王都ふたたび
クーリエ村からさらにふたつの村と町を経由して、俺たちが王都ミストリアに到着したときにはすでに日は傾いていた。
以前に来たときは東門から入ったのだが、今回は南門だ。
「思ってたよりも人が少ないわね」
ミツキが町並みを見渡して言う。
確かにこの地区からは閑静な印象を受けた。
「俺が前に入った東地区は商業区だったから、買い物客や行商人などの行き交いも多くてかなり賑やかな感じだったけどなあ」
「南地区は軍の施設や冒険者ギルドのホールなどが多く、無骨な雰囲気ではあるな。南方、つまり魔界からの魔物の進行に備えるためにどうしてもそういった施設が偏らざるを得ないのだ」
とリリィシュ。
「やけに詳しいじゃないか」
「実はこの辺りに私の所属している冒険者ギルドがあってな」
「へえ、リリィシュは冒険者だったのか」
「いや、私はあくまでブランケット家の騎士だ。ギルドへは情報収集が主な目的で所属している」
リリィシュが所属しているギルドは、迷宮の探索や、そこから見つかるマジックアイテムの流通などに特化したギルドらしい。サナちゃんの家で取り扱う商品の関係で、リリィシュの家系であるクロノワ家が代々所属しているという歴史あるギルドらしい。
「いつ見ても立派なお城ですねー」
サナちゃんが街の対角にある建造物を見て声をあげた。
王都は北面で大きな河川、ルルイル川に隣接しており、その河畔にそびえ立つは王城ミストリア城である。
川面からの照り返しを受けるその威容が、ここ南門からも存分に確認できた。
「確かに見事だな」
質実剛健なその石造りの巨城は、見るものに畏怖の念を起こさせる。
分厚い石の壁は魔法で補強されており、上級魔術師の業火球でも傷一つ付かないと噂されていた。
当然、南地区だけでなくこちらにも兵力は振り分けられている。ここは北方諸国から迫害されてきた、一部の人族や異種族の集まりで作られた国なのだ。北方への警戒は当然と言えた。
王都をぐるりと囲む高い城壁の周囲には、ルルイル川から引かれた深い堀が巡らされている。
王都への門をくぐるには、そこに架けられた跳ね橋を渡るしかなく、特に王城直下に設けられた北門については幅員三キロに及ぶ大河ルルイルに一直線に渡された橋を渡るよりほか道はない。
しかもこの一本橋には、王城からの操作ひとつで渡れないようにしてしまう魔法の仕掛けが施されているのだ。
このあたりが、ミストリアが難攻不落と称される所以であった。
「大河ルルイルって、エルフの言葉で『清める者』って意味なんだって。前にお母さんが言ってたわ」
「へえ、そいつは珍しいな」
俺はミツキのうんちくに感心の声をあげた。
普通、人族が土地を支配した際にはその地名は人族の言葉に置き換えられるのが常である。
そこを勇者王は、住人の口から一番耳にする名前だとして『ルルイル』というエルフ語の名称をそのまま採用したのである。
それでいて公式な文書以外では好きに呼んで構わないとして、『ルルイル』という呼称に統一することも強制しなかった。
この寛大な措置に、ドワーフや獣人たちは昔から親しんだそれぞれの言葉でこの母たる大河の名を呼べることを喜んだという。
「一方で勇者王は共通語の普及にも力を入れているんですよ」
とサナちゃん。
「種族独自の言語を使うことには何の制限も課さないんですが、将来的には全国民が共通語をマスターできるように教育行政をおこなっているんです。おかげでいろんな種族の方と商談ができるようになってきたんですよ」
と嬉しそうに教えてくれた。
本当にサナちゃんは商売が好きなんだな。見ている方まで嬉しくなるような笑顔だ。
「……言葉の壁は心の壁を生む」
珍しく会話に参加したメイカが呟いたのは、この国の掲げる教育スローガンだった。
「ああ、なんか分かるよなそれ」
異種族の入り混じるこの国にとっては、民族紛争を減らし、相互理解を進めるために共通言語が不可欠という考えである。
勇者王の人となりを体現しているようで、なんとなく俺はこの言葉が好きだった。
「そろそろ行くか。宿を決めないとな。みんな同じ宿でいいのかな?」
「ん? 当然だろう?」
何を言っているのだ? とリリィシュが首を傾げる。
いやまあ、念のために聞いただけだけど。
「それじゃもう夕方だし、空き部屋に余裕がありそうな大きいところにしないとな」
俺たちは土魔法で舗装された道を歩き出した。街並みを楽しみながらしばらく歩くと開けた場所にたどり着いた。南の広場だ。
この街は東西南北の区画にそれぞれ広場を持っている。一番大きいのは王城前の北広場だ。
南広場には出店の屋台がいくつか出ており、芳ばしい香りが辺りに漂っていた。
サナちゃんは肉を焼いている屋台に歩み寄ると、串焼きを五本買ってきてみんなに配った。
「美味しそうだったので、つい」
えへへ、と照れ隠しに笑う。
なるほど、脂ののった厚切りの肉に、甘辛い味付けのタレがたっぷり絡めてあって確かに旨そうだ。
タレが服にかからないように気をつけてかぶりつくと、ジューシーな肉汁が溢れ出して濃厚なタレと一緒に舌のうえで踊る。
――これは旨い!
サナちゃんのお眼鏡にもかなったらしく、「これうちでも出せないかなあ」などと言って、店の人から味付けを聞き出そうとしていた。
俺がもう一口、と口を開けてかぶりつこうとしていると、ミツキが広場の隅に設けられたスペースを指して興味津々な声をあげた。
「ねえ見て。あれ何かしら?」
ミツキの指す方角を見ると、縦方向に長い楕円形をした、大きな鏡のような物の前に人が列をなしている。
鏡面は表も裏も虹色に輝いており、時折光が強くなったかと思うとその光の中から何人かの人間を吐き出す。また、反対側の光の面には、列に並んだ人々が順番に吸い込まれていった。
「ああ、あれは転移門だな。俺も前にちらっと見ただけだったけど」
「へえ、あれがそうなの!」
ミツキはきらきらと目を輝かせた。
転移門の周りには三人の職員が立っている。
両脇に立つローブ姿の職員が装置に手をかざして魔力を供給しており、制服を着た職員が列に並んだ人からペルク硬貨を受け取っていた。
鏡の縁には細やかな装飾が施され、魔力によってぼんやりと光を帯びている。複雑な術式が組み込まれているんだろうな。
「あれには一部で別の呼び名があって、私はそちらを使っているがな。その名称とはすなわち、『旅のとび――」
「おおっと手が滑ったー!!」
俺は手に持った串焼きを取り落としそうになり、慌てた拍子にリリィシュのハーフアーマーに肉のタレを飛ばしまくった。
しかしお肉は無事だ! 尊い犠牲に感謝を!
「ぎにゃー! 私の鎧が!? きっ、貴様にゃにをするー!?」
怒るとよく噛む女騎士に俺は平謝りした。
「すまんリリィシュ、いつも鏡のようにツルツルに磨き上げられているハーフアーマーを汚してしまった!」
「つ、ツルツルとか言うなー!!」
リリィシュが半べそになって俺の胸を叩く。
いつも鏡のようにツルツルピカピカに磨きあげているし、よほど大事な装備品なんだと思っていたが、ここまでショックを受けるとは大変申し訳ないことをした。
「鏡のように見事に平らな胸当て部分に、本当にすまないことをした!」
その部分の意匠はまさに職人技と言えた。
シンプルイズベスト。
余計な凹凸のないシルエットが素晴らしく、これなら敵の攻撃も引っ掛けることなく受け流せるだろう。
ビバ、平面。
「たっ、平らとか言うなー!!」
リリィシュからなおも激しい殴打の嵐が俺に降り注ぐ。
誠心誠意言葉を尽くしたつもりだったのだが、謝り方を間違えたか?
言葉で足りないなら行動で示すしかないと俺は思った。
「す、すまん……拭いてやるからちょっとじっとしてろよ」
「わひゃあ!?」
手巾を取り出して鎧についたタレを拭き取ろうとすると、リリィシュはさっと両手で胸の辺りを隠してしまった。
「おい、そんなことしたら腕にもタレが……」
「何を考えているんだ、へ、変態っ! 自分で拭く!!」
「……高圧洗浄」
ビシャアァァァァ――ッ!!
「ひゃああああ!?」
口の周りをタレでべちゃべちゃにしたメイカが水魔法でリリィシュの鎧を洗い流した。
鎧は見事に美しさを取り戻し、水も滴るいい女騎士ができあがった。
「あ、ありがとうなメイカ……」
メイカは茶色いタレまみれの顔でこくんと頷いた。
「れいおよ」
おそらく礼には及ばないの略と思われる。
「よ、鎧が綺麗になってよかったなリリィシュ」
「ハークシュイ!」
水を滴らせたリリィシュが盛大にくしゃみをした。
「うう、なぜ私だけがこんな目に……」
べそべそと泣き言を呟くリリィシュに、メイカは黙って杖から温風を出してやる。
ブオォォォ――。
俺は手に持ったままの手巾をメイカの口周りを拭くという用途に切り替えた。
「ほらじっとしてろよ」
「ん……」
メイカはくすぐったそうに目をつぶったが、小さな唇を突き出すようにしておとなしく俺に拭かれていた。
そんなことをやっている隣で、ミツキは指についたタレを舐めとりながらまだ転移門に注目していた。
「ねえシロック、あれ使ってみたい」
と指を指して子供みたいに言う。
「いいけど高いぞ。往復で俺たちの給料ふた月分は軽く飛ぶ」
そう、気軽に使えるものではないのだ。
転移門を制御できる魔法使いというのは限られた人材であるし、そういう人間は人件費も高い。もちろん建造にもコストがかかっているので、それらを回収するための料金設定はどうしても高くなりがちだ。
現実的なことを言ったせいで、ミツキは急にテンションをさげてしゅんとしてしまった。
「でもいつか金が貯まったら、他所の国に旅行にでも行ってみるのも悪くないかもな」
「本当? 絶対よ! 約束だからね!」
我ながらまるで計画性のない発言だったが、ミツキは子供のように元気を取り戻した。まあこいつはこうでないとな。しおらしいミツキはミツキじゃない。
「メイカやサナちゃんはお金持ちかもしれないけど、リリィシュは無駄遣いしないでしっかり貯めときなさいよ」
特に誰と行く想定でもなかったのだが、ミツキは旅行もこのメンバーで行く気らしい。
「なぜ私ひとりだけ浪費家みたいな扱いなのだ! ちゃんと貯金くらいしておく!」
憤慨しながらしっかり行く気満々かリリィシュ。まあ、そのうち本当にみんなで旅行するのもいいかもしれない。今回の道中も楽しかったしな。
益体もない旅行の話をしながら俺たちは広場を抜け、東地区の宿場街に向かった。
この角を曲がるとそこは宿屋通り、というまさにそのときだった。
「いやぁっ! 離してください!」
宿屋街にうら若き乙女の悲鳴が響き渡った。
東地区に入った俺たちが遭遇したのは、身なりのいい男が嫌がる町娘の手を掴み、一軒の宿の前で揉めている現場であった。




