか見えない彼女が、どうしてそんな特異性を帯びているのか。


「そうだ、助けてくれたお礼をしなきゃ」


 ミツキの言葉で、思案に耽ってた俺は顔を上げた。


「いいよそんなの。そういうつもりで助けたわけじゃないし」

「そんなのわかってる。だけどそれじゃ、あたしの気がすまないのよね。むしろいまなら体で払えと言われても構わない気分よ」


 それじゃあ体で払ってもらうおうか。ぐへへ。

 などと言うわけがなかろう。俺は紳士なんだ。


「ありがとう。でも気持ちだけもらっ――」


 ――グゥゥルルルゥゥゥ……。


 ミツキの申し出を断りかけた瞬間、俺の腹がさながら恐狼(ダイアウルフ)のような唸り声をあげた。


「…………」


 紳士失格。

 非常に気まずいが前言撤回だ。ふふ、口では強がっていても体は正直だな。


「三日前からまともに食べてないんです。この近くに村とかがあったら案内してください。お願いします」

「そんな感じの音だったわね」


 ミツキは少し頬を赤らめながら、くすくすと笑った。

 つられて俺も相好を崩す。

 笑顔か。なんだかずいぶん久しぶりに笑った気がするな。


「あたしが住んでる、イカーナ村っていうところがこの近くにあるから案内してあげるわ。なんならご飯も奢るし」

「そいつは助かる。ほとんど無一文なんだよ」


 するとミツキは哀れなものを見る目を俺に向けた。


「あなた……遭難でもしてたの?」

「……むしろ普通に遭難してたほうが精神的にはマシだったかもな」

「いったい何があったのよ」

「…………」


 俺がどう話したもんかと考えていると「まあいいわ」と言ってミツキが話を切り上げた。


「あ、そうそう。村に案内する前に寄りたいところがあるの。悪いけど、それだけ付き合ってね」


 俺が頷くと、ミツキは大樹の根を跨いで歩きはじめた。


 ◇


「……おお」


 絶景とはまさにこのことを言うのだろう。

 目の前に広がる一面の花畑を見て、俺は素直に感嘆を漏らした。


「どう? すごいでしょう」


 近くの泉でこびり付いた大猪の血を清めながらミツキが言った。


「ああ、見事なもんだ」


 森の中にぽっかりと開けた空間に、朝露に濡れた美しい花、珍しい花――利用価値のある花々が一同に咲き乱れている。


「これは……乾燥させて粉末にすると、ハイポーションの材料になるアマツユ草じゃないか。あまり採れなくて高価だって聞いたが……。こっちは実を付けるとその中から魔力結晶が採取できるマナリーフ? どれも滅多な場所には生育しないから貴重なのに、何なんだこの場所は……!」

「ずいぶんと詳しいわね」

「知り合いの薬師の受け売りだけどな」


 植物を検分しながら俺は答える。とりあえずアマツユ草を手折って口に運んだ。甘みが空腹をわずかに紛れさせてくれる。


「ふうーん? じゃあ、ここいらの土地については知らないみたいね」


 ミツキはにやりと笑った。


「なに?」


 あたりを見渡すように、両手を広げてくるくると回りながら彼女は続ける。


「このあたりはねえ、竜の堆肥って呼ばれてるほど肥沃な大地なの」

「竜の堆肥? 何かの書物で読んだことがあるな……。確か山間部が多くて、農業はそれほど盛んじゃないんだっけか」

「あなたほんと物知りね……」


 呆れたように言う。

 まあ、小さい頃からスキルの修行をしてない時間は本ばかり読んでいたからな。


「森を切り開いて畑にしても、何年か経つとすぐに周りが侵食してきて、また元の森に戻っちゃうのよ」

「なるほど、それでこんなに緑が濃いわけか」


 改めて森を見回すと、樹齢百年はくだらない大木がそこかしこに見てとれる。

 大地を覆い、幹を這い上がる苔は木々と地面との境目をなくし、まるで山と樹が切り離すことのできない一体物であるかのような印象を見るものに与えていた。


「農業は森から離れた平地の、ちょこちょこっとしたところでやってるわ。品質は良いものが穫れるけど、量が期待できないから産業としては、あんまりね」


 数輪の花を摘みながらそう言うと、ミツキは立ち上がった。


「おまたせっ。村まで案内するわね」



 山の中から村までは思ったほど離れていないらしく、一時間足らずも歩くと森を抜けて草原に出た。

 もっとも、一時間足らずというのはミツキが屈強な足腰を有しているからなせる技で、普通の村娘ならば二時間はくだらない行程だったが。

 ミツキと他愛無い会話をしながら歩を進める。

 やがて足元が草原から砂利道に変わり、道の向こうに村を囲む土壁と門が見えてきた。


 村や町にはこういった土壁が巡らせてあることが多い。魔物の襲撃から住民や田畑を守る役割を果たしており、この村も例外ではなかった。

 付近の森にボアファングが出るのなら、なおのことだな。


 もともとこういった壁は先の大戦時代、各国が自軍の宿営地として各地に作ったものなのだが、有用なので戦争が終わった後もそのままにされている。


 最初から村や町だったところが宿営地にされることが多かったが、なにもない原野に築城されることもあり、いまではそこで働いていた人々が住み着いて新たな村を形成している。


 イカーナ村は歴史ある村だそうなので前者だ。


 ちなみに土壁には大規模な工事が必要そうに見えるが、実は壁造りを専門に行うメイジの部隊が数人がかりで土魔法『アースウォール』を使い比較的短時間で構築できる。

 まあ、実際に築城するところは俺も見たことはないんだけども。



「おーい、そこにいるのは誰だー?」


 村の入り口にある鐘楼の上から誰何の声が降ってくる。


「あたしよ! この人は旅の人!」

「ああ、ミツキちゃんかい」


 ミツキは見張りの村人とやり取りをすると、俺を壁の内側へ招いた。

 見張りといっても魔物の襲撃を報せるのが主な役目なのか、この村は余所者の通行にはそれほど気を払わないらしい。ミツキと一緒ということもあるのかもしれないが。


 村に入ると道の両脇に民家が現れる。民家と民家の間には畑が広がり、農作業をする村人たちと挨拶を交わしながらミツキは村の中心部へと向かっていく。


「あらミツキちゃん! 怪我してるんじゃないのかい?」


 農具の点検をしていたらしい、ふっくらとしたおばさんが赤く染まったミツキのシャツに驚いて声をあげた。


「大丈夫! これはボアファングの返り血よ。森の中で五頭ほど仕留めたから、早めに剥ぎ取りに行くようおじさん達に伝えて」


 そう言ってミツキはボアファングの死体がある場所を説明する。

 あんな森の中をどうやって表現するのか分からないが、長年この地に住む村人には伝わるのだろう。


「五頭もだって! 本当に大丈夫だったのかい?」


「正直、冬眠明けのやつらに囲まれてもうダメかと思ったんだけどね。この人に助けてもらったの」


 とミツキは俺の腕を掴むと、ぐいと前に押し出した。


「おや、見かけない顔だね。ミツキちゃんのコレかい?」


 と言って小指を立てて笑う。

 なんだろう。村人同士で通じる暗号かな。


「ちち、違うわよっ。そんなんじゃ……」


 なぜか真っ赤になって口ごもるミツキは放っておいて、俺は婦人に頭を下げる。


「どうも、シロックといいます。少しこの村でやっかいになりますので、よろしくお願いします」


「あらあ、これはご丁寧に。私はノーラ。見ての通りの百姓さ」


 先方も丁寧にお辞儀を返してくれた。


「それじゃおばさんまたね」


 手を振ってノーラさんに別れを告げると、ミツキは早足で歩き出す。


「そろそろ急がなきゃ……」


 そう言って足を動かす彼女には、なにか予定でもあると見える。

 こちらとしては特に目的もないので、彼女に付き合うことに異論は無かった。早く何か腹に入れたいというのはあるが。


 やがて、商店などが立ち並ぶ一角、村の中央と思しき広場のむこうに木造平屋の立派な建物が見えてきた。

 それは、のちの俺にとっても、重要な場所となる建物だった。

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