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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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謁見

「よく来た。顔をあげよ」


 重く響き渡るような声に促され、俺はさげていた頭をあげた。片膝は床につき、跪いた姿勢はそのままだ。

 俺の両隣では仲間たちも同じような姿勢で顔をあげている。


 ――謁見の間。


 華美な装飾は施されていないものの、そこここにさりげなく施されたレリーフなどは精緻を極め、立ち並ぶ柱一本をとってみても、彫刻として一級の芸術品であった。

 だがそれらは決して主張しておらず、この部屋の本質は質実剛健。きらびやかさは皆無、しかしそこには機能美と芸術が同居していた。


 部屋の右側には鋭い目付きの黒髪の男と、その隣には褐色の肌に紅眼紫髪の美女。

 左翼には鎧を着たトカゲ頭の獣人と、ローブを身に付けた猫耳の獣人が佇んでいた。猫耳の人はメイカと同じように人族寄りの外見をしていたが、どことなくメイカよりも猫っぽい雰囲気を醸し出していた。

 家臣らしき者たちの意識は一様にひとりの男に向けられている。

 部屋の中心である玉座に座るのは、緩くカールした白髪と、同じく緩やかに波打つ豊かな白髭を口元に蓄えた初老の男性であった。


「此度の働きご苦労であった」


 玉座の人物は朗々とした声で、ズィズ捕縛の件に関して俺たちを労った。

 入り口の扉から兵士が現れ、持っていた革袋を俺に向けて差し出す。


「ズィズにかけられた懸賞金、八万ペルクである」


 ずっしりと重い金貨袋が俺の手の中に収まる。

 大変な金額だ。

 事情聴取の際に騎士団に聞かされたのだが、ズィズという犯罪者は相当なことをやってきたらしい。死罪はまず免れないということだった。


「ありがとうございます」


 金貨袋を恭しく両手で掲げ、俺は再度頭をさげた。


「うむ。それで……」


 玉座の人物は、思案するように口ごもりつつ、


「……その方はなぜ、ワシの方を見ておらぬのかな?」


 口髭を撫でつけながら、俺の目を見ていた。


「それは……」


 指摘されたとおり、俺は部屋に入った瞬間から右側に立つ黒髪の男に注意を向けていた。

 この場でごまかすのは無理だと判断し、俺は正直に答える。


「皆さんの意識がそちらの方に向けられていましたので、自分の意識も自然とそちらに……」


 部屋に入った瞬間に感じたことだ。

 部屋の中にいた者全員の敬意というか、好意というか、そういったものが一様にあるひとりの人物に向けられていたのだ。

 その人物というのは、玉座の右側にたっている黒髪の男だった。

 謁見の間に通されたその瞬間は、さすがに俺たちに目線が向けられたのだが、皆すぐに黒髪の男の方へ意識を戻していった。どちらかと言うと俺を見たその男の反応の方に興味があるといった様子だった。

 それゆえ俺の意識も自然と黒髪の男の方へ吸い寄せられることになってしまった。

 そのことをバッチリ見咎められていたのだ。俺は内心冷や汗をかいた。


「へえ、皆そこまで露骨じゃなかったと思うんだけど。予想以上だね」


 俺の答えを聞くと、玉座の人物ではなく黒髪の男が楽しそうに声をあげた。

 玉座の隣に歩み寄ると、そこに腰をおろしている初老の男性の肩に手をかけて、口の端をあげる。


「この人は僕の影武者のバウアーさん。表向きには彼が国王として人前に出ることになっているんだ」


 バウアーさんの肩から手を離し、俺の前まで歩いてくると、黒髪の男は片手を腰に手をあて、もう片方の手で頭を掻いた。


「僕はトオル。あー……一応、この国の王様」

「あなたが……あの勇者王トール……」


 俺はごくりと唾を飲んだ。

 柔和そうな成りにも関わらず、なぜか分からないが気圧される。

 これが勇者の持つオーラとかカリスマ性というやつなのだろうか?

 何百人の視線に晒されているかのような、有無を言わせぬ圧力を感じる。


「トールでいいよ。本当のことを知ってる人ってみんなそんな感じだし」


 俺と同じ、黒い髪に黒い瞳。齢三十手前のようにすら見えるその若い王様は、さらに若く見える子供のような笑顔ではにかんだ。


「トールには威厳がないから見た目をごまかしているのニャ」


 ニャという語尾で話すのは、ネコ耳獣人の女性。

 ローブを着ているがフードはかぶっておらず、少しくせのある髪は襟足あたりで外側に跳ねている。明るく元気で可愛らしい印象を受ける年上の女性だ。

 おそらくこの人物が例の召喚士なのだなと俺は思った。

 メイカのほうをちらりと見る。

 彼女はいつもと変わらず、無表情で目の前のやり取りを眺めていた。


「そう思うんだったらミミルかダインか他の人に王様をやってもらいたいんだけど」


 とトール王は口を尖らせる。


「まったく、すぐそういうことを言う。この国がいったい誰を慕ってまとまってると思っているのニャ」


 ミミルと呼ばれたネコ耳の女性は、弾むような調子の声でトール王に反論した。

 ――そうだ。

 異種族混在のこの国がまとまりを保っていられるのは、戦時中に各種族の長たちが、一族をまとめて勇者王に合流していった経緯があってこそなのだ。

 長らく人族と反発していた長たちの信頼を、トール王がいかにして得ていったのか。各地を回りながら、少しずつ問題を解決し、協力者を増やしていったという話は、すでにこの国の伝説と化していた。


「でも、そんなんだと僕が死んだらこの国はまたバラバラになりそうだし」


 トール王の言葉に、トカゲ頭の獣人が重々しく口を開く。


「そうならないために制度づくりをしているのだろう」


 おそらくこちらがダインという人物だろう。

 もともとが厳めしい顔つきに、刀傷で潰れた片目がさらに拍車をかけていた。


「まあそうなんだけどさ……。でもお風呂の普及とかサービス残業撲滅とか、やりたいことは大体やっちゃったし」

「やりたいことではなく、やるべきことをやるのが内政ではないか」

「だから、そういう難しいのはもうダインたちに任せるってば……。あ、そういえばピルピルは元気? あいつもちょっとは成長したのかな」


 ダインさんの言葉に軽く眉根を寄せたあと、トール王は話題を変えて俺に振った。


「え、と……誰のことでしょうか?」


 はて……。ピルピル。

 記憶を探ってみるも、ピルピルなんていう面白げな名前の人物に俺は心当たりがない。


「あれ? イカーナ村だったよね? 確かあそこの管理をお願いしてたはずだけど」


 村の管理。

 それすなわち村の責任者ということ。

 つまり――『長』。


「幼女村長……?」


 あっ、と口を押さえたときにはすでに遅く、俺の失言はトール王にバッチリと聞かれていた。

 ――幼女は余計だったのだ。


「幼女……村長……!」


 自らの口でその単語を噛み締め、直後、トール王はぶふっと吹き出して大声で笑いはじめた。


「あっはははは! あいつ、まだ幼女のままなの? しかも部下にも名前を教えてないって、相変わらず自分の名前が恥ずかしいんだな! あはははは」


 しばらくひとりで笑い続けるトール王を、俺たちは呆然として見つめるしかなかった。

 ひいひいと余韻を引きずりつつも、幾分か落ち着きを取り戻したトール王は、笑いすぎた目尻の涙を拭いつつ村長との思い出を語ってくれた。


「いやあ、懐かしいな。あんなんでもあいつの幻覚魔法には随分と助けられたもんだよ。……たまに無自覚に使ってくることがあるのが玉に瑕なんだけど」


 王様は子供のように笑った。


「そりゃタチが悪いですね」

「だろ」


 トール王は俺と顔を見合わせるとニヤっと笑った。


「いつまでも立ち話もなんだし、少し移動しようか」


 王様はそう言うと、黒いマントを翻して歩きはじめた。


 謁見の間を出て廊下を少し歩いたところから出たバルコニー。

 城の高いところに設けられたそこからは、広い王都が一望できる。


 俺たちはそこに置かれていたテーブルセットに座るよう促された。

 おそらく雨水が溜まらないようにと、表面に彫られた溝も一級の芸術品に見える石造りの白テーブル。その周りを、テーブルと対になった統一性のあるデザインの椅子が取り囲んでいる。

 円卓の向こう側にはトール王を中心にミミルさんと紫髪紅眼の美女が挟み、その外側をトカゲ頭の獣人とバウアーさんが埋めている。

 テーブルのもう半円は、左からリリィシュ、ミツキ、俺を挟んでメイカ、サナちゃんと並ぶ。俺のパーティーと王様側のメンバーとで綺麗に円卓を囲むような形に座っていた。


(お、王様と同じ席に着くなどということが許されていいのだろうか……!?)

(落ち着きなさいよリリィシュ。座れって言われたんだから座るしかないんじゃない?)

 

 顔面蒼白のリリィシュに対してミツキはなかなかの図太さを見せている。

 一方、サナちゃんはこういった公式な席にも慣れている様子だし、メイカが常に泰然自若としているのはもはや俺にとって当たり前の光景だった。


「ところでシロック君といったっけ。きみを呼ぶことは実は最初から決まっていたんだ」


 王様は肘付きのガーデンチェアにゆったりと背を預けてから話しはじめた。

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