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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
26/39

ギルドマスター

 ◆


 ――とあるスラムの酒場。


「カルロスがやられました」


 人の寄り付かない奥の席で、その男はバンダナを巻いた男からの報告を受けていた。


「これで『ワーウルフ』のメンバーも、マスターと俺だけになっちまいましたね」


 男は部下に頷きのみを返すと、おもむろに席を立ちあがった。カウンターにペルク硬貨を置き、店を出る。

 部下の男は浮かれていた。

 冒険者ギルド『ワーウルフ』のバンダナ男ことニッチモは、長らくギルド内の序列で最下層だった。しかし、いまやマスターを除けば自分の上には誰もいない。実質のナンバー2である。

 ここからのしあがってやる、とニッチモは密かに息巻いていた。

 一週間前のことになるのだが、かねてから付き合っていた恋人の妊娠が発覚したのだ。

 これからはずっと一緒だと結婚を申し込み、彼女も涙してそれを喜んだ。

 一家の柱として、妻と産まれてくる子供のために稼がなければ。そのためにはマスターの手足となり、どんな汚いことでもやってのけてやる。そんなささやかな決意とともに、ニッチモは先を行くマスターの背中を追いかけて歩いた。


 マスターは何も言わないまま、スラムの路地を抜けていく。ニッチモも黙ってそれに続いた。この町ははじめて訪れたわけではないが、あまり詳しくはない。やがて町外れに辿り着いたとき、そこには打ち捨てられた教会があった。

 数年前に建て替えで移転したあと、古い建物が取り壊されずにそのまま放置されているのだ。屋根は落ち、扉は朽ちて、さながらアンデッドでも出そうな雰囲気。

 マスターは無言でその横を通り過ぎると、裏手の墓地に回った。墓守もおらず、もはや誰も身内が居ないような墓だけがそこに取り残されていた。親族がこの町に住んでいるような墓は、棺桶を新しく建てた教会の方へ移している。そのため、この墓地には棺桶を掘り出したあとの穴がいたるところに口を開けていた。


 マスターはその穴のひとつの前にしゃがみ込むと、中を覗き込んだ。

 何があるのだろう。

 ニッチモも気になって穴を覗き込む。


 ――ドスッ


 と鈍い衝撃を背中に受けた。

 振り返ろうとする前に背中を押され、ニッチモは穴の中に転がり込んだ。

 マスターは墓石に立てかけてあったシャベルを手に取ると、うずたかく積まれた土を穴に戻しはじめる。


 ――ザッ

 ――ザッ

 ――ザッ


 上から土が降ってくるのを、ニッチモは穴の中から黙って見あげていた。

 声が出せない。

 体が動かない。

 背中の焼けるような熱さに体が支配されていた。


「ふ〜ん、ふふふん〜んん」


 鼻歌交じりに埋め戻し作業に従事するマスター。暗く深い穴の底でその声を聞きながら、ニッチモの頭にあったのは恋人のことだった。マスターへの怒りや、裏切られた悲しみよりも、恋人へのすまなささがニッチモの思考を支配していた。


 すまねえ。もうお前の元に帰れそうにねえ。

 生まれてくる子は……俺の子は……。


 両の目から涙が溢れ、その上にも容赦なく土が降り注ぐ。

 そのとき、狭まる視界の隅に、妙に白いものが飛び込んできた。ニッチモは眼球だけを動かし、必死にそれを凝視する。

 月明かりに浮かびあがる、眠ったような、白い顔。少しそばかすが目立ち、町娘らしい快活な印象を与えるその顔は、はじめて酒場で声をかけたときからいまもまったく変わっていない。

 好んで着ていた白いワンピース。そのわずかに膨らんだ腹だけが、真っ赤に染まっていた。


「――――」


 ニッチモは恋人の名を呼んだ。

 彼の手は土に埋もれ、もう動かない。それでも懸命に、魂だけでもとそちらに伸ばした。

 やがてニッチモは、自分の魂が何かを掴んだような気がしてそっと目を閉じた。

 これからは、ずっと、一緒だ……。

 俺たち、家族、三人で……。



 ――ペタペタと。シャベルを使って、マスターは墓石の前の地面を平らに仕上げた。それで、穴のあった場所はすっかり他の地面と変哲がなくなった。

 シャベルをその辺に放り出し、手についた土を払う。

 こうして元冒険者ギルド『ワーウルフ』ギルドマスターの、現在を知る人間はこの世界から居なくなった。

 彼が上機嫌で寝床に戻ろうとした、そのときだった。


「やあ、いい月夜ですな。ほら月に蒼輪(そうりん)があんなにくっきりと」


 赤い顔をしたひとりの男がどこからともなく現れて、場違いに明るい声でマスターに話しかけた。

 手に持ったカンテラの灯りがふらふらと揺れて、埋め戻したばかりの土を照らす。


「ひっく、最近はめっきり暖かくなって、夜歩きも楽になりましたな――ひっく。ところであなた、ここで何を?」

「あなたこそ」


 とマスターは闇に溶けいるような声で答えた。


「えっ? ありゃ? 私はなんでこんなところに? わははは!」


 愉しくてたまらないという風に、赤ら顔の男はぐらぐらと頭を揺らしながら笑った。今宵の酒はよほど愉快だったと見える。


 はあ、また穴をひとつ、埋め戻さなければならないな。

 元ギルドマスターはシャベルを手に取り、軽くため息をついた。


 ◆

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