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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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服を着た豚

 嫌がる町娘に強引に迫っている男は、『服を着た豚』とでも評するのが最適な見た目をしていた。


「いいじゃない仕事なんてさあ。この僕がご馳走してあげるって言うんだから君は黙ってついてくればいいんだよ」


 身をよじって振りほどこうとする乙女を、なおも強引に男は引きずろうとする。


(護身術士としては、無用な争いは避けるべし、なんだがな……)


 豚男は、見た目はともかく地位だけは高そうなものを身に着けている。

 屈強そうな護衛もふたり脇に控えているし、こんなのに目を付けられると厄介なことになりかねない。俺だけならともかく他のみんなやイカーナ村まで巻き込むことにでもなったら……。

 さて動くべきか動かざるべきかと考えを巡らせて助けに入るのを躊躇していると、後ろからぽんと肩を叩かれた。

 振り返ると、青筋を立てたミツキの笑顔がそこにあった。


「暴れていいかな」


 いかん。こいつの好き放題にさせたら予想以上に酷いことになりそうだ。

 俺は介入する覚悟を決めてぐっと拳を握り込んだ。


「やめないか! 嫌がっているだろう!」


 あっと思ったときには、すでにリリィシュが狼藉者の前に出ていた。


「そうね、その手を離しなさいな」


 続いてミツキも並び立つ。


(出遅れた……)


 格好がつかず俺はぽりぽりと後頭部を掻いた。物理攻撃も政治的圧力も関係なかったな。護身術士は仲間を全力で守る、ただそれだけだ。カッと目を開き、俺は臨戦態勢に入った。

 神我流護身術(スキル)を展開し、意識を四肢に巡らせる。

 どんな予備動作でも見逃さない。攻撃が来たら、すべて叩き落とす。


「なんだお前らは? 関係ないやつは邪魔をするな! この僕を誰だと思っているんだ!!」


 勘違い野郎の常套句を吐く男に向けて、リリィシュは毅然とした態度で腰に手を当てた。


「貴様のことなど露ほども知らんし、破廉恥漢に名乗る名はない!」


 カッと顔を赤くした男は、宿の前に待機させていた馬車につかつかと近づくとバッと御者の鞭を奪い取り、リリィシュに向かって振りあげた。


「おっと」


 腰に手を当てたまま微動だにしないリリィシュの前で、俺はその鞭を指二本で挟み込んで止めた。


「ウチの姫騎士様を馬車馬のごとく働かすことが許されるのはこの俺だけだぜ?」


 具体的には、旅の道中でオークにけしかけたりといった労働を少々。

 オークと姫騎士。別に何かを意図した組み合わせではないのだが、なんだろう、このイケない感じは。

 ちなみに姫騎士というのは見目麗しい女騎士に対する美辞である。まあ、リリィシュになら使ってやってもいいかなと思う。


「ぐ……っ!」


 男の左手はミツキによって締めあげられ、首元には姿勢を低くしたメイカの杖がぴたりと突きつけられていた。


「汗でぬるぬるしていて気持ち悪いわね。女の子に嫌われるわよ」

「……動いたら」


 護衛のふたりが慌てて駆け寄ろうとしたが、ミツキとメイカがそれを目で制す。


「う……」

「坊ちゃんを離せ……!」


 と呻いて護衛のふたりは動きを止めた。

 対するミツキとメイカの返答は『無言』だ。

 つつ、と男のこめかみを汗が伝った。


「阿呆か。そんなことが許されるのはお嬢だけだ」


 リリィシュが先ほどの俺の発言に異議を挟んだ。

 どうやら俺には馬車馬扱いする権利をくれないらしい。ちぇっ。


「じゃあ今度からサナちゃんに頼んでもらうか」


 俺がリリィシュに軽口を叩いていると、男の視線が後ろに控えたサナちゃんに注がれた。

 

「サナ……ブランケット……だと?」


 驚いたような表情が、徐々に拍子抜けしたかのような色を浮かべていく。

 男は目をぱちくりさせたあと、急に大声で笑いだした。


「アーハッハッハッアー!! こいつはいい! なんだそのみすぼらしい格好は! よくそんなので、のこのこと王都に戻ってこれたもんだ!」

「なんだと……?」


 ひくっ、とリリィシュの頬が引きつった。主を馬鹿にすることは、この女騎士の前ではタブーなのだ。

 腰に当てていた手がゆっくりと細剣(サーベル)に向い、すわ抜くかと思われたそのとき――

 すっとサナちゃんがリリィシュの前に出て、右手でそれを制した。


「お久しぶりです、クカラキン・オドワールさん」


 ふわり、と優雅な一礼。


「このような格好で失礼いたします」


 その所作には一切の淀みなく。幼少の砌から数え切れない反復練習を経て染み付いたものだと、同じようにして戦闘技能(スキル)を身に付けた俺には一目で分かった。

 クカラキンと呼ばれた男は鼻白んだように「チッ」と舌打ちをして体から力を抜いた。


「オドワール家の嫡男か……。いつも父親の影に隠れてばかりで表に出てこないものだから、実在しないのかと思っていたぞ」


 リリィシュが苦虫を噛み潰したような顔で言うのを無視して、クカラキンはわざと大きな声でサナちゃんに話しかけた。


「お前の親父が事業に失敗したせいで店は大赤字。部下だったうちのパパが尻拭いをしてなきゃ、従業員全員が首を吊らなきゃいけないところだったのに、よくそんな顔ができるよなあ?」

「貴様、本気でそのような与太話を信じているのかっ!」


 公然と主人を辱められたリリィシュが逆上して吠えた。

 俺も、サナちゃんから聞いていた話と随分違っているなと首を捻る。

 仮にこの男の言っていることの方が真実だとしても、トップの座を奪われ、街を追われた時点でブランケット家は充分な責任を取っているのではないか? 娘であるサナちゃんが公衆の面前でここまでの糾弾を受ける謂れはないはずだ。

 父親の方便を鵜呑みにしているのか。それとも全てを知ったうえでブランケット家を貶めているのか。

 後者であれば救いはない。前者であっても容赦はしない。

 豚と天使、どちらに着くのかという話だ。俺はこの豪奢に着飾った豚を敵と認定することにした。

 オシャレ偶蹄目め、どうしてくれようか。



「黙れ、ブランケットの飼い犬風情が! 誰に向かって口をきいている!」


 クカラキンがリリィシュに向かって威丈高に言い放つ。


(こいつ……)


 頭の芯がスーっと冷たく沸騰した。

 確かにリリィシュは出来の悪い犬のようなやつだよ。主人には千切れんばかりに尻尾を振るし、他人に対してはところ構わず噛みつくし。

 しかしこんなやつにリリィシュのことをとやかく言われるなんて、無性に腹が立った。聞き捨てならなかった。

 自分がこの女騎士にここまで肩入れすることになるとは我ながら驚きだが、それなりの時間を俺はリリィシュ・クロノワと過ごしてきたということなのかもしれない。クーリエの役場で俺のことを笑わず、友人と言ってくれたやつをどうして擁護せずにいられようか。

 出来の悪い犬? だがそこがいいんだろうが。

 もちろんサナちゃんを悪しざまに言ったことについても万死に値する。

 俺の大切な義妹(いもうと)(もちろん脳内での勝手な呼称だが)を愚弄しておいて、ただで済むと思うなよ……。

 俺は右手で止めていた馬鞭を掴みなおすと、そのまま握り込んでへし折った。


 ――ベキン。


「ひぃっ……」


 クカラキンは小さく悲鳴を漏らすが、護身術士の俺には武器破壊(ウェポンブレイク)がせいぜいの嫌がらせだ。

 これ以上は仕方がないので、男を睨む目に力を込める。


「おかしいですね、オドワールさん。この国では貴族制度や身分の上下は存在しないはず」

「……っ!」


 天上からの福音を思わせるようなその声は、緊張状態にあった俺たちに我を取り戻させた。

 声の主であるサナちゃんは、優美な仕草でクカラキンに語りかける。


「誰が誰にどのような口をきいても自由なはずです」


 優しく、諭すような調子でそう言ってから、さっと声のトーンを厳しくする。


「もちろん、人として常に他者への敬意と礼節は失いたくないものですけれどね。リリィシュさんもですよ」

「はっ、申し訳ありませんでした!」


 サナちゃんの意向を汲んだリリィシュが、クカラキンに向けて一礼をする。

 一転にして場の雰囲気を変えられてしまった豚男は「くっ……」と呻くと辺りを見回す。

 非難するような野次馬の視線が、一斉にクカラキンに注がれていた。


「ええい離せッ」


 クカラキンはミツキとメイカを払いのけると、足を踏み鳴らしながら馬車に乗り込んでいった。護衛の者が慌てて追う。

 御者が手綱を引き、二頭の馬がヒヒンとひと鳴きしてから車を引いて歩きだした。カカッ、カカッと石造りの地面を叩く蹄の音が徐々に遠ざかっていく――。

 しばらくして宿場通りには普段の喧騒が戻ってきた。


「よく我慢できたわねあんた」

「当然だ。あのような者相手に抜けば、むしろ私の剣が廃る」


 リリィシュはふん、と鼻を鳴らしてミツキに答えた。

 いやいや、ほぼ抜きかけていたくせに。見てたぞ。


「あの、ありがとうございます」

「なに、気にするな」


 乱暴されていた宿屋の娘さんがおずおずとリリィシュの前で手を合わせた。

 豚が気に入るだけあって、清楚で可愛らしい娘である。

 はじめて会った頃のサナちゃんを思い起こさせるな。……いま? いまも天使には違いないが、なんというか天使長みたいな感じになってきている。


「大丈夫だったかい」

「女将さん」


 店の中から恰幅の良い女性が現れ、俺たちに頭をさげた。


「申し訳ありませんでしたねえ旅のお方。先ほどの方はこの辺りを担当する王国官吏様でして、下手に抵抗すれば店の認可取り消しをちらつかせてくるもんですから……」


 それで助けようにも出られなかったということか。

 同じ役人として信じられん横暴だと思った。職権乱用に公私混同。合わせ技で免職、といきたいところだ。


「お礼と言ってはなんだけど、宿をお探しでしたらウチに泊まっていったらどうだい? 料金は二割引にさせてもらうよ」


 という女将さんの提案に、サナちゃんは頬に手を当てて考えはじめた。


「二割引ですかー。どうします、シロックさん?」

「えっ? うーん、そうだなあ……」


 急にサナちゃんが振ってくるので俺はまともに答えられない。

 二割引きは魅力的だけど、ほかに元値が安い宿もあるかもしれないしな……。


(あるじ)も決めかねているのでどうでしょう、ここは四割引きまで」

「あ、主ぃ!?」


 四割引という吹っ掛けもさることながら、急におかしな呼び方をされた俺は挙動不審になってしまった。

 どうやら俺の反応が芳しくないことを理由にさらなる値下げ交渉に持ち込もうという作戦のようだったが、俺のせいで女将さんにもバレバレだったんじゃないだろうかと思う。「せめて『お兄ちゃん』とでも呼んでくれれば、脳内演習の成果が発揮されて俺も自然な演技ができたはずなのだが。今後のためにもあとで注意しておかねば」


「分かりました、お兄ちゃん。今度から気を付けますね」

「な、なぜ俺の脳内義妹設定を!?」


 たじろぐ俺を、リリィシュが白い目で見ていた。


「途中から声に出ていたわよシロック」

「はい。ダダ漏れでしたね」

「し、しまった!!」


 俺は両手で顔を覆った。恥ずかしぬ。


「あっはっはっは! いいよ、三割五分引きにおまけしといてあげる。馬車はこちらで預かりますからどうぞ受付まで!」

「わー、ありがとうございます女将さん。もう決めちゃっていいよね? シロックお兄ちゃんっ」


 サナちゃんは「きゃるっ☆」とか擬音が付きそうな、実にあざとい笑顔を俺に向けた。


「決めちゃっていいからやめて! そんな含みのある笑顔でその呼び方するのやめて!」

「なあに? シロックそういうのが好きなの? あたしも今日から『兄さん』、とか呼んだ方がいい?」

「私の性格だと、兄様(にいさま)……かな? ……いや! 無し無し、いまのは無しだ!!」

「……(あに)


 や、やめてくれ……! ハァ……ハァ……! くっ、このままでは何かに目覚めてしまう……!


 厳しい精神攻撃にブルブルと震えはじめた自分の右手を、俺は必死に押さえ込んだ。

 鎮まれ……鎮まるんだ……。イカーナ村でこんな呼び方をされては、今度こそ俺の評判は地に落ちる。アリア先輩にも冷たい目で見られるしウィル先輩に舐められるのは指で済まないかもしれない。

 それだけは、それだけは避けなければ……!


 バッ! と俺は飛びあがると、腰を捻って空中でくるくると回転しながら上半身を折り畳んだ。

 膝を顔にくっ付けんばかりに太ももを引き付け、両手はぴしりと伸ばしたまま頭の上へ――そのままの姿勢でストッと硬い地面に着地する。


「頼むからほんと、いままで通りでお願いします!!」


 ジャンピングDOGEZA――


 俺の故郷に伝わる、伝説の謝意表明技法であった。

次回「チェックイン」、土曜日更新予定です。

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