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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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因縁

「部下が皆殺したぁ、損害がでかすぎだが……」


 サナちゃんを人質に取ったまま、野盗の男がジロリと足元に転がったメイカとミツキを見やる。


「お嬢!!」

「ミツキ! メイカ! 大丈夫か!」


 ピクッとミツキの手が反応する。

 とりあえず息はあるみたいで胸を撫で下ろす。おそらく馬車の後ろから音もなく幌を切り裂いて賊が侵入したのだ。

 高練度の隠蔽技能(ハイディング)持ち……。背後からの一撃により、剛腕振るう間もなくミツキは昏倒させられたのだろう。メイカも同様に。


「こんな上玉揃いってのがせめてもの救いだったぜ。せいぜい楽しませてもらってから、猟奇趣味の貴族にでも売り飛ばさせてもらうか」


 ニタァ、と下卑た笑みを浮かべて髭面はサナちゃんの胸元をのぞきこんだ。


「男の方は……生まれてきたことを後悔するくらいの苦痛を味わわせてから切り刻んでやるよ」

「痛っ――!」


 男にいっそうきつく締め上げられ、サナちゃんが悲鳴を漏らす。


「とりあえず武器を捨てなッ」


 男の怒号にリリィシュが両手剣を手放した。


「お前もだ、そこの野郎ッ!」

「これは防具だ」

「貴様っ、そんなこと言っている場合か!」


 リリィシュがうわずった声で叫ぶが、護身刀は武器ではない。いや、この問答の間に打開策を考えなければ――


「てめぇ、あのときのガキか」

「ッ? 『ワーウルフ』の……カルロス……!」


 対峙していた男の顔が、俺を騙した悪徳冒険者ギルドのメンバーに重なった。

 俺を山中に連れ込んだ当時は髭も生えていなかったから気付かなかったが、目や鼻があのときの記憶と一致する。

 よく見ると俺とリリィシュが斃した相手の中にも、俺をイカーナ村付近の山に連れ出した男たちが混じっていた。カッ、と俺の中の怒りが再燃しそうになるが、サナちゃんの身を考えて自分を落ち着かせる。


「曲がりなりにも冒険者ギルドが、なぜ野盗のようなマネをしている!」

「ハッ、これが本業よ! あんなこすい詐欺でギルドメンバーが食っていけるか。それよりてめぇの短刀を寄越せ。その木目の浮き上がる鋼……ダマスクス鋼なら、そんななまくらでもちょっとした財産にならァな。そっから五本歩いて地面に置きな!」


 まさか因縁深い相手に、こんなところで邂逅しようとはな……。

 言われたとおり五本歩き、男から少し離れた地面に護身刀を置く。


「ようしそっから離れろォ」


 一歩、二歩とゆっくり元の位置まであとずさる。

 カルロスはサナちゃんを人質にしたまま前進すると、護身刀に手を伸ばしてかがみ込んだ。

 俺は唇から細く息を吐き出す。乾いた唇からはヒューとかすれた音が漏れた。


「へへへ、これでしばらくは遊んで暮らせるぜ……」


 ヒュッ――


「…………?」


 カルロスの片手剣を持つ腕が、宙を舞った。

 どさり、と離れた場所に落ちた己の腕を見てカルロスは絶叫した。


「うぎゃあぁァァァァァァッ!!」


 片手を失い、うずくまるカルロスの背後でゆらりと立ち上がるシルエット。だらりとさげた手刀から、赤い雫がぽたぽたと落ちる。

 その双眸から放たれた赤い光は闇を裂き、二つの尾を引く。血よりも紅い瞳に月の光が反射しているのだ。

 ミツキが、カルロスの腕を手刀で斬り飛ばしたのであった。


「お嬢!!」


 緩んだ拘束からサナちゃんが飛び出し、リリィシュがすかさず保護した。


「大丈夫ですかお嬢!」

「だ、大丈夫です……けほけほ」


 よかった、サナちゃんは無事だ。

 俺はカルロスの脇を駆け抜けてメイカに走り寄ると、口元に手を当てた。……ちゃんと息をしている。

 ミツキと違って呼びかけたときに反応がなかったので、一番心配だったのがこのメイカだった。


「メイカ、大丈夫か? しっかりしろ」

「……ん」


 俺が軽く頬を叩くと、目を覚ました。


「不覚……」

「いや、無事でよかった。メイカはよくやってくれたよ」


 事実、『アイスショット』の援護がなければリリィシュはやられていたかもしれない。

 メイカは「……そ」とひとこと言ったきり、帽子に手をやり、表情を隠してしまった。


「いまのはちゃんと聞こえたわ」


 月明かりに照らされたミツキが微笑む。その顔は返り血に染まり凄惨――だが、なお冴えわたるように美しかった。


「練習したからな」


 と、俺もにやりと笑みを返す。

 竜には人が聞き取れない音を聴く力がある。カルロスが護身刀に手を伸ばした瞬間、俺はその音でミツキに合図を送った。

 御者台で練習した遊びが、思わぬところで役に立ったというわけだ。俺、この戦いが終わったらリリィシュにドヤ顔してやるんだ……。



「これは返してもらうぞ」


 俺はカルロスの傍らから護身刀を拾い上げ、鞘に戻した。キン――と、鋼が合わさり、心地よい音が鳴る。

 カルロスはうずくまったまま、じっとりと脂汗が浮かんだ顔で俺を見上げた。


「ぐ……お前……結局、冒険者に……」

「なっていない。いまの俺はただの村人だ。お前らが馬鹿にしてくれたおかげでな」


 切断面をもう一方の手で押さえ、ぶるぶると震えながらカルロスは顔を歪めた。


「あのときの言葉、撤回するぜ……。こんなに使えるんなら、正式メンバーに誘えばよかっ……た……」


 そこまでで意識を失い、頭から地面に倒れ込んだ。


「入るわけねーだろ、あんなギルド」


 地に伏した相手に俺は吐き捨てるように呟いた。まあ一度は入ったと言えなくもないが。


「シロック……もしかして、いまでも冒険者に……」


 ミツキが何か言いたそうに俺を見上げていた。


「俺は役場職員として、拾ってくれた村長に恩義を返すために働く。いまはそれ以外の仕事に興味はないな」


 そう答えると、ミツキは安心したように「そっか」と呟いた。


「お嬢を人質に取られるとはこのリリィシュ、一生の不覚!」


 リリィシュはサナちゃんの前にこうべを垂れていた。前にも聞いたなその台詞。なにかというと、すぐ一生の不覚とか言いそうだこいつは。


「旅をすればままあることだし、気にしないでリリィシュさん。でもやっぱり、今回はシロックさんやミツキさんと一緒に来て正解だったね」

「ぐぅ……」


 さすがサナちゃん、フォローを入れつつ的確に傷をえぐる。やることがえげつない。無意識にそんなことをやってのける、そこに天性のセンスを感じる。しかしそれを受け止め、悦楽へと変えるポテンシャルを秘めているのもまたリリィシュという脳筋娘なのだった。いや知らんけど。


「今回は本当に助かった。私ひとりでは最悪の結果になっていたかもしれない」


 リリィシュは俺に向き直って頭をさげた。殊勝なこともあるものだ、と思ったのもつかの間。再び顔をあげたときには、いつものリリィシュに戻っていた。


「……やるではないか。見直したぞ変態」

「さては全然見なおしてねーな」


 やっぱりリリィシュはリリィシュだ。こいつの性格にももう慣れてしまったけれど。

 それから賊の体を検分して、カルロス以外が死んでいるのを確認すると、メイカに魔法で穴を掘ってもらいその中に埋葬した。

 生理的嫌悪感と吐き気を伴う作業だったが、賊の装備の剥ぎ取りなんかは青い顔をしながらもサナちゃんが率先してやりはじめたので、誰も文句を言わず作業に従事した。やっぱあきんどだわこの子。

 カルロスはとりあえず縄で縛るとともに応急処置を施して転がしておいた。朝まで俺が見張っていることにする。


「おやすみ」


 作業が終わると、メイカはさっさと馬車に戻った。魔法を使ったから人一倍精神力を回復させる必要があるんだろうけど、自分のペースを全然崩さないなあいつは。他のみんなも馬車に戻って、外には俺ひとりになった。

 と、思ったらミツキが出てきて、俺の隣に陣取ると襲撃前と同じように毛布に包まって眠りはじめた。俺は微かにミツキの温度を感じながら、夜明けまでの時間を過ごした。

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