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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
36/39

帽子

「メイカは寝るときもその帽子を取らないのか?」


 王都に到着したその日の夜。

 街で食事を終えて宿に帰ってきて、さてそろそろ就寝しようかというときのことだ。

 ローブを脱いで薄着になったメイカの頭に、トレードマークでもある大きな帽子が乗っかったままなのを見て俺が訪ねたのだ。


 そういえば密航騒ぎのときも帽子の端を持ちあげて確認しただけだったし、俺はメイカが帽子を取ったところを見たことがない。

 ミツキの例もあるし、もしかしてあれも体の一部なのか……? いやさすがにそれはないかと思い首を振る。


「なに恥ずかしがってるのよメイカ」


 ミツキが呆れたような声で笑った。


「……そういうわけじゃない」


 メイカはぼそりと呟き、帽子のつばを触った。

 しばらくそうしてから、意を決したように――見えただけで実際そうなのかどうかは表情の希薄なその顔からは伺い知れなかったが、ともかくメイカは帽子のつばをむんずと掴むと、すぽっと一気に引き上げた。


「えっ」


 メイカの性格的に、せいぜい手入れのされていないボサボサ頭でも出てくるのだろうと思っていた俺は、予想の上行く帽子の中身にしばし思考を停止した。

 メイカの大きな帽子の下から出てきたのは、髪と同じ色の毛で覆われた、ぴこぴこと動く猫耳だったのだ。

 帽子の中は窮屈だったのか、外気に触れた瞬間その耳はぷるるっと小さく震えた。


「えっ、えっ? メイカって獣人族だったの!?」

「…………そ」

「そ、って……」


 周りの反応を見ると、ミツキはともかくサナちゃんにも驚いた様子はなかった。

 これ、みんなは知ってたのか。


「シロックさん知らなかったんですね。わたしはクーリエ村で同室になったときに見ました」

「あたしは前から知ってたし、一緒にお風呂入ったからリリィシュも知ってるわよ」

「えー」


 俺はベッドでのんきに寝息を立てているリリィシュを睨んだ。

 この女騎士は王都の居酒屋で酒に飲まれ、部屋に着くなり鎧姿のまま早々と寝入ってしまったのだった。寝違えてしまえ。


「知らないのは俺だけだったのか」


 獣人族で魔法使いというのは珍しい気がする。

 なんていうか、獣人といえば身体能力が高くてガチムチマッチョな戦士タイプというイメージがあるのだ。

 俺がそのことをメイカに伝えると、


「……獣人の頭が悪いというのは偏見」


 と窘めるように言われてしまった。

 高い身体能力を活かして前衛の戦職(ジョブ)を選ぶ人は多いが、だからと言って知能や魔法の適性が低いというわけではないらしい。


「そ、そうなのか。それは失礼しました」


 獣人族の中にも人族と一緒でパワータイプも居れば、メイジタイプも居るということらしい。

 世間的に肉体派と見られがちな風潮はあるかもしれないが、実は勇者王のパーティーにだって獣人族の召喚士が居たと言われている。失われた魔法であるがため召喚魔法というのは別枠扱いされがちだが、それこそ相当優秀でなければ使えない代物だろう。

 そんなふうに、俺が勇者王の仲間の獣人族を引き合いに出して言ったところ、メイカはひとこと、


「……あれはばか」


 と言ったきり、むっつりと押し黙ってしまったのだった。

 いやまあ、無口はいつものことなんだけどな。


 ――とまあ、王都初日にそんなやり取りがあったことを思い出した俺は、石畳の商店街を歩きながらメイカに軽く訪ねた。


「メイカは、その帽子に何か思い入れがあったりするのか?」


 やや間があってから、メイカはぼそりと返事をよこした。


「……特には」

「そうか。じゃあ……もしかして、耳を隠しているのか?」


 おそるおそるといった感じで聞いてみるも、


「……そうでもない」


 と特段気にしたふうでもない、そっけない答えが返ってきた。


「なら問題ないよな」


 時間にまだ少し余裕があることを確認し、ミツキたちに断りを入れてから俺は近くの服屋に入った。


「いらっしゃいませ」


 商品の服をたたみ直していた店員が顔をあげる。


「すいません、獣人族用の帽子が見たいんですが」

「それでしたらこちらの棚になります」


 店員に連れられるまま店内を進むと、奥の方に穴の空いた帽子がたくさん並んでいるコーナーがあった。


「大きさや穴の位置が合わない場合などは調整もできますので。ではごゆっくり」


 案内を終えてそう言うと、店員はどこかへ行ってしまった。品定めをしているところにぴったり張り付かれるよりは、こちらの方が気楽でいい。

 俺はメイジ用の頭装備を探しはじめた。


「…………」

「ん?」


 視線を感じて振り返ると、メイカがじっとこちらを見上げていた。


「メイカには世話になったからな」


 俺は帽子を選びながら、メイカの無言にそう答えた。

 今回の一件で、メイカは紛れもなく功労者である。土魔法でズィズを拘束してくれたのはもちろんのこと、道中では所持している様子のなかったポーション類は、怪我人が出ることも見越して王都に来てから用意されたものだろう。

 確証はないが、捕まったズィズがおとなしくしていたのも、おそらくメイカが同胞であると嗅ぎ取ったからではないかと俺は思っている。自分と違って人間社会の中で生きているメイカを見て、なにか思うところがあったのではないかと。

 もちろん懸賞金の一部はメイカに分配すべきと思い、ミツキに確認してからそう提案もしてみた。しかしメイカは受け取らないと言い、頑としてそこは譲らなかった。

 友人としてミツキの頼みを聞いただけだと。言葉少なにメイカはそう言った。


 ミツキも自分の取り分は要らないと主張したため、懸賞金はすべて俺の懐に入ることとなってしまう。ちなみにリリィシュにも聞いたが、ほとんど何もしていないからと言って当然のように辞退した。

 ミツキについては最初から俺のために動いていたのだから、そう言うだろうことは薄々分かっていた。が、メイカは完全に俺たちの事情に巻き込んだ形になってしまっていたので、何らかの埋め合わせが必要だと俺は思っている。もちろん、ミツキにも何かの形で報いなければならないと思っているが。


「こっち……いや、こっちかな? うん、これなんか良いんじゃないか?」


 俺は店頭に飾ってあった獣人族用の耳出し帽子を手に取り、試しにメイカの頭に乗せてみた。

 魔力向上のルーンが編み込まれた魔法使い用の頭装備は、髪の色と同じに青みかがったネコ耳がにょっきりと飛び出して、とても可愛らしい。


「おおっ、なかなか良い感じじゃないか? 鏡見てみろよ。結構似合ってるぞ」


 店内の隅にある鏡の方を指してメイカを促したが、メイカは俺の選んだ帽子を脱ぐと、先ほど俺が迷っていた方の帽子を手に取った。


「……こっち」


 さっき俺がメイカにかぶらせた物と基本デザインが同じ商品で、こちらはつばが広いタイプのものだ。メイカはそれを、おもむろに頭に乗せた。それから少し不安げな表情を浮かべて、俺の顔を見上げてくる。


「あっ、確かにそっちのがメイカらしいかもな。さっきのやつより、よく似合ってる」

「……そ」


 そっけない反応をすると、メイカはつばの影に表情を忍ばせた。


「鏡は見ないのか?」

「……似合ってると言った」

「いや、俺の美的センスをそんなに信用されても」


 あとで自分で鏡を見て、やっぱ無いわーとか言われても困るんだが。


「…………」


 俺としては彼女自身にも確認して欲しいところだったのだが、鏡など必要ないという感じでメイカはその場を動かなかった。


「とてもよくお似合いですよ。そのまま装備していかれますか?」


 いつの間にそばに来ていたのか、にこにことスマイルを浮かべて言う店員の言葉に、


「……いい」


 と答えてメイカは帽子を脱ぎかけた。

 が、俺はそれを上から手で押さえつける。


「いまの『いい』は、『気に入った』『了解』って意味だよな、わかった」


 押し売りのようにメイカにそう告げると、俺は財布からペルク硬貨を何枚か取り出して店員に手渡した。


「お買い上げありがとうございました」


 笑顔でお辞儀する店員に見送られ、俺たちは店を出た。



 これでどこに出しても恥ずかしくない魔法使いの出来上がりだな。大通りの陽の下に出て、改めてメイカの姿を見て俺はそう感想を漏らした。


「うむ、一段とメイカ殿の怜悧さが増した気がするな」

「耳が可愛いです。前より絶対こっちの方がいいですよ」


 サナちゃんとリリィシュの反応も上々だ。


「良かったわねメイカ」


 ミツキもメイカの新しい帽子を褒め、突き出した耳を触ったりして遊んでいたのだが、


「あたしでもシロックに何か買ってもらったことなんてないのに」


 さり気なくボソリと呟いたミツキのひと言が俺の胸に突き刺さった。

 あれ? そうだったっけ。そういえばミツキに何かプレゼントをしたことって、ないような気がする。うーむ、なんだかんだ世話になってるのに付き合いの浅いメイカに先にプレゼントしてしまったのはまずかっただろうか。


「……護身術士、強引」


 俺の葛藤など知る由もないメイカは、帽子のつばを握ったまま拗ねたような声をあげた。

 護身術士、か。

 そういえば俺は最初、メイカのことを『薬屋さん』と呼んでいて窘められたのだと思い出す。それで俺は、ちょっとした仕返しを思いついた。


「シロックでいい」

「……?」


 いまさら何だとメイカが怪訝な顔をする。


「名前」


 俺の次の言葉でメイカはピンときた表情になり、続いて少しバツの悪そうな表情を浮かべた。


「……シロック、強引」


 俺は満足気にメイカに頷きを返した。


「こうでもしなきゃ受け取ってもらえなかっただろ」

「……シロックずるい」


 相変わらず拗ねたような口調であったが、帽子から突き出た耳だけはパタパタとご機嫌そうに動いていた。

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