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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
31/39

試験

「おい貴様」


 研修四日目の夜、勉強を終えていつものようにソファで横になろうとしているところをリリィシュに呼び止められた。

 俺以外の女子たちは、大きなベッドで仲良く雑魚寝をしている。神聖なその場所には日が高く登るまで近づくことが許されず、俺はソファを寝床としていた。


「まだ起きていたのかリリィシュ」

「いや、物音で目が覚めた」


 俺がごそごそとテキストやなんかを仕舞う音で起こしてしまったらしい。


「貴様……ミツキと何かあったのか?」


 気遣うような顔でリリィシュは俺にそう訊いてくる。


「いや別に。ただ最近あいつが何かしているのは分かるんだが、その何かが分からない。リリィシュ、お前なんか知ってるか?」

「それは私にも……」


 と首を振ってから、何かを思い出したように続ける。


「そういえば先日のことだが、ミツキが私の所属しているギルドに顔を出したことがあったな」


 研修初日の夕方だろうか。

 あの日は俺が宿に帰ってからリリィシュたちと合流するまでしばらく時間があった。


「ミツキはギルドホールで『このギルドにも掲示板はあるのか』と私に訊いてきた。残念ながら私の所属するギルドにそんなものはなかったが、そう答えるとミツキは何処かへ行ってしまった。そのときは単なる好奇心かと思っていたのだが」


 不器用なリリィシュがなんとなく俺を気遣っているのが伝わってくる。

「お前のギルドに? ますます分からんが……とりあえずありがとうなリリィシュ」

「うむ……元気を出せ。貴様らがおかしな様子だと、こちらも調子が狂ってしまう」

「ミツキはともかく俺は普段どおりのつもりだぞ」


 リリィシュはどうかな、と肩をすくめた。


「それから、これは言わなくてもいいことなのかも知れないが……」

「なんだよ勿体ぶって」


 リリィシュは普段は見せないような、思い詰めたような顔をして言った。


「私のギルドのメンバーが、ミツキが男と歩いているのを見たと言っている」

「へ、へーえ。隅に置けねえな、あいつも……」


 俺は平静を装うことに若干失敗しながら話の詳細を促した。

 リリィシュの話はこうだ。

 研修初日にリリィシュのギルドを尋ねたミツキは、そこでメンバーに顔を覚えられた。

 そのメンバーが、別の日に男と連れだって歩いているミツキを見たのだという。


「私は人違いだと思うのだが……ミツキによく似た人物が、金髪の容姿端麗な男と夜の街を歩いていたそうだ」

「…………」


 金髪の美男子と聞いて真っ先に浮かんだのはあのクリスの顔だった。

 まさか、ミツキが、あいつと……?

 ぶんぶんと頭を振って妄想を振り払う。ミツキはあいつから接吻された手をゴシゴシとスカートで拭いていたじゃないか。いや、しかし嫌な顔はしていなかったか。

 ……分からん。あいつは一体何をやっている……?


「すまん、やはりこの話はするべきではなかったか」

「いや、聞けてよかったよ。ありがとうリリィシュ」

「強がるな。私はてっきりお前とミツキは……」

「あいつと俺はただの同居人だ。なんでもねえよ」

「そ、そうか……? では休むところを邪魔して悪かったな」

「こっちこそ、起こして悪かったな。おやすみ」

「うむ……」


 俺はソファに寝そべり、頭から毛布を被った。

 その日もミツキは深夜になるまで帰って来なかった。


 ◇


「奴はまだ見つからんのか」


 むくつけき男たちがたむろする部屋の奥、身分の高そうな鎧に身を包んだ男が机上の書類に拳を叩きつけた。


「はっ! 目下捜索中であります」

「それは分かっている。しかし目撃情報も一切ないとはどういうことなんだ」


 そう言って立ち上がると、男は苛立ちを隠そうともせず部屋の中をうろうろと歩きはじめた。煮詰まるとすぐにはじめる、この男の癖であった。

 部屋に詰めていた部下たちは「またか」といった感じで顔を見合わせた。

 ここ数日はずっとこんな調子である。

 とある犯罪組織の残党狩りを言い付けられた王都騎士団小隊のメンバーは、いつ終わるとも知れない捕物劇にほとほと嫌気がさしていた。ほとんどの下手人が捕まるか死亡が判明する中、最も重罪である首謀者の行方だけがようとして知れないのだ。

 厳密には、末端の小物にも行方不明者は居たのだが、街のチンピラに毛が生えた程度の人物だったため捨て置かれている。


 部屋をうろついていた小隊長はやがて立ち止まると、口元に蓄えた茶色の髭をしごきながらひとりごちた。


「一体どこへ消えたんだ……くそ『ワーウルフ』のギルドマスターめ……」


 そのとき、ひとりの隊員が息急き切って部屋の中に飛び込んできた。


「隊長、さ、先ほど騎士団宛にこんな物が……!!」


 転がり出るように小隊長の前に走り寄った若い隊員の手には、封を開けられた手紙のような物が握られていた。


 ◇


 確認試験を明日に控えた、講義の最終日。

 俺はろくに会話もしないままミツキと机を並べて座っていた。

 講師の話を聞き逃すまいとするのだが、どうしても指の間から砂がすり抜けていくように意識から零れ落ちてしまう。

 それでも必死にメモを取り、あとからでも講義の内容を思い出せるよう努めた。

 初夏の日差しが大会議場の天窓から差し込んでいたが、眠気とは別の物が俺の思考を邪魔していた。

 隣に居るミツキが、いままでと違って知らない人間のように思えた。


「今日はどこへも行かないのか」


 研修終了後、珍しく宿に向かう俺についてきたミツキに問う。


「ええ」


 と何か思い詰めたような顔をして答えるミツキ。


「この数日間、何をしていたんだ?」

「今日はまだ言えないわ。あんたは明日の試験に集中して。あんなやつに負けないように」

「もちろん全力を尽くすが……。今日は言えないって、それじゃ明日になれば言えるのか?」

「そうね、明日になれば全て説明するわ」

「分かった、それじゃ明日までなにも言うまい。しかしお前こそ試験は大丈夫なのか? 全然勉強してないだろ」

「そうね……」


 そうねって。初日にあったオリエンテーションによると、試験の結果があまりに酷いと所属役場に通知されて懲戒処分もあり得るんだぞ。


「しょうがないな。俺が見てやるからとりあえず試験に出るところの復習を」

「必要ないわ」

「必要ないって、お前……」

「いいからあんたは自分の勉強に集中して。あたしのことは気にしなくていいから」


 歩みを止めず、真っ直ぐ前を向いたまま答えるミツキ。その態度からは、試験を諦めたというより、別の何かに挑むような気配が感じられた。

 その日は久々に全員揃っての夕食となったが、俺とミツキの間に横たわる微妙な空気を感じ取ってか、ぎくしゃくとした雰囲気の中での食事となった。

 メイカだけがいつもと変わらず、淡々とナイフとフォークを動かし続けていた。


 ◇


「それでは試験を開始する。不正行為を行った者は所属組織に通達し、処分を行うのでそのつもりで。では……はじめッ」


 試験管がサッと手を振ると同時に、カサカサと伏せてあった問題用紙を表に返す音が試験会場に響き渡った。

 試験会場は各班ごとに分かれた小会議室で行われる。大会議場ではいまごろパーティー会場の設営が行われているのだろう。研修日程の最終日には、異なる役場や官吏同士の情報交換という名目で交流パーティーが開かれる予定となっていた。試験の成績発表もそこで行われるという。


 そんな短時間で採点者は大変だな。と思ったが、蓋を開けてみれば試験は五つの選択肢から正解を一つ選び、そのマス目を塗りつぶすタイプのものであった。

 これは正解のマスの位置に穴の空いた板を解答用紙にかぶせることで、すぐさま正解の数が分かるという方式だ。なるほどこれなら採点もスピーディーに行われることだろう。

 選択肢の中に最初から正解が提示されているこの方式は、記述式の試験を想定して暗記をしてきた俺にとっても都合がよかった。しかし引っ掛け問題には注意しなければならない。俺は一心不乱にペンを動かし、時間内に用紙を埋めることに成功した。


「そこまでッ」


 解答用紙が回収され、俺たちはしばらくそこで待機をさせられた。

 試験が終わったというのに、ミツキは気を抜くこともせず両の手の指先を合わせ、まるでこれからが本番だとでもいうように意識を集中させているように見えた。


 やがて大会議場の準備が整うまでの間、一時解散が告げられた。この間にパーティーに相応しい衣装に着替えてくるのだ。俺とミツキも昨日、王都の貸衣装屋でそれ用の服を借りてきて宿に置いてある。

 試験会場から出ると、廊下でクカラキン・オドワールと出くわした。奴はニヤニヤしながらこちらを見ていた。俺たちは歩く豚を無視して宿に帰り、貸衣装に着替えると再び大会議場へ向かう。

 大会議場がある王城周辺で、やけにそわそわした感じの衛士がうろついていることが気にかかった。

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