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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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居場所

 帰りの道中は盗賊に襲われるようなこともなく、実にスムーズにクーリエ村の近くまで帰り着くことができた。

 ここで一泊し、もう一晩野宿すれば明後日にはイカーナ村に帰り着くことができるだろう。


 相変わらず俺は御者台で形ばかりに手綱を握り、隣にはミツキが腰をおろしている。

 街道に現れる魔物は、リリィシュに排除してもらいつつ馬車を進める。ただ、行きと違っていたのは俺の隣にはミツキだけでなくメイカも座っているという点だった。

 御者台の上、手綱を持った俺を背もたれ代りにしてメイカが居眠りをしている。

 それを見たミツキが自分も真似をして俺を背もたれ代りにしてくるものだから、狭い御者台の上がさらに狭くなる。俺はまったく身動きが取れずに、もはや手綱に繋がった彫像と化した気分だった。


 サナちゃんは馬車の中で帰りの道中ずっとなにやらゴソゴソとやっているようだが、身動きの取れない俺はろくに後ろの確認もできないでいる。

 なんだかよく分からないが、あまり細かい作業をしすぎて馬車に酔わなければいいんだけどな。


「そういえばクーリエ村役場の人が、帰りにも立ち寄って欲しいって言ってたわよね」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたかな?」


 なんだかずいぶん前の出来事のようだ。

 ミツキに言われなければ忘れてしまっていたかもしれない。

 クーリエ村に到着した俺たちは宿屋に馬車を預けると、行きの道中にも立ち寄った村役場まで出かけていった。



「こちらが遺体が確認できた盗賊の討伐報酬になります」


 カルロスを引き渡したときに対応してくれたおじさんが、今回も硬貨袋を手渡してくれた。


「先日お聞きしました盗賊の死体、確かに確認できました。一人一人は大した額じゃありませんけど」


 言われて革袋の中身をあらためると、五千ペルク分の硬貨が入っていた。


「一人が千、残りが全員五百です」


 金のためにやったわけでもないのに、人を殺して金がもらえてしまうというのは微妙な気分だ。もっとも、こちらも死ぬ思いをしたのに一人あたりの金額がこんなものでは、リスクを考えると仕事としては割に合わないんだろうけど。

 ズィズやカルロスと比べると、ぐっと値がさがる。まあ下働きの雑魚なんていうのはそんなものなのかもしれないが、ズィズやカルロスは生け捕りということも含めて特別高かったんだろう。

 殺してしまう場合と比べると、生け捕りした場合の報酬は格段にいい。

 国としては、殺人を推奨するのではなく、あくまで生かして裁判にかけることを前提とするため、殺すよりも生かして捕まえるほうにインセンティブが働く報酬体系になっているのだ。それ故に、冒険者の中には犯罪者を生け捕りにすることで生計を立てている者もいるらしい。


「これでほぼ取り返した計算になるわね」


 ミツキが言っているのは、俺の騙し取られた10万ペルクのことだろう。

 カルロス一万ペルク。

 ズィズ八万ペルク。

 いまの報酬で五千ペルク。

 しめて九万五千ペルク。


 出張に出る前は考えもしなかったことだ……。

 ほぼ全額に近い金が『ワーウルフ』がらみの報酬で俺の懐に入ってきている。

 しかしどれも俺だけの手柄ではない。


「倒した盗賊はほとんどリリィシュがやったやつだろ、メイカも一人倒してたよな」


 俺はふたりにも分前が必要だと思い、革袋を差し出した。

 が、リリィシュにそれを押しとどめられてしまう。


「いや、遠慮しておこう。悔しいが、貴様らがいなければあの日私はお嬢を護りきれなかった。それは護衛の対価として、貴様とミツキとメイカ殿で受け取って欲しい」

「あたしは要らないわよ」


 リリィシュの言葉に、即座にミツキが否定を返す。

 メイカの方を見ると、すっと頭に手をやって。


「帽子、もらった」


 と一言。ただそれだけで、テコでも受け取らない意思が感じられた。その帽子、俺はズィズ捕縛の報酬のつもりで……まあいいか。

 俺はリリィシュに向けて最後の確認をする。


「本当にいいのか?」

「くどいな。だが……そうだな、だったら今度なにか奢ってもらおうか、ふふ。それで貸し借りはなしだ」


 ふむ。悪くない案だな。

 俺はリリィシュの提案に乗ることにした。


「やりますねリリィシュさん。さりげなくデートの約束を取り付けるなんて」

「ふぇっ? デデデ、デート!? わわ、私はそんなつもりでは……!!」


 遠くでサナちゃんとリリィシュがなにやら言い合いをはじめているが、あえて触れないほうがいいだろう。

 役場のおっさんがまだそこにいて、なにやら苦笑いを浮かべているからだ。


「さっさと退散したほうがよさそうだ」


 俺たちは職員に礼を述べると、クーリエ村役場をあとにした。


 役場を出たところでミツキは「うーん」と伸びをした。


「長かった旅行も明後日で終わっちゃうのね」

「旅行じゃない。出張だ」


 名残惜しそうに言うミツキのセリフを訂正してやる。


「ったく、遊びじゃないんだからな。家に帰るまでが出張だ。バナナはおやつに入らないんだぞ」

「あなたこそ遠足気分じゃないの」

「まあまあ、もう帰り道なんですし、仕事のことは忘れて旅行として楽しんでもいいんじゃないですか?」

「サナちゃんがそう言うなら、今日の夕食はちょっと豪華なものにしようか」

「わあ、いいんですか?」


 サナちゃんは胸の前で両手を合わせると、ぱあっと顔を輝かせた。


「明日は野宿だし、外食するのはこれで最後だ。ちょっとくらい羽目を外してもバチは当たらないだろう」


 報酬のお陰で、懐は結構暖かいしな。大金すぎて持ち歩くのが少々怖いが。

 考えてもみれば里を出てから王都にはじめて行ったとき、よくあんな大金を平気で持ち歩いていたもんだと思う。

 『ワーウルフ』には鴨が葱を背負って歩いているように見えただろうな。


「やったあ! じゃあ、わたしもさっさと用事を済ませちゃいますね」

「ん? サナちゃんこの村でなにか予定あったの?」


 首を傾げたミツキにサナちゃんが答える。


「別にどこの村でもよかったんですけど、思いのほか作業が長引いちゃって――」

「……??」


 頭に疑問符を浮かべたまま、俺たちはサナちゃんのあとに続いていく。

 サナちゃんはいったん宿に戻り、馬車を受け取るとそのまま武具屋へと向かった。


「できれば物価の高い王都がよかったんですけど、研磨が間に合わなくて」


 意味深なサナちゃんの言葉に首を捻りつつも、黙って見守ることにする。

 サナちゃんはリリィシュに手伝ってもらいながら、武具屋のカウンターにどさどさと真新しい武器防具を積みあげていった。


「すいません、買取お願いしたいんですけど」


 カウンターで暇そうにしていたオヤジに声をかけると、「んあ?」と言いながら顔をあげた。


「サナちゃん、この武具って……?」

「王都への旅で仕入れた商品ですよ」


 不思議そうな顔をするミツキににこにことサナちゃんが答える。

 ああ、なるほど。俺たちが研修やらズィズ退治やらでいろいろと動いている間に、サナちゃんも自分の商売のために動いていたということか。

 あいかわらずしっかりしているな、などと俺は感心する。


「ぱっと見た感じ、2,000ってとこだねえ」

「え? いやいや、6,000は堅いでしょう?」


 すっとぼけたような笑顔でサナちゃんは切り返す。

 2,000に対して6,000て、どんだけだよ、と素人の俺は思う。


「バカ言っちゃいけねェよ。よくて2,500だ」

「なるほど、やっぱり買い叩こうとしてたんですね。では6,000です」

「いやいや、なんでそうなる。ていうかこれ中古品じゃねェのか?」

「どうしてそんな意地悪言うんですか6,000」


 語尾が6,000になってる……。


「しょうがないですね、じゃあこれもおまけして……」


 といってサナちゃんは新たに一本の片手剣を取り出すと武具の山に追加した。


「お、こいつァなかなかの業物じゃねェか」

「そうでしょうそうでしょう」


 あ、と俺は声が出そうになる。

 その剣には見覚えがあった。


「あっ」


 声をあげたミツキを黙らせるために、俺はとっさに彼女の足を踏んだ。


「んぎっ!?」


 驚いたミツキが振り返って俺を睨みつけた。


「ちょっとシロック、あんたどうつもりで……」

「なにをやってる貴様ら」


 リリィシュが剣の柄頭で俺の脇腹を小突いた。俺は小声でリリィシュに説明してやる。


「ちょっとミツキを黙らせようと」

「そういうときは手を引っ張ればいいのではないのか……?」


 リリィシュが呆れた目つきで俺を睥睨した。


「いや、突然女性の手を取るのはどうかなーと思って……」

「踏む方がどうかしとる」

 

 足が勝手に動いたんだから仕方がない。


「この剣も付けて7,000でどうです?」

「うーん」


 幸い、真剣に交渉しているふたりは俺たちを無視して話し込んでいた。

 武具屋のオヤジが腕を組んで考え込みはじめる。口元に手を当ててブツブツと何かを計算している様子だ。


「それじゃ5,000――」

「売ったっ」

「え……?」


 大方まだまだ吊りあげてくると思っていたのだろう。

 5,000という数字がでた途端に即決したサナちゃんを、オヤジは肩透かしを食らったような顔をして見つめた。


「その値で売ります」

「あ、ああ。交渉成立……だな」


 オヤジはカウンターの下の引出しから書類を取り出すと、売買契約の証文をサナちゃんと取り交わした。商人同士の取引の書類だろう。

 武具屋の店主は買値の五千ペルクに取引税を上乗せした金額をサナちゃんに支払った。


「はい、確かに」


 パチリと小気味のいい音を立てて硬貨の枚数を数え終わると、サナちゃんはそれらを新しい革袋にジャラジャラと入れた。


「いい取引でした」

「おう、まいどどうも」


 最後にオヤジと挨拶を交わしてから、サナちゃんは店をあとにした。



「さすがですお嬢、見事な取引でした」


 店を出たところでリリィシュが駆け寄り、サナちゃんを持ち上げる。


「――ところで、いつの間に王都であんな武具を仕入れたんですか?」


 全然気付きませんでしたとリリィシュは言った。


「王都でなんて仕入れてませんよー」


 ふふふと笑ってサナちゃんは答えた。


「え、でもさっき……」

「王都への旅で仕入れたって言ったんですよ。具体的にはこの村に着く前です」

「やっぱりな」


 と俺は嘆息する。さっきのは見間違えではなかったんだな。


「え? え?」

「あれって盗賊から剥ぎ取った装備品よね」


 混乱しているリリィシュの横で、ミツキが答えを出す。


「あの剣、盗賊の腕を斬り飛ばすときによく見てたから間違いないわ」

「え、だってあれ新品……」


 戸惑うリリィシュにサナちゃんはふわりと笑った。


「仕入が中古品であっても、付加価値を付ければ高く売れることもあるんですよ」


 もっとも、自分は素人なので性能の回復までは保証できないが、と彼女は付け加える。

 あれを単なる中古品といってしまっていいのかは激しく疑問を感じるところだが、なるほどと得心がいった。

 このところ馬車の中でサナちゃんがなにやら作業していたのは、ボロボロだった防具の手入れや刀剣の研磨作業だったのだ。

 まさに劇的なビフォーとアフター。一瞬、中古品だと勘繰ったオヤジも見事に躱して、二束三文だったはずの中古武具をまんまと高値で売り付けたのだ。……詐欺スレスレじゃね?


「恐ろしい子……」


 ごくりと喉を鳴らす俺に、サナちゃんは革袋を差し出した。


「王都への護衛、わたしからの報酬です。どうか受け取ってください」


 先ほどと同量のペルク硬貨が詰まった袋が俺に手渡される。


「いいの?」


 せっかく時間をかけて手入れした武具の売却代金なのに、と俺は問う。


「もちろんですよ。このために手を掛けたんですから」

「そう……か」


 彼女がなぜ5,000という売値で即決したのか。

 その理由を考えれば、受け取らないという選択肢はなかった。


「本当にありがとう」


 俺の手に小さな革袋が収まる。


 カルロス捕縛の報酬、一万ペルク、

 ズィズ捕縛の報酬、八万ペルク。

 『ワーウルフ』残党討伐の報酬、五千ペルク。

 そして剥ぎ取った全装備品の売却益、五千ペルク――


 しめて総額10万ペルク。

 俺が『ワーウルフ』に騙し取られた金額、そっくりそのままだ。

 もしもこの金額に達しなかったとしたら、サナちゃんはどこまでも装備品の買取価格を吊り上げていたことだろう。


「ちょっとあんた、なに急に泣いてるのよ」


 ミツキに言われて頬を触ると、知らずのうちに熱いものが流れていた。


「そんなにお金が戻ってきたのが嬉しかったの?」


 ミツキは腰に手を当ててにやりと笑った。

 報酬の大部分を占める、ズィズ捕縛を成し遂げた誇らしさがあるのだろう。俺は少し笑って答える。


「金の問題じゃなくてだな」


 ぐい、と涙を擦りあげてから続ける。


「気持ちが……嬉しいんだよ」


 一瞬、目を丸くしたミツキが次の瞬間にはふっと表情を和らげて笑う。


「大袈裟ね」


 ……大袈裟だろうか?

 ――決してそうは思わない。


 振り返ってメンバーの顔を見る。


「みんなには足を向けて寝られないな」


 俺がそう言うと、ミツキはあっけらかんと言い放った。


「あら、だったら今日も大部屋に泊まって、同じ方向を向いて寝ればいいわね」

「わー、王都以来ですね! 楽しみです」

「お嬢!? いけませんよそんな破廉恥な!」

「……王都では問題なかった。なら今度も無問題」

「メイカ殿まで!!」

「なに考えてんだよミツキ……」


 いい加減にこいつの考えが分からなくなって俺は問うた。

 するとミツキはにやりと笑って答えた。


「ふふん、あんたが喜ぶと思って。知らなかった? 竜は一頭の雄と多数の雌で群れを作る生き物なの」


 いや俺の知ってる竜は群れたりせずに単独でいるイメージなんだが。というか、


「俺は竜じゃねえー!!」

「細かいことは気にしないのよ!!」


 ……確かに、人か竜かなんて細かいことなのかも知れないな。

 ミツキが竜の習性をみんなに当てはめることの是非はさて置き、ここには竜も人族も居るし、獣人族だっているんだ。

 そうだ、種族の違いなんて些細なことだったんだ……。


「貴様! なにをいい感じにまとめようとしているのだ? こんなの絶対おかしいんだからな!?」


 みんなが乗り気になる中で、リリィシュだけが倫理観と戦っている。

 見慣れた光景。

 このやり取りを、ずっと見ていたいと思う俺がいる。

 ふと、みんなの住んでるあの村が俺の居場所なんだと実感した。


 あの村のためにできることを考えたい。

 帰ったらなにをしようか。

 役場の仕事をこなすのは当然として、さしあたっては新たな名産とすべく米の栽培でもはじめてみるとするか。神我の里では現状自分たちの食べる分しか作っていないからな。他所での栽培は難しいと聞くが、イカーナ村の竜の堆肥を使えばどうにかできそうな気がする。

 量産ができるようになれば、あの少し変わった王様も喜んでくれるかもしれない。

 名物ができれば人が集まる。

 人が集まれば村が発展する。

 村が発展すれば暮らしは豊かになる。


「ぼーっとしてないで早く宿に行くわよ!」

「ん、ああ……」


 強引な竜に手を引かれながら、俺はこれからのことに思いを馳せた。

 とりあえず、帰ったら米のことを村長に話してみよう。あと村長の名前のことと、王様との関係とを問いたださなければなるまい。

 村長の反応がいまから楽しみで俺はひとり、ほくそ笑んだ。


 考えはじめると、村のためにできそうなことはどんどん溢れてくる。

 やりたいことはたくさんある。

 けど、まあ、いまは――

 残りわずかとなった皆との旅路を、もうちょっとだけ全力で楽しもう。

 そう自分に言い聞かせて、俺は前方に見えだした宿屋の建物に向かって走りだした。

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