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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第二章 護身術士と霧の王
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密航者

 ズバン! という軽快な音を立てて豚頭鬼(オーク)が真っ二つにされる。

 左右に別れた体はそれぞれが別方向に倒れ、俺たちに道を開いた。

 ヒュヒュンッと剣を振り血糊を飛ばしたリリィシュが刀身を鞘に収める。もう何度目か分からない光景だ。

 この女騎士、思いのほか強い。


「たいした稼ぎにもならんから、死体は捨て置くか」

「せめて道の端にでも寄せとけよ。邪魔になる」

「そのくらい分かっている」


 俺が注意すると、リリィシュは街道の端までオークの死体を蹴り飛ばした。

 ひとり娘を王都に使いに出すなんて、サナちゃんのご両親は何を考えているのかと思ったものだが、それだけこの盟約の騎士が信頼を得ているということだったのだ。

 実際、ステータスに偏りのある俺やミツキより総合的な戦闘力は上だと思う。それくらい安定した戦いぶりで、俺もミツキも馬車の上で観戦しているだけだ。


 ちなみに馬車の手綱は形だけ俺が握っている。狭い御者台の上、俺の隣にはミツキが窮屈そうに座っていて、サナちゃんは馬車の幌の中だ。ミツキは「狭い!」とか言ってぐいぐいこっちを押してくる。スペース取りすぎだろ。そんなに狭いなら奥へ行けばいいのに。

 ブランケット家の馬は非常に優秀で、俺が指示しなくても行くべき方向に進んでくれる。俺はお飾りの御者というわけだ。とはいえ、なにかあった際には本気で手綱を握らないといけないかもしれないが。


「ヒュー」

「いまのはちょっと違うわね」

「ヒューッ。こうか? 難しいな」

「あ、いまのは聴こえたわよ」

「そうか? 俺にはかすれた音にしか聴こえなかったが。やっぱり竜ってのはちょっと違うのか」

「貴様ら! 何を遊んでいるのだ。少しは手伝え」


 暇に任せて御者台でミツキと遊んでいたら、リリィシュに怒られた。


「その必要があるとは思えないんだが……」


 さっきから一刀のもとに魔物を斬り伏せているリリィシュに、身を守るしか取り柄のない俺が加わったところで何の意味があろうか。というか何かとリリィシュは俺とミツキに厳しいきらいがあるな。まあ、初対面がトラウマすぎたのかもしれんが。ミツキはリリィシュの言葉など意にも介さず、「喉渇いたからオレンジ食べよかな」などと言いながら御者台からぴょこんと立ち上がると、幌の中に入っていった。馬車には村で収穫されたオレンジが樽詰めになっている。王都に持ち込んで、果物商に卸すための積荷だ。


「ひとつ5ペルクです」

「えっ」


 とサナちゃんの言葉にミツキが伸ばしかけた手を止めた。こいつ、タダだと思ってやがったな。


「一応、売り物ですからね」


 そう言ってサナちゃんはミツキから金を受け取った。ミツキは渋っていたが、5ペルクは相当安いだろう。利益が出ないんじゃないかな。さすがのサナちゃんも俺たち相手に金儲けをする気は無いらしい。


 サナちゃんは馬車の奥の樽に近づくと、オレンジを取り出すためにその蓋を開けた。そして固まった。固まったまま首だけがギ、ギ、ギと、こちらに回る。


「シロックさん、どうしましょう……密航者です」



 なぜ俺に聞く。と思ったが、このパーティーで男手は俺ひとり。戦闘面ではリリィシュも頼りになるが、なんだかんだで俺がしっかりしないといけないのかもしれない。俺は手綱を引いて馬車を停止させた。


「ゆっくり樽から離れるんだ」

「は、はい……」


 樽の蓋を持ったままサナちゃんがゆっくりとこちらに歩いてくる。


「よし、もう大丈夫だ」

「怖かったです」


 サナちゃんは力が抜けたように俺の腰のあたりにすがりついた。「よしよし」と安心させるようにその頭に手を置いた。


「相手はどんなだった?」

「分かりません、大きな帽子をかぶってて顔がよく見えませんでした」


 俺はサナちゃんに頷きを返すと、ゆっくりと問題の樽に近づいていった。上から樽を覗き込む。オレンジの樽は大きく、中で人がゆうに座れるくらいのスペースはある。その中に確かに、黒くてつばの広い帽子をかぶった人物がひとりうずくまっていた。

 ゆっくりと肩が上下している。眠っているのか? 用心しながら俺は帽子の端をそっと持ち上げた。


 帽子の下から現れたのは、青みかがったツインテール。小ぶりな鼻に乗った、少しずれたアンダーリムの眼鏡。薄い唇から「すう、すう」と規則正しい寝息が漏れていた。


「あれ、この人どっかで見たことが……」

「メイカ……?」


 いつの間にか隣で樽を覗き込んでいたミツキが声をあげた。


「あー、確か、薬と酒の店の?」


 歓迎会の夜、ウィル先輩の愚痴を聞いた店のマスターだ。確か昼間はポーションとか売ってる薬屋だっけか。やる気のない字体で「メイカの店」とだけ書かれた看板を思い出した。


「メイカ、あんた何やってんのよ」


 ミツキが薬屋さんを起こして問いただしている。

 どうやらふたりは友人同士らしい。ミツキが村長の家にやっかいになっていた頃、よく酒を買いに行かされて顔なじみになったのだという。


「密航」


 と目を覚ました薬屋さんは口を開いた。密航という自覚はあるのか。というか馬車の旅でも密航って言うんだっけ? どうでもいいか。


「だからその理由を聞いているのよ」

「買い出し」


 ミツキは「はーっ」と息をついた。


「だったらそう言ってくれれば普通に乗せてあげたのに」

「面倒」


 口数少なっ。


「えーと、要はこういうことか? 薬屋さんは王都へ薬の材料の買い出しに行きたかったから、俺たちの馬車に便乗しようと思った。だけど交渉するのが面倒だったので黙って潜り込んだ、と」


 眠そうな目を微かに見開いた薬屋さんの視線が俺を射抜いた。


「そう」


 返事も二文字か。どんだけ面倒臭がりなんだよ。

 ふと、薬屋さんが携えた大きな杖に目がいく。


「薬屋さんって魔法使いだったのか」


 そういや店で酒を出すときに魔法で氷を作り出していた気がする。酔っていたのであんまり覚えていないが。


「確か王都の魔法学校を出てたはずよね」


 ミツキの言葉にこくんと頷く。


「メイカでいい」

「えっ?」

「名前」


 呼び捨てでいいってことか? そういや見た感じ、俺たちと歳もそう変わらないみたいだし。今後はメイカと呼ぶことにした。


「そうか。じゃ、よろしくなメイカ。これからは樽じゃなくて普通にその辺に座っててくれよ」


 メイカはこくんと頷くと、馬車の隅に腰をおろした。


「すごいわね。あたしはあの子と会話できるようになるまで半年はかかったわ」

「そうか? 必要な情報は提示されていた気がするが」

「普通はそこまで読解できないわよ」


 ふと視線に振り返ると、メイカが俺のことをじっと見つめていた。

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