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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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研修開始

 研修は王城の大会議場と各班に分かれての小会議室で行われる。

 各班というのは、俺たちのような町村の役場職員と、王都で働く官吏の新人たちが混合で研修を行うためだ。共通する講義などは大会議室に集められて行われる。

 初日の朝一番はオリエンテーションとして、全研修生が一同に大会議室に集められた。


「……というわけで、日程の最終日にはそれまでの講義の内容を範囲として試験を行います。成績優秀者には王との謁見の権利が与えられますので、皆励むように」


 ざわざわと会場中からどよめきが沸き上がった。

 国民にとって雲の上の人とも言える王との謁見というのは、とても名誉なことである。

 もっとも、俺は名誉とかそういうのにはあまり興味はなかったが。しかし単純に勇者王という人間には惹かれるものがあった。どんな人物なのか一度お目にかかってみたい。


 午前中の講義の前に、山のようなテキストが配られた。文字の具合からして、『熱刷(ねっさつ)』と呼ばれる方法で大量に刷られたもののようだった。

 熱刷とは金属で作った原版を使い、火魔法の応用で紙を変質させて文字を転写する技術だ。俺の生まれる前の話になるが、この技術の登場により、それまで全て手書きだった出版業界に価格破壊が起こったらしい。

 イカーナ村役場にも熱写師という契約業者が出入りしており、原稿を渡すと原版作りから熱刷(ねつず)りという行程までこなして成果物を引き渡してくれる。


 そのテキストをパラパラとめくってみたところ、午前中の講義内容は官吏・役場職員としての心構えや、この国の基本的な法律の話などを説くといったものであった。俺も初心に帰って……というか初心そのものなのだが、改めて基本に立ち返ってその講義を聞いた。

 俺の隣ではミツキが頭を抱えながら、必死で手元のテキストにメモを取っていた。

 やがて午前の講義が終わり昼食休憩となったのだが、そこで俺は、あまり会いたくない奴と顔を合わせることになった。


「誰かと思えば、昨日東地区でブランケットと一緒に居た奴じゃないか」

「オシャレ偶蹄目……」


 思わず誰も知ることのないあだ名で相手を呼んでしまった。


「いや、クカラキン・オドワールといったか」


 自然と相手を見る目がきつくなる。


「いかにもボクがオドワールだ。してお前も研修生だったのか。どこの田舎役人だ?」

「イカーナ村だよ。お前、なんで官吏なんてやってるんだ? ブランケット家から奪った店は継がなくていいのか?」

「あんな店、使用人に任せておけばどうとでもなる」


 ふん、と人を小ばかにしたように笑うクカラキン。

 商売を舐めやがって。サナちゃんの勤勉さを知る俺にとっては怒りしか湧いてこない。


「官吏はいいぞぉ。安定してるし、愚民どもには威張り散らせるしな」

「最低な屑ね。アンタのような奴が官吏の品位を落としているのよ」


 ミツキがクカラキンに食って掛かった。


「なんだと? このボクにそんな口を聞いていいと思っているのか……?」


 クカラキンは太った体を揺すると、醜い顔をさらに醜悪にして言った。


「ようし決めた。王様と謁見したら、お前らをクビにするよう進言してやろう!」


 豚はゲヒゲヒと下卑た笑い声をあげた。


「成績トップ取れることが前提か? 随分と自信があるんだな」


 この馬鹿がそんなに成績優秀には見えないが。


「あたし達が勝ったらあんたみたいな屑がいるって進言してやるからね!」


 売り言葉に買い言葉とはこのことで、ミツキはクカラキンとお互いのクビをかけた勝負の約束をしてしまった。

 クカラキンは俺たちからの言質を取って満足すると、取り巻きの官吏と一緒に昼食に出かけて行った。


「と言うわけで頑張ってよねシロック!」

「いやお前も頑張れよ」


 自分で大見得切ったんだろうが。


「だってあたし馬鹿だし。シロック頭いいし。これって適材適所よね」

「この場合お前の適所はどこなのか教えてくれ」


 と言い争っていると、後ろから俺たちに声をかける人物が現れた。


「オドワール家の嫡男に因縁を付けられるとは、災難だったね」

「誰だ……?」


 振り返ると、目も眩むような美男子がそこに居た。

 きらきらと輝く金髪に、透き通るような碧眼。白い歯は比喩や冗談じゃなしに光っていて、まさに『王子様』と呼ぶに相応しい容姿である。


「えーと、どこかで会ったことありましたっけ?」

「これは失礼。はじめまして」


 俺が尋ねると、男は優雅に一礼をした。

 その所作だけで大抵の女は好感度爆上げしてしまうんじゃないか? と思ってしまうほどの格好良さである。

 いい男は何をやってもサマになるのだな、と世界の真理にふて腐れそうになった。


「僕はクリスといいます。以後お見知り置きを」


 そう言ってクリスはミツキの手を取ると、あろうことかそこに口付けをした。


(なんつーキザな野郎だ)


 しかも全然嫌味っぽくないところがまた俺を卑屈にさせた。

 ミツキはクリスに口付けされた手の甲をゴシゴシとスカートで拭いてから(いろいろと台無しだな)腰に手を当てて尋ねた。

 

「あたし達になんの用よ?」


 クリスはそんなミツキに苦笑しつつ答える。


「いえ、立ち聞きとは失礼かと思ったのですが、イカーナ村というのが聞こえてしまいまして。あのクエストボード発祥のイカーナ村で間違いないでしょうか?」


 馬鹿丁寧な物腰でクリスは俺たちに絡んだ理由を開陳した。


「まあ、間違っちゃいないが」

「あれを考えたのはここにいるシロックなのよ」


 あっ、また余計なことを。悪目立ちしてしまうから言いたくなかったのに。

 ざわざわと周りにいた同期が騒ぎ出した。


「なんと、あなたがあの『依頼板』(クエストボード)の発案者でいらっしゃいましたか」


 クリスは目を丸くして驚いたといった顔をする。

 ったくどいつもこいつもクエストボード、クエストボード言いやがって。あんなもの些細な思い付きなのに、こんなに持ち上げられては居心地が悪い。


「俺はきっかけを思いついただけで、実際の導入には先輩方の助けの方が大きかったですよ」

「いや、勤め出して間もないのにすでに実績があるのはやはりすごいですよ」


 とクリスは真面目な顔でいう。

 おべっかというわけでもなく、本心からの言葉に聞こえる。これだから男前は油断ならねえんだ。


「まさか冒険者ギルドで使うような掲示板が、役場でも使えるとは盲点でしたよ」

「ああ、あれが冒険者ギルドからの発想だっていうの、分かりますか」


 まあ見る人が見れば誰でも分かるんだろう。

 俺もしげしげとギルド掲示板の仕組みを見たわけじゃないから分からんけど、実際仕組みも似たようなものなのかもしれない


「あれが冒険者ギルドを参考にしてるって気付いたのは貴方がはじめてですよ」

「やっぱりそうなんですか! 実は僕も以前、王都で冒険者ギルドに出入りしていたことがありましてね。似たようなものを見たことがあるなあと思っていたんですよ」


 得意げにするクリスを見て、そもそもこの話をするのはクーリエ村人の役人に次いで、まだふたり目だということは伏せておこうと思った。


「冒険者だったんですか!? なんでまた役場職員になったんです?」

「それは……お恥ずかしい話なんですが、どうにも向いていないと思いましてね」

「なんだ、俺と一緒ですね。はははは」


 自分と同じような境遇なのかもしれないと思うと、目の前の美男子に一気に親近感が湧いた。


「ではまた会いましょう」


 そう言い残してクリスは踵を返して行った。

 俺たちも昼食をとりに研修会場をあとにする。


 飯屋を求めて東地区まで出向いたところで、ばったりメイカに出くわした。


「あらメイカ、ひとり?」


 ミツキの問いかけにこくんと頷くメイカ。

 確か今日はリリィシュとサナちゃんは品物を引き取りに行くと言っていたな。


「あたしたちこれからお昼ご飯なんだけど一緒にどう?」

「……いく」


 うかうかしていると昼休みも終わってしまうので、メイカをパーティーに加えた俺たち三人は手近な料理屋に入って適当に注文を済ませた。

 料理を待っている間は手持ち無沙汰になり、俺はメイカに話題を振った。


「メイカはあそこで何をしていたんだ?」

「買い出し」


 いつものように小柄な魔法使いは簡潔に述べた。


「薬の材料か?」

「……そ」


 メイカはなにやらやる気のない字体で、びっしり書かれたメモを俺に手渡してくれた。

 サラマンダーの尾に、マメガエルの目玉、黒イモリの乾燥肝に、サンドフィッシュの砂袋……あまり実物を見たくないようなラインナップが並んでいる。


「これで何が作れるんだ?」


 俺はメイカにメモを返しながら尋ねた。メイカは少し間を置いてから答えた。


「……いろいろ」

「いろいろか」


 実にこいつらしい答えだな。


「……ニュートラルポーションとか」

「ニュートラルポーション?」


 珍しく具体的な言葉がメイカの口から出て、思わず俺は聞き返した。


「状態異常などをはじめとした魔法による全ての効果を打ち消す薬。店の在庫が切れている」

「すごいな、万能薬ってことか?」

「少し違う」


 メイカは無表示のまま首を横に振った。


「有益な支援魔法等も解除する。自然界の病気には効果がない」


 思っていたのと少し違った。

 状態異常やステータスの向上などの加護を無効化して、ニュートラルな状態に戻す薬のようだ。


「お待たせしました」


 ランチが運ばれて来たので、それに取りかかりながら話を続ける。


「そんなの何に使うのよ?」


 ミツキには使い道が思い付かないらしい。


「……いろいろ」


 実に便利な答えだな。

 俺が思い付くのは状態異常を治療するのはもちろん、敵にかかった支援魔法を打ち消したりといったところか。


「変わった薬があるんだな。他にはどんなのがあるんだ?」

「……変身薬とか」


 これはその名の通り、飲んだ人の見た目を変えてくれる薬らしい。


「あとは?」

「……媚薬とか」

「効果は?」


 媚薬と聞いて反射的に俺は尋ねた。


「服用者の性的興奮を高め淫乱にする」

「なるほど」


 メイカの花弁のような小さなその口からいかがわしい単語を聞くことができて、俺は満足げに頷いた。

 午後からも頑張れそうな気がする。


「メイカはほんと薬とか好きね」


 ミツキの言葉にこくんと頷くメイカ。


「……研究は楽しい」


 確かに今日のメイカは、メイカにしてはだけど饒舌だったな。どうやら薬の話題には積極的に口が回るらしい。


 食事を終えて店の前でメイカと別れると、俺とミツキはふたたび研修会場へ戻った。

 飯を食ったあとは眠くなる。

 俺は自分の睡魔とも戦いつつ、隣で船を漕ぎはじめるミツキにも肘を入れたりしながら午後の講義を乗り切った。

 

「眠気がきつかったな……明日からはあまり腹いっぱい食べないようにしよう」


 一日目の行程が終わり、研修会場から掃けながら俺は凝り固まった肩を回した。

 そのまま宿にふたりで向かおうとしたところ、


「あ、あたしちょっと用事があるから。ご飯も先食べてて」


 と言ってミツキが何処かへ消えてしまった。

 仕方なく俺はひとりで宿に戻り、リリィシュたちと夕食をとったあと部屋でテキストを広げて予習と復習に精を出した。

 クビ云々はともかく、クカラキンに負けるのは嫌だ。成績で奴を打ち負かすことが、物理攻撃力のない俺ができうる数少ない攻撃なのだ。ま、要するに精神攻撃だな。

 成績発表のときにあの豚が悔しそうにする様をモチベーションにして、俺は夜遅くまで勉学に励んだ。結局、ミツキが帰ってきたのは俺たちが寝静まってからのようだった。


「昨日は何処に行ってたんだ?」


 翌朝、俺が朝食の席で訊いても、ミツキは「うーん、ちょっとね……」などと上の空である。

 サナちゃんたちも心配そうに俺とミツキを交互に見ていた。

 案の定、ミツキは講義にも身が入らず、俺が突ついてやらないと危ない場面が幾つかあった。

 しかし講義が終わると、ミツキはまた昨日のように姿を消してしまうのだ。


「おい、どこへ行くのかくらい言ってけよ」

「……いろいろよ」

「なんだよそれ、メイカじゃないんだから……」


 適当な言葉であしらわれ、駆け足で去っていくミツキを見送る。

 釈然としないまま俺は宿に戻った。

 その日も――さらに次の日も、ミツキは夜遅くまで帰って来なかった。

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