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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
34/39

 俺にはまったくそんな風には感じなかったが、ミツキは眉根を寄せ、鼻と口元を手で覆う仕草をする。

 ドラゴンハーフの嗅覚が鋭いとかいう話は聞いたことがないが、人間よりは優れているのかもしれない。

 それか単なるハッタリなのかもしれないが。


「フゥッ、安い挑発には乗らん」


 人狼はゾッとするような笑いを浮かべた。


「貴様らのお陰で我はまた顔を変え、他人の人生に横入りするという面倒ごとをしなければいけなくなった。その償いは命でしてもらおうと思う」

「知るか。他人の人生を奪うなんてことをせずに自分の人生を生きろよ」

「フゥフ、人間どもめ……我ら獣人族のすべてから人生を奪っておいて何を言う!」


 怒気を孕んだ声に魔力が乗せられ、俺の体をビリビリと震えさせた。


「人間どもって。お前だって人間じゃないか」


 獣人、ドワーフ、エルフ、竜人……人族以外にもこの国に暮らす種族。それらはすべて俺たち人族と同じ人間だ。少なくとも俺はそう思っているし、この国の理念にも平等が謳われている。

 人間とは何か。

 その定義は難しいところだとは思うがな。


「笑わせるな。昔から我ら獣人族を亜人と称し、自分たち人族のみが人間だと宣う傲慢さ。他種族を人間扱いしてこなかったのは貴様らの方ではないか!」


 過去、人族と獣人族の間にあった確執については俺も歴史知識として聞き噛じった程度の認識はある。

 獣人族は残虐で、人族の子供をさらって食べたとか。報復として人族が獣人族の村で虐殺を行ったとかいう話だ。

 だが歴史なんていうのは、どうしたって主観性が伴うものだと俺は考える。

 現在の社会情勢や政策でさえ立場によって意見が対立したり見解が別れるのに、当事者でもなかった過去のことについて、何が正しくて何が間違いなのかなんて俺ごときには分からない。

 別に歴史を紐解くことに意味がないとか言ってるんじゃなくて、歴史に学ぶとか、歴史を繰り返さないとかそういうのとは別に、ぐだぐだとカビの生えた物事に現在(いま)の生き方を縛られるのはどうなのかと思う。


「昔の話なんて知ったこっちゃないな。俺が、『現在(いま)』、お前と話しているんだ。人間同士でな。俺の獣人族の知り合いは、そんな誰かから人生を奪われたなんていう腐った目をして生きていない。お前の言い分は、犯罪行為を正当化するための卑劣な言い訳だ。人間として社会の中で生きている同胞に対する冒涜だ!」

「フゥフフ、貴様……なかなか面白いことを言う。が、笑止千万。話は終わりだ。貴様の望み通り、『人間同士』で殺しあうとしよう。フゥッ! 『斬空爪』!」


 そこは話し合いじゃないのかよ、などと言う暇もなく俺は飛んできた斬撃を半身になって躱した。

 後ろにあったテーブルが一撃で粉砕され、飛び散った木片が俺の頬を打った。


「『爪スキル』か……、出の早さが厄介だな」


 まあさすがに俺も、この期に及んで話し合いで片がつくなどとは微塵も思っていない。

 俺は護身刀を構えるとミツキをそばに呼び寄せた。


「お前にもいろいろと言いたいことはあるが、それは後回しだ。あの攻撃はやばい。お前も俺も防具らしい防具を付けていないから、当たったらひとたまりもないぞ。とりあえず回避に専念しよう」

「えー、防戦一方は性に合わないんだけど」

「んなこと言ってる場合か。しばらく我慢しろ。……来るっ」


 カッ! とズィズの手元が光り、


「『閃爪烈波(センソウレッパ)』!」


 爪から迸った太い光りの奔流が俺たちを襲った。

 俺とミツキは横に飛んでかろうじてそれを回避する。


「ちっ……範囲攻撃か」


 目測よりも攻撃範囲が広く、直撃は避けたものの俺たちの衣装の一部はズタボロになった。

 爪スキルなのに遠距離攻撃ばっかりしてきやがる。ギルドマスターとしての自分の姿は人前に出さず部下に手を汚させたり、他人に化けて人生を乗り変えたりするようなセコい性格がよく表れているな。


「あーっ、これ貸衣装なのにっ! 請求書はあんた宛にしてもらうからねっ」


 キッとズィズを睨むと、ミツキは近くにあった卓からテーブルクロスを勢いよく引き抜いた。


「ここまでボロボロのドレスになっちゃったら、もうどんだけ破いても一緒よね」


 都合のいい理屈をこねながら、ミツキは護身刀が括り付けてあったのとは違う方の太ももからひとつの小瓶を取り出すと、親指で栓を飛ばして一気にあおった。


「ぷは、変身はあんただけの特技じゃないのよ!」


 ミツキがテーブルクロスを持った手をサッと振りあげると、大きく翻ったそれは視界を遮断するカーテンとなった。

 その向こう側から一瞬、強い閃光が迸ったかと思うと、カーテンの向こうから現れたのは大きく美しい赤竜であった。

 煌めく竜鱗、桃色の翼膜、宝石ののように輝く眼。しなやかに躍動する尻尾の先には紅蓮の焰が揺らめく。生ける伝説。イカーナの竜。


「ぬぅ……」

「え、一瞬で……?」


 あまりの早さに俺は驚嘆の声をあげた。

 イカーナ村の山中で竜化したときは魔力の集中も必要で、もっと時間がかかっていたはずだ。

 ふとミツキの足元に転がる瓶を見て俺はその原因を理解した。


「なるほど……変身薬か」


 竜化能力の発現や、そのための魔力の集中に変身薬を利用したのだ。

 おそらく、これもメイカに作らせたのだろう。もはや見慣れたやる気のない文字でラベルが書いてあった。


「フゥッフ、的がでかくなっただけだ。『斬空爪』!」


 ズィズが吠え、スキル技を放つ。が、その軌跡はミツキの燃え盛る尻尾の一振りで掻き消された。


「遠距離攻撃のアドバンテージはこれでなくなったわよ!」


 竜の姿になっても変わらぬ声でミツキが挑発する。


「ぬぅ、ならば直々にこの爪で切り裂くのみ……! 『刺穿爪(シセンソウ)』!」


 ツメを一点に絞った、抉りこむような刺突が俺たちを襲う。

 ズィズの動きと目線から、標的になっているのはミツキの心臓と思われた。竜化により体が大きくなっているため、この狭いパーティー会場では避けるための彼女の動きは制限されている。

 ミツキは避けられない。

 打突が最高速度に達する前に、俺はズィズの前に踊り出た。


「神我流護身術『柳』ッ!」


 ギャリィィィ! とダマスクス鋼の護身刀と人狼のツメが火花を散らす。

 刺突の軌道を逸らされ、体勢を崩したズィズのツメが会場の壁に深々と突き刺さった。

 うへえ、あの壁の補修費はきっと国税から賄われる――じゃなくて、あの様子では、さぞかし引き抜くのに苦労するだろう。その隙に拘束を……と思ったのだが、ズィズは一瞬にして爪で周囲の壁を抉り取ると、すぐに自由の身となった。

 だがミツキはその一瞬の隙を見逃さない。ズィズの真上から逞しい竜の尾を垂直に叩きつけた。

 壁からツメを引き抜いた直後で回避が間に合わないと悟ったズィズは両手をクロスさせてその一撃を受け止めた。

 ズズン! と衝撃で建物が振動した。ズィズの足元の床に亀裂が走る。

 あわわわ、これ、俺たちに補修費の請求とかされないよね……? などと頭の隅に小市民的な考えをよぎらせながらも、俺は動きを封じられたズィズの懐に飛び込んだ。


「貰ったッ! 『鋼殺し』!」


 ミツキの尻尾を受け止めているズィズの手に向けて護身刀を振るう。

 キンキィン! とまるで金属のような音を立てて獣人のツメは根元から折れた。


「ぬぅ……正直、見くびっていたぞ」


 ミツキの尾を受け止めたままズィズが呻いた。

 燃え盛る火竜の尾の熱で、チリチリとダメージが入っているように見える。


「あんたに勝ち目はないわ。おとなしく投降しなさい」


 ミツキが凄むような声でズィズに降伏を勧告する。


「フゥッフ、勝負はこれからだ」


 ズィズはそう答えると、「ふん!」と全身に力を込めはじめた。

 魔力が膨れあがり、クロスさせていた腕でミツキの尾を弾き返す。


「牙砕け、爪折れようとも我が心なお戦場(いくさば)にあり――我が魔力糧に、再生せよ! 『リグロス』!」


 呪文を詠唱し、吠えるように人狼が叫んだ。

 その途端、根元から折れていた爪が光に包まれ、みるみる元どおりに伸びていく。


「フゥッ……仕切り直しだ」


 両手の爪を研ぐようにこすり合わせながら、ズィズが好戦的な笑みを見せた。が、やはりある程度は消耗したような様子を見せている。先ほどと比べて動きに精彩を欠いている。

 『再生《リグロス》』か。聞いたことがない。獣人族の固有魔法だろうか。額が後退してきた御仁に喜ばれそうな魔法だな。


「あら、聞いてなかったのかしら」


 慌てた様子もないミツキの声に、ズィズが振り返る。


「あんたに勝ち目はないと言ったのよ」


 ミツキ、それは負ける側のセリフっぽいぞ……。

 俺はそう思ったのだが、ミツキは会場の入り口の方を見やると、目を細めて続けた。


「ほら、感覚の鋭い獣人族なら分かるんじゃないかしら?」


 ミツキの言葉に、ズィズもそちらに注意を向けた。その顔が僅かに曇る。

 やがて人族である俺の耳にもはっきりと聞こえてきた。

 それは、この部屋に向かって近づいてくる、大勢の足音だった。

 バン! と勢いよく扉が開かれ、杖を持った魔法騎士がドアの影から慎重に頭だけを覗かせた。


「発見! 『ワーウルフ』のズィズと、交戦中の一般人! それと……ド、ドラゴン!?」

「手紙に書いてあったことは本当だったのか……! 全員でとり囲めッ! 今度こそヤツを逃がすな!」


 年嵩のいった男の指示のもと、王都の騎士団らしき武装集団が部屋になだれ込み、ズィズの周りを取り囲んだ。


「手紙……?」

「あたしが出したのよ。今日この会場にズィズが現れるってね」


 やけに衛士が会場近くをうろついていると思ったらそういうことだったのか。

 おそらく半信半疑で人員を配置したのだろうが、騒ぎを聞きつけて本格的に小隊が動員されたのだろう。


「うお、このドラゴン喋った!」

「どうする? こいつも敵なのか!?」

「ていうか、どうやって入ったのこれ?」


 ミツキの発言に若い騎士達が騒ぎだし、彼女に武器を向けはじめた。

 すいませんが、それ俺のツレなんです。


「戦いの邪魔をするな、雑魚どもめ――『旋風爪』!」


 戦闘狂のようなセリフを吐きながらズィズが自身を中心とした範囲攻撃を放つ。

 取り囲むように固まっていた騎士たちが、広範囲の斬撃に巻き込まれ悲鳴をあげた。

 間合いの外から遠距離攻撃をさせるべきメイジタイプの隊員まで、なぜ一緒になって吹き飛ばされているんだ。

 全員でとり囲めなんていう明らかな運用ミスを見て、俺は額に手を当てた。


「くっ……、怯むな囲めっ! ヤツが逃げるぞ!」

「うう……」


 隊長らしき髭の男が発破をかけるも、倒れた騎士たちはダメージでまだ起きあがれない様子だ。

 あれか、元貴族の反乱を抑えるために働き口として用意されたと噂されている、貴族子弟の寄せ集め部隊がこれなのだろうか。それにしたって対応がひどすぎると思うが。


「くっ、かくなるうえは私ひとりでもこやつを……おおぉぉっ!!」


 意外なことに、隊長らしき人物はなかなかの気概を見せ、自らもズィズに突撃していった。

 が、それも虚しく。


「フン!」

「げひゃああぁぁ!?」


 あっけなくズィズの爪スキルに吹き飛ばされ、元の位置まで転がっていった。


「フゥッ、とんだ邪魔が入ったな。……で、何だったか? 我に勝ち目はないと言っていたか?」


 ズィズが見回す部屋の中には、ミツキが周到に用意した騎士団が戦闘不能状態となって累々と倒れ伏していた。

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