決着
「なにか勘違いしているようだけれど」
騎士団が全滅してもなお、ミツキの声は余裕を失っていなかった。
「この人達は証人のために呼んだのよ。あんたを捕まえたのが、あたし達だってことを証明するためにね」
「証人……だと?」
「そう、ただの証人よ。……獣人族でも、案外気が付かないものなのね」
――石の家にたゆたう地の精霊たちよ、我は願う。いまひと所に集い、戒めの軛成す巌となることを……我が魔力糧に、縛せよ。『ロックバインド』。
「ぬっ、こっ、これは……!?」
部屋の床や壁から浮きあがってきた石が、ズィズの手元や足元に集まり、ガッチリと固まっていく。
やがて両手の岩は互いに引き合ってひと塊になり、左右の足の岩も両手と同様にズィズを自由を奪う枷として固まった。
「ふふ、油断したわね」
「……この詠唱の声は」
部屋の入り口を振り返った俺の目が見たのは、大きなつば付き帽子に、少しずれたアンダーリムの眼鏡、小柄な体には不釣合いなほどの大きな杖を構えた魔法使いの姿だった。
「メイカ……!」
その小さくも頼もしい少女の横には、鏡のようにつるりと磨きあげられた美しいハーフアーマーの姿が。
「あとついでにリリィシュも」
「なんで私はついでなのだ!?」
いや、だってお前、現時点でなにもしてないし。
というか、
「ふたりともどうして……」
「メイカはあたしが呼んだのよ、隙を見て拘束魔法をかけてくれるようにって。リリィシュは…………勝手にメイカについてきたんじゃないかしら」
「勝手にって! これでも私は心配して……って、その姿!!」
リリィシュがちょっと涙目になりながら叫ぶ。
叫んでから、おそらくはじめて見るのだろう竜の姿にいまさら驚いたりしている。
――あとから聞いた話であるが、ふたりはズィズが正体を現した混乱に乗じて、隠密魔法を使って入り口近くに陣取っていたらしい。
しかし獣人族にもその存在を悟られないとは、さすがメイカ。
蛇の道はへびというか、『竜を狩るなら竜騎士を雇え』とはよく言ったもんだな。
「ふふっ冗談よ。リリィシュには人命救助をお願いするわ」
ミツキの言葉にメイカがポーションを取り出し、おそらくは予備の戦闘要員としてついて来たのだろうリリィシュに手渡した。
リリィシュは倒れた騎士たちの傷口にそれを振りかけて回り、ズィズが最初に爪にかけたドレス姿の女性には口からも回復薬を飲ませてやった。
かなり出血していたが、水系統の治癒魔法を使って作られたポーションは傷を塞ぎ出血を止めるとともに、失った血を作り出してもくれる。重傷だったようだが、これで一命は取り留めるはずだ……。
だがポーションはあくまで応急処置に過ぎない。あとできちんと治療院に連れて行かなければならないだろうな。
「うう……」
比較的軽傷だった兵士が起きあがって頭を振った。
「こ、これは……」
拘束されたズィズを見て俺たちを振り返る。
「これはあなた方が……?」
「そうよ。イカーナ村役場の新人と愉快な仲間たちが『ワーウルフ』のズィズを捕まえた。上にはそう報告しなさい」
『愉快な』は要らんと思うが。
俺に話しかけたつもりが、頭上のドラゴンから返事が降ってきて兵士は目を白黒させた。
「返事は?」
「ひっ、はい!」
俺たち、というか実際拘束したのはメイカだが。しかしここまでお膳立てしたミツキの功績は大きいだろう。
それに比べて俺とリリィシュはほとんど何もしていないな。
サナちゃん? 彼女は宿屋でお留守番をするのが重要な仕事だから問題ない。
そもそも一介の村人集団に劣る騎士団に存在意義はあるのかという疑問はある。が、まあなんだ。自分たちが一般的な村人よりも戦えるってことについていい加減自覚しなくてはならないな。
ミツキはドラゴンハーフだし、リリィシュも実は腕の立つ冒険者だ。メイカに至っては魔法使いで無詠唱……ってさっきは詠唱していたか。もしかしたら得意系統の水以外は無詠唱じゃないのかもしれないが、それにしたって大したものだ。
イカーナ村には何気に優秀な人材が揃っている。
コボルトごときで商隊が立ち往生していたのが嘘みたいだぜ。
……というか。あれだってメイカがやる気さえ出していればすぐにでも解決していたんじゃないかと思えてくる。
意外にもおとなしく拘束されているズィズを油断なく眺めながら、俺はそんなことを考えていた。拘束された直後、ズィズはメイカの方をじっと見ていたが、しばらくすると毒気を抜かれたような顔で目を閉じ、静かに横になっていた。
やがて騒ぎを聞きつけた騎士団の別隊が会場に駆けつけ、それで事態は一応の収束を見ることとなった。
あとからやってきた隊は、一見しただけでもさすがに俺たちより強そうだった。
やはり先の小隊が特殊で、おそらく普段は荒事とは縁遠い調査活動なんかが主な仕事なのだろう。
「……なんで相談しなかった」
ズィズが連行されていき、残った隊員が負傷した隊員から報告を受けている様子を眺めながら、俺はミツキに視線を向けずにそう言った。
ミツキはすでに人型に戻っており、破れてしまったドレスの代わりにテーブルクロスをトーガのように身体に巻きつけていた。
神話の登場人物のようで意外と似合っている。あの下には何も身につけていないという事実については努めて考えないようにした。
「クリスがズィズかもしれない、って分かった時点で、なんで俺に相談しなかったんだ」
俺の声は少しミツキを責めていたように思う。そしてその苛立ちの半分は、自分に向けられたものだった。
「だって、心配かけたくなかったし……シロックには勉強の方に集中して欲しかったし」
そう唇を尖らせたミツキに、俺はついカッとなってしまう。
「ズィズとふたりきりで会って探りを入れるとか、何のためにそんな危険なことをしたんだよ! 犯罪者なんて騎士団に任せておけばよかっただろ!」
「なによ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
……そうだ。
そんなことを言いたいわけじゃなかったのに。俺は次になにを言うべきか分からなくなってしまった。
重い沈黙がふたりの間に横たわったとき、ひとりの兵士がミツキに近づき話しかけた。
「あなた方がズィズの討伐をしたということで間違いないですか?」
「ええ、そうよ」
ミツキの返事に兵士は頷いた。
「ご協力を感謝します。懸賞金の受け渡しは追って連絡しますので、お名前と連絡先を教えていただけますか?」
「イカーナ村のシロック・アルマートよ。宿泊先は――」
懸賞金……。
ミツキが俺たちの宿を兵士に教えるのをぼんやりと見ていた俺は、突然ハッと気がついた。
クーリエ村でカルロスを引き渡したときのやり取りが脳裏に蘇る。
“これで少しは取り戻したわね”――
“まあ騙し取られた金くらいは戻ってきてくれたら嬉しいですけど”――
「ミツキ、まさかお前……取られた俺の金を……懸賞金という形で取り返そうとしてくれてたっていうのか?」
振り返ったミツキはニカッと笑みを浮かべた。
「そうよ! 感謝しなさいよね!」
「……すまん」
感謝より先に俺はミツキに謝っていた。
申し訳ない気持ちと、自己嫌悪でいっぱいだった。
「お前にちょっと、苛立ってしまってた」
ミツキは、俺のために行動していたのに。俺は……俺というやつは。
「ううん、あたしの方こそちゃんと言わずに心配かけちゃってごめん」
ミツキも少しバツが悪そうな顔をして頬を掻いた。
「ああ。次からは、事前に言っておいてくれると助かる」
ていうか次なんかあったら困るんだけどな。俺の知らないところで、こいつが危険な目に遭うなんてことだけはあって欲しくない。
「わかったわ」
さして怒る様子もなく、ミツキは俺の言葉を受け入れた。が、
「……でも、これから先、これだけは覚えておいて」
いったん言葉を区切り、俺の目をまっすぐに見つめてミツキは言った。
「あんたはあたしの命を救った。だからあたしは、シロックの幸せを一番に考える。それはこの先もずっと、きっと死んでも変わらない。たぶん竜って、そういう生き物なのよ」
◇
王都の大通りは、今日も人々が行き交い活気に溢れていた。
その中を歩きながら、ギクシャクとした動きのリリィシュが俺たちに質問を投げかけた。
「こ、この格好、おかしくないだろうか? そもそも私なんかが行っても良いのだろうか……?」
「それ聞くの、何回目だよリリィシュ」
五回目から先、俺は数えるのをやめていた。
「リリィシュあんたちょっと緊張しすぎよ」
俺の隣でミツキも呆れた声を出す。
現在、俺たちイカーナ村パーティーはミストリア城に向かって大通りに歩を進めていた。
本来なら試験の最終日に行われるはずであった謁見は、ズィズ騒動が起きたせいで日を改めることになった。といっても一日伸びただけなのだが、なぜか俺だけでなくパーティーメンバー全員が呼ばれることになっていた。
おそらくズィズを捕まえたことにも関係しているのだろう。王城からの使いが持ってきた謁見日時の知らせる書簡には『イカーナ村役場の新人と愉快な仲間たち』と宛先が記されていた。
最初、懸賞金の件で何かの通達が出たのかと思ったのだが、中を読んでみると俺の成績優秀賞のことにも触れてあり、どうやらふたつの事柄を結びつけたうえで仲間全員の謁見許可が出たということのようだった。
改めて俺たちの隊列を振り返って見る。
俺とミツキは役場の制服。その後ろに、いつもの騎士姿のリリィシュ、サナちゃん、メイカといった具合だ。
サナちゃんは清楚な服装に身を包んでいたが、それは少しよそいきといった程度の普通の格好だ。元豪商だったのだから、きらびやかな衣装でも持っていそうなもんだと思ったが。
「そういうのは王都を出るときに置いてきちゃったんですよ」
とサナちゃんは言った。笑いながらであったが、それは着の身着のままで王都を追われたということだった。俺の中でクカラキンへの怒りが再燃しかけたが、
「それに現在のわたしはただの村娘ですし、分不相応な服を着ても滑稽なだけですよ」
にこりと笑うサナちゃんの笑顔には屈託がなかった。どうやら俺の思い過ごしだったようで、この小さな商人は村娘であることを心から楽しんでいる様子だ。
メイカはと言うと、普段のローブ姿と何も変わらなかった。
彼女曰く、魔法使いは着古したローブが正装みたいなもんらしい。本当かどうかは知らんが。
が、そのボロボロの帽子はさすがにどうだろう。
メイカのトレードマークのようなつばの広いそのトンガリ帽子は、年季の入りすぎでつばの淵がボロボロにほつれてきており、てっぺんについても最早トンガっていると言えるのかさえ微妙なくらいにくたびれて先が潰れているのだ。
俺はその帽子を眺めながら、王都に来た初日の宿での出来事を思い出すのであった。




