王都研修
木目美しいマホガニー製の扉をノックすると、部屋の主から誰何のいらえが返った。
「シロックです」
「入れ」
俺はミツキを伴ってドアから入る。
「失礼します」
「来たか」
部屋の主である村長は、執務机に座ったまま俺たちを招き入れた。見た目幼女が座っているせいで、机がめちゃくちゃ大きく見える。
「お呼びですか村長」
「うむ。ふたりに少し確認しておこうと思っての。噂によるとぬしらは、商隊が旅立ってからも同居を続けているそうだが、それは本当か?」
「……まあ事実ですね」
嘘をつく必要もないので俺が肯定すると、村長は執務机に肘をつき顎のしたで両手を組み合わせた。村長、机に届いてないその背丈でそのポーズはしんどいと思うのだが……。案の定、肩がぷるぷるしている。
「そうか……」
と村長はしばし俯いてから顔をあげる。
「あまり職員のプライベートに口出しすべきではないと承知しておるものの、さすがに風紀が心配での」
と眉間にしわを寄せる。
「ほら、来庁者の前でイチャコラされてはたまらぬし」
村長の言葉にすぐさま憤慨したのはミツキだ。
「なっ、なに言ってるのよ! まだそんなんじゃないわ!」
まだとはなんだ、まだとは。
何故だか頬を赤くしてるミツキを見た村長は、俺の顔に視線を移して言った。
「はあ。シロック、ぬしウィルに爪の垢でも勧めてやったらどうじゃ。いや、むしろ指から直接舐め取らせてやるくらいでないといかんかのう」
投げやりのように村長は言った。
俺が先日のことを教えて差し上げると「え、自らじゃと? さすがにそれはちょっと引くのー……でもそのくらいせんとあやつには効かんじゃろうか」と自分から言い出したくせにどん引きしていた。
「ウィル先輩の名誉のためにも黙っていてあげてください」
「そうしようかの……」
俺の脳裏に激しくスケッチをしていたマーテルさんの姿が浮かんだ。もう手遅れかもしれん。
「なんにせよ、周囲に誤解を与えぬようにの。こういうことを放置すれば最終的に傷つくのは主らだろうから」
村長はこほんと咳払いをした。なにやらありがたい言葉を頂いたのでとりあえず礼を言っておこう。
「お気遣いありがとうございます」
「うむ」
俺たちがどう傷つくことになるのか、それよく分からなかったが、自分のことほどよく分からんとも言う。目上の意見は素直に聞いておこう。
俺がひとりで頷いていると、出し抜けにミツキがこんなことを言い出した。
「さっきの言葉、村長もやっぱり、そういう経験があるってことなの?」
「阿呆。そんなことを聞くな」
村長は珍しく赤くなって初心な反応を見せた。
あれ、可愛い、と思った心を見透かしたように村長が執務机の上から顔だけ出してにらみつけてきたので、俺はすぐさま居住まいを正して真面目な顔を作った。護身術士は引き際を心得る。
「本題に入るぞ。呼び出した理由は他でもない、ぬしらふたりには王都での研修に行ってもらう。アリアとウィルも受けた新人研修じゃ。業務の方は調整しておくので、来週から王都へ発つように」
村長いわく、王都では毎年この時期に新人研修が開かれており、当初から俺たちを参加させる予定だったそうだ。ていうかさっきまでの会話は本題と関係ない全部雑談だったらしい。
「この時期まで商隊が居座るようじゃったら、研修に向かうついでにぬしらに護衛させようと思うとったんじゃがな」
ああ、だから俺とミツキに商隊を護衛させるのを止めていたのか。それで結果的に、研修より早く商隊問題が解決することになったというわけか。
――その日、『飛べないドラゴン亭』に帰った俺たちは、夕食の注文ついでにサナちゃんに来週からしばらく留守にする旨を伝えた。
この前はいきなりの外泊で驚かせてしまったようだからな。前回の教訓は活かさなければ。
「というわけでサナちゃん、俺たち来週から王都に行くことになったからよろしく」
「えっ、そうなんですか! 実はわたしたちも王都へ行かなくちゃいけないんですよ」
と、お盆を抱えたサナちゃんが声を弾ませた。わたし“たち”というのは、何食わぬ顔でテーブルに着いているリリィシュを指す。
なぜだかこの女騎士は、いつの間か俺たちと一緒に食卓を囲むようになっているのだ。……ひとりで飯が食えないタイプか?
悪いやつではないし、ミツキも特に気にしている様子でもない。皆がいいなら俺も特に言うことはない。賑やかな食事は嫌いではない。
「どういうこと?」
サナちゃんの発言の意味が分からずミツキは聞き返した。
「実は父が――」
とサナちゃんが口を開きかけたとき、「おーい、麦酒おかわりー!」と他の客の声が飛んだ。
「あ、はーい。いま行きまーす」
とサナちゃんはそちらに向かって声をあげる。
「すいません、詳しい話はまたあとで話しましょう」
「ああ、仕事中引き止めてごめんよ」
「いえ、ではまた、のちほど」
サナちゃんはパタパタと駆けていった。
その後――
「なぜ私の部屋に集まっているのだ!」
ベッドの上でぬいぐるみを抱えた部屋の主が叫ぶ。ベッドのうえにはもうひとり、パジャマ姿のサナちゃんが座っている。うーん、眼福だな。
俺とミツキは床に敷かれた敷物のうえに座り込んでいた。
「しょうがないだろ、もう食堂は閉めちゃってるんだから。俺たちの部屋は手狭だし、サナちゃんの部屋におじゃまするのは気が引けるからな」
「釈然としないぞ!」
「うるさいわねえ。あんたの部屋広いんだからいいじゃない。隣室なのに格差を感じるわ」
ミツキの言うとおり、この部屋は広い。
俺たちの部屋は帰って寝るだけといった場所でしかないが、リリィシュの部屋はゆったりとしていて『くつろぐ』ということが可能な空間となっていた。
「それにしても……」
なおも抗議の声をあげる部屋主を無視して部屋を見回す。
カーテンや敷物が全体的に白やピンクで統一されていて、なんて言うか、すごく女の子の部屋って感じだ。その中でもひときわ目を引くのが、大小さまざまなぬいぐるみだった。
大きさはそれぞれ違うが、同じような女の子をかたどった人形やぬいぐるみが、部屋のそこかしこに置かれているのだ。
「なんかこの人形、サナちゃんに似てない?」
ミツキが、タンスのうえで小首を傾げて座っているぬいぐるみを手に取る。
「にゃにゃにゃ、にゃにを言っているのだ!? 全然似ていないぞ!」
「え、だってこの、ふたつのおさげなんて特に……」
「いっ、いじくるなっ! もういいだろう!」
とリリィシュはミツキからぬいぐるみを取り上げ、角度などを調整しながら几帳面そうに元の位置に戻した。
(いやいや……)
ベッドの上に等身大くらいのぬいぐるみが横たわっているのを見て、俺は自然と生暖かい目になっていたと思う。これ以上追求するのはやめておくべきか。
「実は先日仕入れから帰ってきた両親なんですが、父だけまたすぐに王都に戻る予定だったんです。どうやら買い付けた商品で、引き渡しに日数のかかるものがあったみたいで、一旦王都から引き返してきて、母だけ店を開けるために村に残ってから父はとんぼ返りしようとしていたんですが」
仕入れ品の仕分けをしているときに腰をやってしまったらしい。
「薬屋さんのポーションで痛みは緩和しているようですが、まだ立てないみたいです。それで、代わりに商品を引き取りに行って欲しいと頼まれてしまって」
かわいい子にはクエストさせよということか。サナちゃんかわいい。クエ、オッケー! みたいな。
「じゃああたしとシロックと一緒に行きましょうよ。きっと賑やかで楽しいわよ」
「わあ、ほんとですか? 実は同行させてくださいってお願いをしようと思ってたんですよ!」
「私は別にどちらでも構わない。お嬢を守るのは騎士であるクロノワ家の務めだ」
「でもミツキさんとシロックさんってすごく強いから一緒だと安心だよ。リリィシュさんの剣も通じなかったでしょ、シロックさんの護身術」
「あ、あれは油断しただけで……」
ガールズは勝手に盛り上がって、すっかり一緒に行く気でいる。まあ、俺としても異論はないけどね。
勇者王が魔王を討ち倒して以来、なんだかんだで大陸全土の人の往来は活発化している。この辺りは魔界にほど近い辺境とはいえ、イカーナにも城塞都市への中継地点として補給に訪れる冒険者がたまにいる。サナちゃんのお父さんも村から王都への往復を気軽に考えるほど旅慣れている様子だ。
しかし――
大陸が平和になったからと言って、この世から魔物がいなくなったわけではない。魔物もこの世界の一部であり、一匹残らず駆逐するなんてことは現実的ではない。巨人みたいな超大型の魔物こそは出ないものの、壁の外側にはやはり危険がいっぱいなのだ。
そんな情勢でありながらひとり娘に王都まで往復させるという、サナちゃんのご両親は少々無頓着すぎるのではないだろうか。
などと。このときの俺は、そんな風に考えていた。




