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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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夜襲

念のため残酷表現警告入れました。

一部残酷な表現があります。ご注意ください。

「うん、こりゃ美味い」


 俺はサナちゃんが作ったシチューを一口食べて感想を漏らした。


「お口に合ってよかったです」


 日が暮れてきたので俺たちは街道からそれて、森の入り口付近で野営をしていた。『水の精霊』(ウンディーネ)の気配がするとか言って、メイカが近くに小川を見つけてくれたので水の確保も容易にできた。


「お嬢の手料理だ。不味いわけがなかろう」

「ああ、はいはい。お前の作ったのも美味いよ」

「んなぁっ!? そそ、そういう話ではないっ」


 ん、じゃあ何の話だったんだっけ? リリィシュが顔を赤くしてムキになっている。まあ、こいつの料理は肉を串に刺して焼いただけだから、リリィシュというよりは肉の手柄だが。


「あ、明日はあたしが作ってみよっかな……」


 ミツキが拳を握りしめて何かを決意したようだが、明日以降は街道沿いの村で宿を取る予定じゃなかったっけ。俺の記憶違いじゃなければ。


 夕食を終えた俺たちは焚き火を消して、就寝の用意をする。野営なので服はそのままだ。


「貴様は馬車の中に入ってくるなよ」


 リリィシュが幌の入り口に手をかけながらぴしゃりと言った。

 女子は内ーっ、俺は外ーってわけか。聖なる豆でオーガを追い払う、俺の村の風習みたいだな。


「分かった分かった。外で見張ってるよ」


 夜になると昼間は活動しない魔物も動きが活発になる。野営での見張りは必須だ。その点、俺は適任だろう。長年受けたしごきにより、眠っていても敵の気配くらいは察知できる。


「三人も寝たらさすがに狭いし、あたしは外で寝るわ」

「ミツキ……」


 馬車からふたり分の毛布を持ち出し、ミツキは俺の近くに腰をおろした。


 ――夜半。


 護身術士の眠りは浅い。

 不穏な気配に俺は目を開けた。

 隣で口を開けて熟睡しているミツキの肩を揺する。


「何者かが近づいている。たぶん盗賊だ」


 彼女を起こし、見張りの交代を装ってふたりで馬車の中に入る。


「みんな、起きてくれ」


 なるべく声を潜めて呼びかける。


「なんですかぁ……?」

「しっ、伏せて」


 サナちゃんが起きあがろうとするのを慌てて制する。


「むにゃ……は、はれんちな……ふへへっ」


 リリィシュは何の夢を見ているんだ。

 俺は軽く頭をはたいた。


「っ……! 何事かっ」

「やかましい。静かに伏せろ」

「む、敵襲か」


 さすが、武人だけあって意外と察しが良くて助かる。

 あとはメイカか……。


「メイカ、起きてるか?」


 返事がない。が、わずかに空気が動く気配があった。


「メイカ、頷いても暗くて分かりにくい。返事をしてくれ」

「……そ」


 一文字かよ。しかしこれで全員の覚醒が確認できたな。


「よしみんな、これから状況を――」


 ――パシッ!


 馬車の幌を貫通して飛んできた矢を素手で掴んだ。サナちゃんの額までわずか一センチ。前髪がはらりと散った。


「みんな頭を低く、もっと伏せるんだッ」


 次々と幌を突き抜け、矢が飛んでくる。


「ふえぇー!」

「お嬢、頭を守ってください」

「…………」

「これじゃ身動きが取れないわね」


 俺は掴み取った矢を確認した。


(いしゆみ)か……)


 やがてパタリと矢が止んだ。弩は弓に比べて修練が不要で高威力が期待できる。が、代わりに装填に時間がかかり、連射が効かない。


「メイカ、魔法で障壁を展開はできるか」

「……ん」


 夜陰の中、メイカがさっと杖を振ると、ひんやりした空気が辺りに広がる気配がした。


「『ミストウォール』……無詠唱か?」


 俺が驚きの声を漏らすと、メイカはただ一言「……面倒」と呟いた。えーと、つまり詠唱が面倒だから無詠唱で覚えたってことか? 俺がそう尋ねると、なんでもないことのようにメイカは「そ」と答えた。

 なんだ、ただの天才かハハハ。


 再度、弩から矢が放たれる。しかし今回は馬車の幌を貫通することなく、ぽすぽすという音を立てながら矢は落下していった。致命傷を避けられればいい、程度に考えていたがメイカの障壁は思いのほか強力だ。

 リリィシュはと確認すると、すっかりハーフアーマーなどの装備を付け終えているのが気配で分かった。


「矢が止んだら俺とリリィシュで出る。ミツキはサナちゃんを。メイカは馬車から魔法で援護してくれ」

「分かった」

「ん」


 金属鎧のリリィシュはともかく、防御の薄いミツキを暗中の混戦に出すのは危険だ。

 矢が効かないと見て、敵の気配が馬車を取り囲むように散開していく。


「敵の数は感知できる範囲で十人。十メートルほど離れた位置から馬車を囲むように立っている。他にも俺の索敵に引っかからない隠蔽技能(ハイディング)持ちが居る可能性もあるから気をつけろ」

「了解だ。矢が止んだ――出るぞ」

「シロック……気を付けて」

「ああ」


 俺が馬車から飛び出し、リリィシュがあとに続く。都合よく雲に月が隠れ、俺たちを闇に乗じさせた。

 馬車の闇で慣らされた目が、薄っすらと盗賊の位置を教えてくれる。まず俺が近づき、口を塞いでからリリィシュが剣を突き入れる。不意打ちで三人ほど続けざまに斃したところで、さすがに盗賊たちにも気付かれた。


「おい、やられているぞ! 相手はどこだ!?」

「分からん! どうやらメッシナとカブッチがやられ――ぐあッ」


 間の悪いことに雲間が途切れ、蒼い輪のかかった満月に俺とリリィシュは照らし出された。


「相手は二人だ! 押し包んで殺せ!」


 居所が割れ、盗賊たちに包囲される。

 相手は五人。

 俺とリリィシュは背を合わせて賊とにらみ合った。

 先に動いたのは野盗だ。


「おらぁァァッ!!」


 叫び声をあげてリリィシュに斬りかかるが、リリィシュはこれを華麗に捌き、盗賊の顔面を両断した。

 これを皮切りに他の盗賊たちがいっせいに斬りかかってくる。正面からの攻撃はリリィシュに任せることにして、俺は背後からの攻撃を受け止めることにする。

 カトラスを掲げた盗賊の腕が振りおろされるより早く、その手首に左手を添え力のベクトルを変える。俺に斬りかかるはずであった斬撃は、リリィシュの背中に手斧を叩き込もうとしていた別の盗賊の肩口に入った。


「ぐあッ!」


 斬られた側の男の腕を回転させ、リリィシュに向かうはずだった斬撃を水平軌道に変える。手斧の刃が、カトラスを男の肩から引き抜こうと頑張っていた盗賊のこめかみに吸い込まれた。

 これは受け流した先にたまたま敵が居ただけで、攻撃じゃないんだからね! かか、勘違いしないでよね! と誰にでもない言い訳を思いながらリリィシュを振り返る。


「くっ……!」


 三人を相手取り、ひとりを斬り伏せていたリリィシュだったが、体格二倍差はあろうかという両手剣使いの打ちおろしを正面から受け止め、身動きができなくなっていた。

 ミツキより背は高いものの、リリィシュも大柄な方ではない。はるか上方から叩きつけられた鉄の塊に対し、刀身を両手で支えて受け止めている。じりじりと押し込まれ、足元の土が削れていく。少しでも気を抜けば頭から割られる、そんな状況で、別方向からもう一人の男がリリィシュに向けて斬撃を繰り出そうとしていた。


(間に合え……ッ)


 振り返ると同時に俺は地面を蹴ったが、野盗の曲刀(シミター)がリリィシュに到達する方が早い――!


 ――ドスッ!


「は……?」


 凶悪な笑みを浮かべていたシミター男の顔が疑問に彩られる。大きな氷の刃が武器を持つ男の腕を貫いていた。


 ――ドスドスドスドスッ!


 一瞬で顔や背中から氷の刃を生やした男は、シミターを取り落とすとゆっくりと崩れ落ちた。


 馬車を見ると、幌から顔を出したメイカが這いつくばって杖を突き出していた。


「……えんご」


 と薄い唇が形を作る。


(『アイスショット』か……グッジョブ!)


 俺はメイカに頷くと、腰の護身刀を抜き放ち、リリィシュを押し込もうとしている大剣の根元に叩きつけた。


「『鋼殺(はがねごろ)し』!」


 バキィン!


 両手剣が根元から折れ、支えを失った大男が体勢を崩す。

 全力で下から押し上げていたリリィシュは解き放たれた刀身の勢いそのまま、目にも留まらぬ速度で身体を一回転させ周回した刃で大男の首を跳ね飛ばした。


 ドッ――


 と重い音を立てて生首が野営地を転がった。ヒュッと血糊の付いた剣を振るリリィシュ。


「やってくれたなてめぇら……」


 野太い声に振り返ると、サナちゃんの首に片手剣を突きつけた髭面の男が馬車の中から出てくるところだった。

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