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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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旅立ち

「成績の如何に関わらず、きみの発想には興味があったんだ。あのクエストボードってやつ、実にゲーム的発想だよね。僕の知っているゲームにもあったシステムだ」


 ゲーム?

 なんのことだろうか。

 トランプとかすごろく程度なら俺も知っているが、それとクエストボードは結びつかない。


「きみはこの国の生まれ、生粋の女神の珠庭(ガーデンスフィア)人のようだから僕みたいによそから呼ばれたって線はないと思うんだけど――」


 困惑する俺を尻目に、トール王は人差し指を立てて続ける。


「きみ……もしかして、この世界に生まれる前の記憶とか――あったりするんじゃないの?」


 生まれる前というと、母親の胎内での記憶だろうか。

 まれにそういった記憶を持ったまま成長する人は居ると聞くが。


「いえ、分かりませんね。なにぶん生まれる前のことですので」


 もし記憶が頭のどこかに残っているとしても、情報が少なすぎてそれが生まれる前の記憶なのかどうか断定できない。


「じゃあこれは? どう見える?」


 俺が否定の答えを返すも、矢継ぎ早に新たな質問が飛んでくる。

 王様が取り出した紙には、四角形を縦にふたつ重ねたような記号と、やや不恰好な十字に中心から斜め下左右に二本と、十字の下部分と交差する横棒一本を付け足したような記号が描かれていた。


「なにかの記号ですか?」


 俺は眉根を寄せてその紙を見つめた。王様曰くそれはカンジというものらしい。


「またトールの悪い癖がはじまったニャ。ちょっと変わった発想をする人を見つけたらすぐこれニャ」


 トール王の隣ではミミルさんが呆れた様子で腕を組んだ。

 トール王の息は荒くなり、語気もあがり調子でまくし立てはじめる。


「別にとって食ったりするわけじゃないから、正直に答えてほしい。きみ、本当はニホンジンなんじゃない? 異世界転生チートでハーレムとか男のロマンだよね分かるよ。きみもモンスターをハンティングするゲームとか、ドラゴンなクエストとか、最終的なファンタジーとかやってクチなんでしょ? ねえ怒らないから正直に――」


 国王の目はぐるぐると常軌を逸した軌道を描き、さながら混乱の状態異常(バッドステータス)にかかったかのような様相を呈しはじめた。


「トール落ち着くニャ」


 興奮気味になったトール王をミミルさんが手慣れた様子で取りなした。

 どうしたものか。

 王様の話のほとんどが俺には理解できない。つまり俺は王様の期待するような者ではないということなのだろう。


「何を仰られているのか大半が分からないのですが……つまりそれは俺は王様が考えるような人間ではないということかと」

「当たり前だニャ。召喚や転生された人間がそんなごろごろいるわけないニャ」


 召喚、転生……。

 馴染みのない言葉だが、意味はなんとなく理解できる。


「……あの、もしかして王様って」


 俺の言わんとしたことを察してトール王は頷いた。


「そう、僕はもともとこの世界の人間じゃないんだ。地球って星の日本って国に平和に暮らしてたんだけど、このミミルに召喚されて勇者なんてやる羽目になったんだよ」


 トール王に指差されたミミルさんは「てへっ」とか言いながら片目をつぶり、ぺろって感じに舌を出した。


「殴っていいかなミミル」


 王様も俺と同じ気持ちになったらしい。


「ってかトールはどんだけ地元トークがしたいんニャ。あちしらがいつでも話し相手になるっていうのに」

「ミミルには僕の孤独は分かんないよ。地球あるある話とか、この世界でのカルチャーショックを共有したりとかしたいんだよ!」

「こんなに皆に愛されてるのに孤独とかよく言えたもんニャ」


 ミミルさんは肩を竦めた。

 愛されって……。

 そういえばトール王は好色であると聞いたことがある。

 トール王の隣に座るミミルさんや褐色美女を見て、俺はいけない想像を巡らせた。


「それは誤解だってば。なんでみんな分かってくれないんだ」


 俺の顔を見て何を考えたのか察したトール王は、否定するように手を動かした。

 だが――見た感じ若々しくて可愛い女性であるミミルさんと、紫髪紅眼の褐色美人を両隣に寄り添わせたトール王の姿には説得力が欠片もなかった。


「はあ、このぶんだとコメとショーユも知らなさそうだな」


 トール王はテーブルに肘をつくと憂鬱そうに溜息を吐き出した。


「東方の文化圏には期待して調べたのに、あいつら服装や建築様式はアジアンテイストのくせして食に関しては欧風料理にパン食なんだもんな……欧米かっ」


 コメ……ああ米か。

 米なら知っている。というか俺の故郷では主食だったんだ。

 そういえば市場でも米を売っているのを見かけたことがないな。どうなってるんだろう。

 こっちに来てからはパン食ばかりになっていることに、いまさらながらに気が付いた。気が付いた途端、無性に食べたくなってくるのは何故なんだろうな。


「ショーユというのがどういう物かは分かりませんが、米は久しぶりに食べたくなってきました」


 ガタッ! と椅子を蹴倒す勢いで王様は立ち上がり、俺の方を見た。


「米を知ってるのか!?」


 血走った目を爛々と光らせ、身を乗り出したトール王とは反対に俺は体を仰け反らせながらその問いに答える。


「え、ええ……たぶん」


 王様の求める米と俺の知るそれが同一のものか自信がなくて、俺は語尾を濁した。


「ほ、本当に……? あ、醤油っていうのは豆を塩漬けにして発酵――いや、その辺は僕もあまり詳しくないんだけど。イメージとしては、豆を塩漬けにして寝かせて絞った調味料……になるのかな」

「ああ、豆醤ですか。故郷ではよく使う調味料ですね。米も主食として食べていました」


 里を出てはじめて知ったことなのだが、俺の故郷は一種独特な食生活をしていた。

 イカーナ村や王都の食事も悪くないのだが、味付けが根本的に全然違う。世界観が違うと言ってもいい。

 長年慣れ親しんだものが食べられないというのは、なかなかに(つら)いものがあるということを、里を出て俺ははじめて知った。


「あ、あ、あ……」


 俺と言葉を交わした王様は、声にならないような音を発しながらわなわなと震えだした。


「ついに……ついに見つけた米! 醤油! これで長年の夢が……自作しようとしても土壌のせいか豆がうまく育たなくて途方に暮れたあの日々も報われ……いや落ち着け、まだ醤油もニホンと同じものとは限らない……でも米の品種は誤差の範疇だよねきっと、せめて米だけでも……ブツブツ」

「トールが壊れたニャ」


 ミミルさんがやれやれとばかりに肩をすくめる。


「ハッ、そうだ、きみの故郷って……」


 トール王は、はたと顔をあげると俺に問いかけた。


「東の方の――神我の里という隠れ里です」


 一応、隠れ里なので言うべきか一瞬迷ったが、国王に下手な嘘はつかない方がいいだろうと思い正直に場所などを話した。


「隠れ里! そうか、それでいままで見落としていたのか……」

「そういえばトールは東の方にはあまり行かなかったのニャ」


 ミミルさんは口元に人差し指をあて、旅の道程を思い浮かべるように空を見上げた。


「そうなんですか。あ、でも村長は里のこと知ってたみたいですね」

「なん……だと……?」


 俺が口を滑らせた瞬間、王様の目が座った。


「あいつめ……今度会ったらただじゃおかないからな」

「いえあの、別に村長は悪気があって王様に教えなかったわけではないと思いますが……」


 トール王は掌に拳を打ち付けるのに夢中で俺の声など聞こえちゃいないようだ。

 まあ、嬉しそうに拳を打ち付けている表情を見る限り、本気で村長をどうにかする気でもなさそうなので、良しとしよう。案外、村長の思い人はこの人だったりするのではないかと俺は思えてきた。

 トール王に詰め寄られ、責められる村長を想像してみる。俺の想像の中で、村長は満更でもなさそうな顔をしている。


「今すぐ行くぞ! その里に!」


 円卓の上に身を乗り出すように立っていたトール王はバッとマントをはためかせると、踵を返して俺たちに背を向けた。


「公務はどうするんニャ?」

「大丈夫だ、バウアーさんがやってくれるさ」


 バウアーさんが虚ろな目で親指を揚げる。

 まるで彼の周りだけ色彩が消え失せ、モノクロになったかのようだ。風が吹けばそのまま飛んで行きそうに思えるほどの儚さを感じる。


「事あるごとに何もかも丸投げしすぎて、バウアーさんの生命力(HP)はもうゼロニャ」


 トール王と一緒に立ちあがったミミルさんは、沈痛な面持ちでバウアーさんを見おろした。


「僕たちはいつだって、死にかけてからが本番だった……そうでしょ?」

「そういえばそうだったニャ。さすが勇者は言うことが違うニャ」


 トール王の言葉でミミルさんは表情を一変させた。

 すでにバウアーさんのことは忘れたかのように、そわそわと装備の確認なんかをはじめている。

 と、その横へいつの間にか席から立ちあがっていたメイカが近づいていった。


「んニャ? その耳はもしかしてメイカじゃないのかニャ?」

「……そう」


 ミミルさんがメイカに気付いて声をあげた。やっぱりメイカとミミルさんは面識があるんだ……。というか獣人族って耳で個人を見分けるんだ? 俺の中で、どうでもいい疑問がひとつ生まれた瞬間だった。


「ふゃー、大きくなってて全然気付かなかったのニャー! どうしてメイカがここに居るんニャ?」


 ミミルさんは首を傾げ、メイカは俺を指差して答える。


「シロック、仲間」


 メイカの言葉にミミルさんは目を丸くした。


「面倒臭がりのメイカがパーティーを組んだのかニャ?」

「……成り行きで」


 ミミルさんはなにやら眩しいものでも見るような顔をして俺たちの方を見、それからまたメイカに視線を戻して言った。


「お前もスミに置けないニャ」

「…………」


 メイカは帽子の影に表情を隠し、それを見たミミルさんは安心したように笑う。


「二人はどういう関係なの?」


 トール王が、俺も気になっていることをミミルさんに尋ねてくれた。


「妹なのニャ」

「えっ、ミミル妹居たの?」

「えっ、メイカお姉さん居たのか」


 トール王と俺のリアクションはほぼ同時だった。


「そう言えば故郷に年の離れた妹が居ると昔聞いた気がするな」


 トカゲ頭のダインさんがそう言って顎を撫でた。

 俺はメイカとミミルさんを交互に見て、そう言われてみれば、なんとなく似ている気がするなと思った。


「……伝言」


 顔を伏せたままメイカがミミルさんに告げる。


「……たまに帰れ」

「父上かニャ。……忙しくてしばらく無理だと伝えてくれニャ」


 公務をほったらかして米探しの旅に出ようという人間が忙しいもないと思うのだが。

 いけしゃあしゃあと答えるミミルさんに、メイカは「無理」と即答した。


「しばらく帰らない」


 メイカもイカーナ村から実家に帰る予定がないということらしい。

 娘ふたりに素気なくあしらわれる親御さんが少し気の毒になる。


「じゃあ僕はそろそろ行くよ。ミミル、ついてこないなら置いてくぞ」

「あっ、待つニャ、トール! そんじゃまたニャ、メイカ! もし実家に帰ることがあったらよろしく言っておいてくれニャ」

「…………」


 メイカは無言で手を振り返す。

 この様子だとしばらく実家に帰る気はなさそうだな。


「待て勇者、私も行こう」


 それまで黙っていた紫髪の美人が、やおら立ちあがってトール王を追った。


「えっ、まぉ……ブルーベルもついてくるんだ?」

「当然だ。お前の成すことを見届け、見極めるのが私の仕事だからな」


 ブルーベルと呼ばれた女性がさらりと髪をかきあげる。

 その瞬間、ふわっとなんとも言えない芳香が漂ってきた。


「見極めにいったい何年かかってるんニャ。素直に一緒に居たいだけって言えばいいのに。あとむやみに魅了(チャーム)振りまくのはやめるニャ」


 ミミルさんはやれやれとばかりに両手を広げて肩をすくめた。


「なっ、馬鹿なことを言うな! 私は種族のため使命を負ってここに居るのだぞ」

「毎日トールの横顔をチラ見しながら書類仕事を手伝うのが、お前さんの種族のためになるとは思えニャんだが」

「うっ、うるさいうるさい!」


(えー……)


 美女ふたりがドタドタと円卓の周りで追いかけっこをはじめるのを見て、俺の口は半開きになった。

 この人たちって、結構いい歳……なんだよね?


「あの人なんだかリリィシュさんに似てますね」


 ブルーベルさんを指してサナちゃんが感想を述べる。


「ええ? 似てるかな? リリィシュも美形だけど、あそこまで美人じゃないだろ」


 というかタイプが若干違うんだよな。

 ブルーベルさんは高嶺の花タイプだが、リリィシュはもうちょっと親しみやすい感じだと俺は分析する。


「きっ、貴様! 怒るべきか喜ぶべきか迷うようなことを言うんじゃないッ!」

「もう怒ってるじゃないか」


 いや、喜びながら怒ってる? 器用なやつ……」

 その横でサナちゃんは困ったように笑っている。それらはとても平和な光景に見えた。


「ミミルさあ、ブルーベルには外交でもずいぶん助けてもらってるんだから、あまり怒らせないでよね」


 と、トール王はバルコニーの手摺に足をかけながら首だけで振りかえる。


「じゃ、悪いけどあとのこと色々よろしく」


 そう言い残して王様は空中に身を躍らせた。


「じゃあニャ、メイカ。達者でニャ」

「ええい勇者よ、私を置いていくなっ」


 女性ふたりもトール王を追うようにして次々とバルコニーから飛び降りていった。

 さすが勇者一行、常軌を逸した行動だ。ここの高さは考えるだけ無駄なんだろうな。


 里の皆は王様が急に現れたらどんな顔をするだろう。

 ……いや、あんなのがいきなり訪ねてきても、誰も王様だとは気が付かない可能性のほうが高いな。


「さ、我々は公務に戻るとするか。お前たちも帰っていいぞ」


 ダインさんがバウアーさんの肩をポンポンと叩いてからバルコニーをあとにする。

 残されたバウアーさんの体は灰になり、サラサラと崩れて風に運ばれていく――というのは俺の幻覚だが。悲痛という言葉を体現したかのようなバウアーさんの顔を、しばらく忘れられそうになかった。


 バルコニーに残された俺たちは警備の兵士に案内されて王城を辞し、その足でイカーナ村への帰路へと就いた。

 宿は王城へ向かう際にチェックアウトしていたので、預かってもらっていた馬車だけを受け取り、王都の門をくぐる。

 ただの研修のつもりが、異様に密度の高い旅程になったな――

 俺は最後に王城を振り返り、そう思った。

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