チェックイン
俺たちが馬鹿な行為に精を出している間に、サナちゃんは女将さんが呼んだ下男に馬車を預けて帰ってきた。
サナちゃんはリリィシュの方を見てにっこりと微笑む。
「どうなることかと思いましたが、宿屋から割引を引き出すとはさすがですリリィシュさん。わたしはオドワールに関わりたくなかったから気付かないフリをしようと思ってたんですけど、これを狙っていたんですね」
(うひゃあー……)
余計なことしやがって、的なニュアンスを言外に滲ませながらリリィシュを褒め殺すサナちゃんに俺はぞくぞくさせられた。
サナちゃん、それ部下を叱責する経営者の顔だよ……。
「えっ、そうだったの! 見直したわよリリィシュ」
「ふえっ、お嬢? ミツキ? ちがっ」
ミツキはきっと素直に賞賛しているんだろう。うん、お前はそれでいい。
そんな一連の会話で、場にリリィシュを褒め殺す流れが形成されつつあった。本日の女騎士弄り、絶好の機会到来である。
俺も乗るしかない。この大波に。
「すまん、いままで少々お前のことを誤解してたようだ。やるじゃないか、見直したぜリリィシュ!」
ヒュー!
口笛とともにいい笑顔を作り、サムズアップを向けてやる。
「……ナイス守銭奴」
メイカも空気が読めるやつだった。
さあ、みんなでリリィシュの周りを囲んで拍手してやろうぜ。
おめでとう。おめでとう。ありがとう。
「えっ、ちがっ……」
おろおろしながらくるくるとその場で回る。
そして叫んだ。
「ふ、不本意だー!!」
……ふと、不審な目でこっちを見ている宿屋の従業員と目が合って俺は我に返った。
俺たち、ほんと何やってるんだろうな。
さて、チェックインである。
宿の受付で俺は仲間たちを振り返った。
ここまでの村では俺が一人部屋で女子が大きめの一部屋か、女子が二グループに分かれるという形で部屋を取っていた。
「えーと、いつも通りでいいかな?」
するとミツキが、
「せっかくだから、いつもよりいい部屋に泊まりたいわねー」
なんてことを言い出した。
「それだと三割五分引の恩恵が吹っ飛んでしまうではないか」
「そうだぞ、せっかくのリリィシュの手柄だぞ」
俺はリリィシュの肩を持った。
「そっ、その話はもういい」
「でもせっかく皆さんで王都に来たんですし、記念に少しくらい贅沢してもいいかなあ、なんて思いますよねー」
などとサナちゃんまでもが財布の紐を緩めはじめたところへ、メイカのひとことが駄目押しとなった。
「……相部屋」
なるほどー、それならひと部屋分の料金で済むし、多少贅沢してもいいかもネ――っておい!
「それはちよっと……」
マズくないかな。俺は即座に却下した。
「えー、なんでですか? だってシロックさんとミツキさんは村ではいつも相部屋じゃないですか。ミツキさんは良くてもわたしたちが駄目という理由がちょっと分からないですね」
「いや、えっ、ちょっと待って!」
サナちゃん俺とミツキの部屋の経緯くらい知ってるでしょう。
「ミツキさんだけずるいです。差別です。特別扱いです」
「別にずるくないわよ。あたしはみんな一緒でも構わないわよ」
ミツキは普段から家賃のために相部屋なのだからここで文句を言うはずもなく。
俺が視線を移すと、メイカは眠そうな目で厳かに杖を振り、言った。
「なんでもいい」
「…………」
こっ、こいつ! 面倒だからって適当なこと言っていやがる。そういうの、分かるんだからな……。
「わっ、私は反対だ! そのような行為……破廉恥極まりない!」
まあこいつはそうだよな。妥当だろう。珍しく意見が合ったなと同調しようとした瞬間、
「何が破廉恥なんですかリリィシュさん? ただ同じ部屋に寝泊まりするだけですよね? それとも何か起こることを期待しちゃっているんですか? 頭に破廉恥が詰まっているんですか?」
とサナちゃんが意気軒昂したリリィシュに畳みかけた。
リリィシュは急に取り乱してサナちゃんに弁解をはじめた。
「なにゃ、にゃにを言ってるんですかお嬢!? そんなことあるわけないじゃないですか!」
きりりと顔を引き締めると、誇らしげに胸を張った。
「何も起きません、いや、このリリィシュが何も起こさせません!!」
「んん? じゃあ何も問題ないってことになるわね……?」
「その通りだ! 問題など……あ、あれっ?」
サナちゃんとミツキのコンボにより、リリィシュ陥落す。
この女騎士、使えねー。
「さあさあ異論がある場合は、これより安くなるプラン以外認めませんよ」
サナちゃんがパンパンと手を叩く。しかもさりげなく要求レベルをあげているときたもんだ。
最近おかしな貫禄が出てきたなこの子。
「いつまでも何をごちゃごちゃとやっているのよ。みんな一緒の方がきっと楽しいわよ!」
ミツキはミツキで何も考えていなさそうだ。
「うーむ」
ポンコツ騎士ではサナちゃんに敵わないし、俺にも妙案は浮かばない。
部屋のランクをさげたところで、ふた部屋分の料金ではどうしても大部屋のリーズナブルさには敵わないのである。
そもそもランクをさげるなんて言ったところで羽目を外したい、いやすでに羽目が外れかかっている皆のテンションからは即刻で却下されるだろう。
すまん。リリィシュ。俺も役立たずだ。人のことを、ポンコツだなんて全然笑えた身分じゃなかった。
「はあ、もう俺はそれで構わんよ、リリィシュには悪いけどな。どうするリリィシュ、どうしてもいやならひとりで部屋を取るか?」
もちろん自腹で払ってもらうことになるが。
「わ、私を仲間外れにする気か!?」
急に不安げに瞳を揺らして、たじろぐリリィシュに俺はひっくり返りそうになった。
金銭面よりそっちを気にするのかよ。
「いや、仲間外れとかそういうあれではないんだが……」
なんなの? 変なトラウマでもあるの……?
実はいじめられっ子だったのかもしれない、とか。
「それじゃあもう、みんな一緒の部屋にするぞ。いいな?」
俺が投げやりにそう確認を取ると、リリィシュは渋々といった感じで頷いた。
「あ、ああ、私がしっかり監視していないと、貴様のような変態はお嬢に何をしでかすかわからんからな。致し方ない」
「へいへい。それじゃあ、おはようからおやすみまで好きなだけ見守っていてくれ」
「おは……っ! なな、にゃにを馬鹿なっ」
ボッと頭から煙を出す勢いで、リリィシュは真っ赤になって憤慨していた。
冗談に決まっているだろう。本当に見守られても困る。
「決まったかい?」
「待たせてすいません。上の大部屋ひとつお願いします」
「あんた幸せもんだねえ」
「……はい?」
俺は女将の言葉を聞き流すことにした。
女将さんは軽く肩をすくめると商売に戻った。
「で? 期間は?」
俺とミツキの研修は一週間後まで開催される。俺は「一週――」と言いかけてから、後ろを振り返った。
「もしかしてサナちゃんとリリィシュは商品を受け取ったらすぐ帰るのか?」
「いえ、急ぎではないのでしばらくこちらに滞在しようと思ってますよー」
にこにことサナちゃんが答える。
「『飛べないドラゴン亭』は大丈夫なのか?」
「はい。このところ働き詰めだったので、しばらくのんびりしてきていいと言われました。シロックさんたちが滞在する期間に合わせますよ」
「私はお嬢あるところに付き従うまで」
「はいはい知ってるよ。あとはメイカか……」
と俺が顔を向けると、この眠そうな目をした魔法使いは、ひとことだけ、
「……帰りの馬車」
と答えた。
オーケー了解。
その代わり滞在費は折半だからな。
「……お金ある」
俺が口をひらく前に、メイカは必要最低限の言葉で会話を完結させた。
喉まで出かかっていた下世話な言葉を強引に飲み下し、俺は間抜けな返事をする。
「ああ、そう。それならいいんだけど」
……金ならある、か。
ミツキは知っていたようだが、やはりメイカはそれなりに資産家なのだろうか。
そもそもこの世界で、魔法使いが食いっぱぐれるなんてことはまず考えにくい。貴重な才能を必要とし、誰もがなれるわけではない魔法使いという戦職は、どの業界へ行っても売り手市場なのだ。
しかも無詠唱の使い手であるメイカほどの腕となると、なぜ辺境の田舎村で薬や酒を売っているだけなのか、まったく理解に苦しんだ。
なにか事情があるのかもしれない。しかしメイカが語らないことを、俺はとりわけ嗅ぎ回ろうとは思わなかった。
それこそ、ときが来れば話してくれるんじゃないかと思う。メイカは無口ではあるが、必要な言葉は口にするやつだから。
メイカが言わない、ということは、いまの俺たちはまだ知る必要がないということなのだろう。それならそれで構わない。
でも――なぜだか分からないが、いずれ俺たちはメイカの事情に関わることになる。そんな予感が俺にはしていた。
俺たちはチェックインしたあと部屋に荷物を置き、食事をするため夜の王都に繰り出した。




