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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
32/39

勝敗

「研修生の皆さん、長期間に渡る研修日程まことにお疲れ様でした」


 午前中までの試験官が司会者となって声を張り上げる。

 『拡声(エコー)』の魔法でも使っているのか、よく通るバリトンの声は会場の隅々まで届いているようだった。

 会場には六人程度で囲めるような立食用の円卓がいくつか用意され、片手でつまめるような料理を中心に彩よく並べられていた。

 六十人ほど居るだろうか。男女でそれぞれドレスやジャケットに衣替えした新人職員たちは、朗々と喋る壇上の司会者を見上げていた。


「このあとは交流パーティーを予定していますが、その前に成績優秀者の発表を行います」


 司会者の言葉で会場はにわかにざわ付きはじめた。皆、自分の順位や王様との謁見のことが気にかかるのだろう。この機を逃せば、王と直接対面する機会なんて一生なさそうだからな。なんだかんだいって俺も、この国の王様がどんな人かということには少しは関心がある。

 が、いまはそれよりもクカラキンとの勝負だ。奴に勝ちさえしていれば、それ以上のことは望まない。


「それではまず、確認試験の成績上位者から十名、発表いたします」


 そう司会者が告げ、俺にとってはじりじりと焦がれるような時間がはじまった。

 聞いたこともない村の知らない職員の名前が読み上げられ、その度にわっと拍手が巻き起こる。


「八位、ポガイ町役場所属、イムルス・マーチェン82点」


 次々と読み上げられていく名前の中に、俺やクカラキンのものはない。

 五位までが読み上げられ、続いて四位の者も明らかとなる。


「四位、セントクルス町役場、クリス・リカンス88点」


 四位はあのクリスだった。

 どうやら彼は王都近くの大きな街の役場に勤めているらしい。俺たちも通過してきた街の名前だった。

 俺は無意識にミツキの表情を窺ってしまう。

 内心まで知ることはできないが、ミツキは少し意外そうな顔をしていた。

 クリスは周りに頭をさげながら優美に一回転し、最後にミツキに視線を投げかけたように見えた。

 本当に視線を向けたのかは分からない。むしろ俺の方を見ていたのかもしれない。普通なら気にも留めないようなささいな仕草だが、俺には意味深に思えた。

 否が応でも自覚してしまう。考えたくなくても頭が勝手にクリスとミツキの関係を詮索していた。よくない状態だ。

 俺は司会者の声に意識を集中させた。

 順位があがるにつれて、自分がそこに含まれることの難易度はあがっていく。ここまできて呼ばれないということは、そもそも俺は十位にすら入っていないのかもしれない。

 もうあと三枠しかないのだ。

 焦燥感に駆られて進行がひどくゆっくりに感じられる。

 やがて三位の名も呼ばれ、それは俺の知らない職員の名であった。


(このまま呼ばれないかもな……)


 知らず知らずのうちに俺は拳を握りしめ、その中にじっとりと汗をかいていた。

 目に映る世界は色彩を失い、粘度を増した時間が流れるその中で、それは唐突にやってきた。


「二位、イカーナ村役場、シロック・アルマート96点」

「……っ」


 瞬間、俺の視界は精彩を取り戻し、幾度目かの拍手が会場に沸き起こった。

 ミツキも、満面の笑みで全力の拍手を向けてくれていた。

 俺はひとまず胸を撫でおろした。及第点を取れさえすれば特に問題のない確認試験だ。普通はそこまで本気で勉強などしないだろうから、俺でも上位に食い込めたのだろう。

 しかし二位か。

 俺の脳裏をいやな想像がよぎった。

 いやまさか、まさかな……。頭を振ってその考えを消そうとする。

 しかしその想像は、俺の淡い期待を打ち砕いて現実のものとなった。


「一位、王国官吏クカラキン・オドワール98点」

「!!」


 離れた場所のテーブルで、クカラキンが勝ち誇ったように両手を挙げて周囲にアピールしているのが見えた。

 ……負けた。

 負けてしまったのか。


 ミツキを見ると、大きく目を見開いていた。その視線の先を追うと、下卑た笑みを顔に貼り付けてこちらを見ている豚が視界に入った。

 頭の中に『クビ』の二文字がよぎり、嫌な汗が背中を流れる。

 ミツキ、村長、アリア先輩、ウィル先輩――そしてほかの役場の面々の顔が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。

 彼らともう一緒に働けなくなる……?

 そう考えただけで耐え難い懊悩にさいなまれ、口の中がカラカラになった。


「続いて、現在までの業績評価を発表します。これはここ数年なかったことですが、もともと筆記試験と業績評価点を合わせた点が総合成績となり、優秀者に謁見権利が与えられることになっています」


 事務的な司会者の声がパーティー会場に響き渡った。

 それは、どこか遠くで音がなっているように聞こえた。まるで現実感が伴わなわず、俺は言葉の意味を半分も理解できていなかった。


「役場クエストボードの発案者に10点加算。業績評価点は以上です」


 視界の端で、驚愕に彩られたクカラキンの顔がちらりと見えた。

 なんだ……? どうして奴はあんな顔を……?


「結果、次の者に王との謁見を許可する。イカーノ村役場、シロック・アルマート106点」

「は……?」


 急に自分の名が呼ばれ、思わず声が出た。

 間抜けにも俺は口を開けたまま司会者を凝視してしまっていたが、


「やったわねシロック!」


 バシン! とミツキに背中を叩かれて、俺は我に返った。

 勝ったという実感が遅れてやってくる。


「あ……ああ、やった……のか!?」


 不思議と俺の胸中では、勝利の喜びよりも、またイカーナ村役場で働けるということに対する安堵が(まさ)っていた。

 それに続いて、最近では疎ましくさえ感じはじめていた自分の功績が、改めて評価されたことへの純粋な嬉しさが湧きあがってくる。


 そういえば試験官は『“まず”、確認試験の成績上位者から』発表すると言っていた。

 なるほど、“まず”のあとにはその次があったというわけか。

 クカラキンの方へ視線を向けると、真っ赤な顔をして震えているヤツと目が合った。

 ふと思い付いて、先ほどのお返しとばかりに俺は勝ち誇ったような笑みを豚に向けてやった。その途端、クカラキンは真っ赤な顔色をさらに赤黒く変色させ、まるで何かが一線を超えたかのように絶叫して暴れ出した。


「なんだよこれ!! こんなの聞いてない、聞いてないぞ! なんだよこれ! なんなんだよこれはあぁぁぁァァァ!!」


 逆上したクカラキンは壇上によじ登ると、そこに居る司会者の襟首を掴んだ。


「おい試験官!! どうなっている! 話が違うぞ!」


 小声で詰め寄ったつもりだったのだろうが、冷静を欠いたクカラキンは司会者の『音響(エコー)』の効果範囲内で己の不正を会場に宣言する羽目となっていた。クカラキンはハッとしたように振り返ると会場を見渡した。

 その場の全員の視線が醜い豚に注がれていた。

 司会者は掴まれていた襟首からクカラキンの手を振り払うと、ぽんぽんと汚れを払う仕草をしてから落ち着き払ってこう言った。


「きみが私に要求したのは“確認試験で一位にする”こと。業績評価点はその埒外だ。加えてこの件は王様にも報告をあげており、きみが私に送りつけた金品についてはすでに過料として国庫に収納済だ」


 クカラキンはこちらに背を向けており、その表情は窺い知れない。

 だがその身体が小刻みに震えていることは、遠目から見ても分かった。


「クカラキン・オドワール、きみに関しては内部告発を含め王都住民からの苦情も絶えなかった。今回の件も合わせたきみの処遇については、追って連絡する」


 司会者は冷たく言い放った。


「あああああァァァァァ!!!」


 堰を切ったように絶叫し、髪を掻き毟りはじめるクカラキン。


「やばいやばいやばい王様への要望書が渡せなくああパパのどうしよう怒られる怒られる怒られる……」


 クカラキンはぶつぶつと壊れた自動人形のように独り言を繰り返した。

 司会者がさっと手をあげると、舞台袖から現れたふたりの屈強な衛兵が彼の身柄を拘束し、会場外へと連れて行った。


「シロック・アルマートォォ!! 貴様、覚えておくからなあァァ!!」


 出入り口から消える瞬間に、そんな叫びを会場に残していく。

 まるで俺が何かやったみたいだが、やったのは全部お前じゃねえか。自分の所業で地獄に落ちたくせに逆恨みもいいところだ。

 周りの同情の視線が集まり、俺は居心地の悪さを感じた。


「お騒がせしました。それではただいまより交流パーティーへ移らさせていただきます」


 司会者は何事もなかったかのように進行を再開し、給仕によって参加者に飲み物が配られた。

 乾杯の音頭が取られ、交流パーティーがはじまった。

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