クーリエ村
――翌日。
道中は昨日と変わらず、リリィシュが街道の魔物を蹴散らしつつ俺たちは進んだ。カルロスは縛られたまま荷台の端でおとなしくしていた。メイカがポーションを飲ませたため、傷からの出血は止まっている。が、妙な真似をすれば容赦はしないと言い含めてある。
街道沿いにはさほど強力な魔物も出ないし、数も少なめだ。リリィシュ無双のおかげで、俺たち一向は夕方には中継地であるクーリエ村に着くことができた。今日はここで宿を取る。
と、その前にカルロスの身柄を引き渡すために役場に出向く。こんな厄介なお荷物をいつまでも連れて歩くのはごめんだからな。
「犯罪者の引き渡しをしたいんですが」
俺は縄で縛ったカルロスをカウンターに突き出した。
「治安維持課の者を呼んで来ます」
窓口の職員が奥に別の者を呼びにいった。
役場の窓からは沈む陽が最後の光を投げかけていた。どこの庁舎も似たような造りなのかな、と俺はロビーを見渡して思った。
「お待たせしました」
ほどなくして担当の職員が奥から現れる。
「この男です。昨晩集団で襲われました。他の仲間は抗戦中に全員死亡したので、その場に埋葬しました」
「ご協力感謝します。場所はどちらですか? 死体をのちほど確認しておきます。……おや、この男は」
「冒険者ギルド『ワーウルフ』のカルロスです。どうやら冒険者というより野盗の方が本業のようですが」
治安維持課の職員はカウンターを出ると、窓口脇に備え付けれた掲示板の前に移動した。
「『犯罪者ギルド<ワーウルフ>の捕縛』に該当しますね」
掲示板から一枚の用紙を剥がして見せてくれる。
「ねえシロック、これって『依頼板』じゃない?」
「本当だ。どこの村でも同じことを考える人ってのは居るもんなんだなー」
「なんかちょっと悔しいわね。うちの村が最初にやりはじめたものだと思ったのに」
とミツキは爪を噛むが、俺としてはそんなにこだわりがあるわけではない。他の村の業務効率もあがるなら、いいことだと思う。
「奴らは最近この村の付近に現れ、被害を増やしていた厄介な連中でした。どうやら王都から追放された冒険者崩れのようでして、治安維持課としても捕縛に向けて動くと同時に、村役場からのクエストも出していたのですよ。カルロスの捕縛はクエストクリア条件に一部該当しますので、報酬をお渡しできます」
「一部、ということは全部ではないんですね」
「カルロスは幹部メンバーでしたが、ギルドマスターが未だ見つかっていないのです。報酬の大半はギルドマスターにかかった懸賞金ですね」
ギルマスか。
そういえば俺も『ワーウルフ』のマスターの姿は見ずじまいだったな。いったいどんな人物だったんだろうか……。
「役場発行の『依頼』ってことは、役場職員としては辞退したほうがいいのかな」
「おや、他村の職員の方でしたか」
年嵩のいった治安維持課の職員は、柔和な笑みを浮かべた。
「問題ありませんよ。もともと『依頼』とは役場の業務から外れるもの。その達成に対する報酬は役場の給金の埒外で、受け取るべき対価です」
ああ、労働には対価をってことか。
「そういえば『依頼板』を作ったのも、その原則が一因だったもんなー」
俺がそう言うと、治安維持課の職員はハッとしたような顔になった。
「もしやイカーナ村の方ですか……?」
「え、そうですけど」
「あの、もしよかったらアルマートさんという方がどういった方なのか、ご存知ではないでしょうか」
む。なんだ。雲行きが怪しいな。
厄介なことになる前にさっさと報酬を受け取って立ち去るべきか……。
「シロック・アルマートならこの男がそうだぞ。こやつが何かしでかしたのか?」
俺がしらばっくれようとした瞬間に、リリィシュが速攻でばらした。
いらないんだよ、そんな連携は。
「ふん。後ろめたいことがないのであれば、堂々と名乗ればよかろう」
「正論だけにお前に言われるとなんか腹が立つな」
「な、なんでなのだ!」
リリィシュと漫才をしていると治安維持課の人が俺の手をガッと掴んで持ち上げた。
「あなたが……!」
あれ、なんか前にもあったぞこんなこと。この人も俺の指をしゃぶりだすんじゃないだろうな?
ああ、ウィル先輩が盛大なくしゃみをして、アリア先輩に心配されてそうな気がする――などとくだらないことを考えはじめた俺に、その職員は深く頭をさげた。
「あなたの考えた『依頼板』のおかげで役場業務が大きく効率化されたんです!」
「はい?」
「先だっての首長会議で、イカーナ村村長からこの『依頼板』の報告があったあと、早速我が村の窓口でも取り入れたんですよ」
興奮気味に話すその職員によると、それまで大小様々な犯罪案件や揉めごとの処理に追われていた治安維持課の業務だったが、『依頼板』の活用により、業務の切り分けと外注が容易になったとのことだった。
つまり、役場としてあまり介入すべきではない民事の揉めごとに対して『依頼板』を積極活用することで、本来力を割くべき犯罪行為の取り締まりに注力することが可能となったそうだ。
「他の部署は他の部署で、それぞれ活用方法を見出しているようです。この村の問題はこの村の住民同士で解決しようという機運も高まりつつありまして。いやー、この仕組みを考えたのはどんな人だろうと思っていましたが、まさかこんなにお若い方だとは」
どうやらこの村の住人はイカーナ村よりも役場への依存度が高かったらしい。うちは残業代が嵩んでいる程度だったのだが、ここの治安維持課には業務が回らないほどの依頼が日々舞い込んでいたのだという。
しかしこんなに持ちあげられるとは、なんだかむず痒いな。いやむしろ恥ずかしい。頼むからそんなキラキラした目で俺を見ないでおじ様!
「こちらが報酬になります」
俺たちがクエストボードの話で盛りあがっていると、奥から別の職員が皮袋を持って現れた。
「ありがとうございます」
中を改めると千ペルク硬貨が十枚。
「いっ、一万ペルク!? いけません、こんなに……!」
「なに、その反応」
思わず、はじめてチップを弾んでもらった勤労少女みたいになってしまった。ミツキが怪訝な目をしている。
「盗賊退治という危険な仕事に対する正当な報酬です。どうか、お納めください」
「そ、そうですか。では」
断っても仕方ないのでそのまま懐に納めた。役場職員としてどうなんだ? と思わないでもないが、反復継続的に受け取っているわけではないのでこのクエスト報酬は副業規程にも抵触しないだろう。
「これで少しは取り戻したわね!」
ミツキが声を弾ませて俺の腕を掴む。
「何がだ? あ……そうか」
我がことのように喜ぶミツキは、俺と『ワーウルフ』の因縁を知っているのだった。奪われた金は10万ペルク。一割が戻ってきたことになる。
「どういうことだ?」
事情を知らずに首を捻るリリィシュに軽く説明してやる。
「かくかくしかじかでな。実は俺と因縁深い相手だったんだよ」
「……そうか。貴様も苦労したのだな」
あれ、意外な反応。
「お前にはもっと馬鹿にされるかと思ったよ」
「私を何だと思っているのだ。このリリィシュ・クロノワ、友人の不幸を嘲笑うような趣味は持っていないぞ」
「あ、いや、すまん。……そうか。ありがとう」
友人、か。思いがけない言葉だったので不覚にも心が動いた。そうだ、俺にとってもリリィシュは疑う余地なく友人だ。これからはいままで以上に遠慮なくおちょくっていこう、と心に決めた。
「貴様、ろくでもないことを考えている顔をしているな……」
ジト目をしているリリィシュの横で、治安維持課の職員も俺に同情の眼差しを向ける。
「アルマートさんも奴らの被害者だったのですか。よかったら公判に立ち会われますか? 処刑が決まれば関係者席も用意できますが」
被害者でもあり、役場職員でもある俺には、かなり融通を利かせてくれるようだ。
この国では罪人の処刑は基本的に一般公開される。俺は見たことがないのだが、処刑当日は王都にある刑場周辺が人混みでごった返し、さながらお祭り騒ぎの様相を呈するという。
野蛮な慣習であるとされ常に批判の的になってもいるが、見せしめであると同時に民衆の息抜きにもなっているのだ。必要悪であると容認する声が根強い。
正直、そんなものを見たいと思う人間は、実生活で人が死ぬという現実に直面したことがないんじゃないかと思う。命のやり取りをする機会のない、安全なところに居る人間の感覚なんじゃないだろうか。
まあ、昨日今日で顔見知りを殺してきたせいで、こんなことを考えてしまうのかもしれないが。
「先を急ぐので遠慮しときます。いまとなってはそれほど恨んじゃいませんし。まあ騙し取られた金くらいは戻ってきてくれたら嬉しいですけど……」
「そうですか。では他の賊の死体もこちらで確認しておきますので、イカーナ村にお帰りの際には是非当村にもお立ち寄りください」
「お手数おかけします」
こんなことなら埋めずに持ってくりゃよかったか、死体。
……それはそれでかなり嫌だが。
そんなこんなで俺たち一行はクーリエ村役場をあとにし、道具屋で必要なものなどを売り買いしたのち、宿に向かった




