王都ミストリア
三日前――
「ここが王都ミストリアか!」
生まれ育った村を飛び出してからここまでの道中、様々な苦労があったがようやくたどり着いた。
ここまで乗せてきてくれた行商人のおじさんに別れを告げ、俺は王都の門を見上げた。
「でっけぇー」
新興国ミストホロウ、その中心である王都ミストリアをぐるりと囲む広大な石壁の東西南北に設けられた大門である。
門を通り抜ける通行人が俺を見てクスクス笑う。ハッとした俺は急に恥ずかしくなり、こそこそと城下町に足を踏み入れた。
「すごい、人がこんなに……」
雑踏の中、辺りを見回すと様々な人が行き交い、商店は呼び込みの声をあげている。
そこでは人族、獣人族、エルフやドワーフなど様々な人種が関係なしに渾然一体となって町の雰囲気を作り上げていた。閉鎖的な人族の村で生まれ育った俺には、何もかもがはじめて見るものばかりで、きょろきょろしては立ち止まり、感嘆の声をあげていたように思う。
あとから考えればもう少し慎重になるべきだったのだが、このときの俺は少々舞いあがっていた。
この町で冒険者になる。
そのことで頭がいっぱいだったのだ。
冒険者――
それは己の腕にものを言わせ、迷宮潜りや魔物討伐などを生業とする荒くれ者。
前人未到の迷宮で財宝を発見し、ドラゴンを倒して素材を手に入れ――高レベルの冒険者なら金も名誉も女も思うがまま。
一攫千金を夢見て、男なら誰もが憧れ、誰もが羨む職業。それが冒険者だ。
子供の頃から読み聞かされた絵本の冒険者は常に輝いていた。そんな冒険者に憧れるようになるのは当然のことだ。男の子だもの。誰だって通る道さ。俺だって通るさ。
唯一、俺がほかの子たちと違ったところは、実際に冒険者になるために王都を目指して村を飛び出してしまったところだったけどな。
「とりあえずどこかのギルドに所属しないとな……」
実のところ冒険者というのは、なるだけならば誰でもすぐなれる。要は役場に行って身分証明証の職業欄を書き換えればいいだけの話なのだ。
ただ、それだけではそこらのゴロツキと変わらない。人頭税が最低税率まで減免される代わりに従軍の義務が課せられただけの、ただの無職だ。むしろ、従軍義務が課されるくらいならと無職を選ぶ人もいる。
しかし迷宮で手に入れた財宝なんかが冒険者の場合は非課税であるのに対して、無職の場合は課税対象となる。妙に羽振りの良くなった無職が税務官にしょっ引かれて厳罰を受ける、なんていうのはこの国ではままある光景である。それに比べて冒険者は、最低の人頭税さえ払っておけば稼ぎは全て自分のものだ。
つまり冒険者で冒険をするのであればハイリスク・ハイリターンだが、そうでなければ危険な迷宮に潜ってもハイリスク・ローリターンになるということだった。その他にも、宿屋や武具屋で割引が効くことがあったりと細かな違いはあるが、要は冒険するなら職業冒険者となっておいたほうが無難、ということだ。しかし基本的には自分で仕事を探して食い扶持を稼がねばならないという、不安定な自由業であり、その点においては無職と同列で社会においては何の力も持たない。
そこで冒険者はギルドを作る。ギルドという徒党を組むことで数の力を得て、社会的地位を獲得するのだ。
大型モンスターの討伐や、遺跡の調査、はたまた迷宮に潜ったりと、冒険者は己の腕ひとつで当たれば一攫千金。優秀な冒険者と同じギルドに入っていれば、そのおこぼれに預かれるかもしれない。
ゆえにどのギルドに所属するのかは冒険者にとって重要であり、現在この国では、活動内容や利害の衝突などから大小さまざまな冒険者ギルドが作られては消され、合併、分離を繰り返している。
群雄割拠――
ときはまさに大冒険者時代。
探せェ! この世のすべての迷宮に潜れェ! ってどこかのギルドマスターが言ってたな。
以上がこの国における冒険者制度の概要だ。ただし他の国に行くと、単一ギルドで冒険者を管理しているところもあったりするようで、それぞれの事情があるようだけれど。
ともあれ、王都に来たばかりでなんのツテもない俺は、手頃な冒険者ギルドを探してあてどなく歩いていた。どこか目についたギルドホールにでも飛び込んで、雑用からでもなんでもいい、とにかく潜り込ませてもらおうと思っていたのだ。
はじめての王都できょろきょろしていた俺は、何をしにきたのか端から見ても丸わかりだったんだろう。それほど王都へやってくる夢見がちな子供が多いのだと知ったのはあとの話である。
「もしかして君、冒険者志望でギルドを探しているんじゃないかい?」
俺はとある男に声をかけられた。
「よかったらウチでメンバーにならない?」
振り返ると、明るい色の長髪に爽やかな笑みを浮かべた好青年が立っていた。服装や立ち振る舞いから、なんとなく冒険者だということが分かる。
もともとどこのギルドでもいいと考えていたこともあり、さっさとどこかに所属して冒険者デビューすることで頭がいっぱいだった俺は、ほいほいとその誘いに乗って男について行った。
◇
「きみ、名前と戦職は?」
カルロスと名乗るその男は、ギルドホールに俺を通すと木で出来た質素な丸テーブルと椅子に俺を案内し座らせた。
「シロック・アルマート、護身術士です」
冒険者にも様々あって、戦職というのはその戦闘スタイルを表す言葉だ。職業は皆、冒険者であっても、その内実は剣士やメイジ、格闘家やアーチャーなど多岐に渡る。それを表すのが戦職であり、どんな戦職でも名乗るのは自由だ。ちなみに戦職を名乗ることに、冒険者である必要はない。
「聞いたことない戦職だね」
「神我流護身術という、身を守ることに特化した近接戦闘技能を使います。防御力だけが取り柄です」
「……ふーん、レア職なんだね。君を盾役にして、いいパーティーが組めそうだ」
カルロスは頬杖をついて俺を見つめている。褒められたような気がして俺はその気になった。
奥からもうひとり男が出てきて、俺と彼の前に木製のコップを置いた。コップの中に酒が注がれる。
「冒険者ギルド『ワーウルフ』にようこそ。君を歓迎するよ」
カルロスはコップを掲げた。
これで入会? ずいぶんとあっさりしたもんだな。
というか昼間っからどうなんだろうこれ。俺はコップの中の液体を見つめた。
「冒険者だもの、酒くらい飲むよ」
俺の考えを読み取ったようにカルロスが答えた。
そういうものなのかな……。そういうもんか。確かに冒険者はしょっちゅう酒盛りをしているイメージがある。
いただきます、と言って俺はコップに口をつけた。
思ったりより強い酒だ。少し飲むとすぐに脇に立った男が継ぎ足してきた。
「ほら飲んで飲んで。歓迎の証だよ」
「あの、他のメンバーの方は? カルロスさんはギルドマスターなんですか?」
「僕はマスターじゃないよ」
カルロスは壁際に立てられた掲示板のようなものを確認した。メンバーの行動予定や伝言、ギルドが抱えている案件などが貼られているようだった。
「あいにく皆、出かけているようだね」
マスターでもないのに独断で俺の入会を決めていいのか。いや、そういうのも含めて運営を任されている立場なのだろうか。
「飲んでいればそのうち皆帰ってくるよ。ほら飲んで飲んで」
――気付けば俺は、相当の酒量を腹に収めていた。どんどん継ぎ足されるので、自分がどれくらい飲んでいるのか分からなくなるのだ。
「そういえば君、お金はどのくらい持ってるの?」
なんでもない風にカルロスは話題を振った。
「えーと、10万ペルクくらいですかね」
「えっ! すごいじゃないか! それだけあれば一年間は遊んで暮らせるよ」
本当に驚いたといった感じでカルロスは目を見開いた。
「あはは、一年間は厳しいんじゃないですかね。故郷での貯金と、王都までの道すがら、いろんな依頼をこなして貯めてきたんです」
俺はちょっと誇らしい気持ちでそう答える。
「そうか、それなら……。いや、ギルドの資金もなにかと厳しくてね。皆に拠出してもらって運営している状況なんだよ。メンバーになった以上、当然君にも拠出してもらうことになるんだけど、そうか、それだけあればギルドの運営もずいぶんと楽になるぞ」
カルロスの言葉は俺を急に不安にさせた。
「あの、この金は冒険者になったときに装備やポーションなんかを買い揃えるための資金として貯めてきたものなんですが……。このギルドの運営ってそんなに厳しいんですか?」
そんな俺の言葉にも、カルロスは顔色を変えることなく手を振った。
「なに、どこのギルドも似たようなもんさ。安心して。必要なときには預かっているお金はいつでも引き出せる。あくまでギルドの運転資金として回させてもらうだけだから」
「それなら……ひとまず預けてさせてもらうことにします」
いい加減大金を持ち歩くことにも神経が疲れてきたところだったのだ。必要な分はあとで引き出させてもらえばいいや。と、安易な考えで俺はあり金ほぼ全額をギルド資金として拠出した。
そのとき、ギルドホールのドアが開いてどやどやと数人の男たちがあがり込んできた。
「やー疲れた疲れた」
「今回は散々だったな」
むくつけき男たちが軽口を叩きながら、俺とカルロスのテーブルに近づいてくる。
「あれ? 誰この子」
バンダナを巻いた男が頭の後ろに腕を回しながら俺のそばにやってきた。
「皆に紹介しよう。シロック君だ。今日からこの『ワーウルフ』の一員となった」
「シロックです。よ、よろしくお願いします」
酩酊状態で立ち上がった俺はふらつきながら自己紹介をした。
「へーえ、そゆこと……」
バンダナ男とカルロスは意味ありげに視線を交し合った。
「それじゃ、恒例の新歓クエストだな」
「…………?」
男たちが笑っていた。
俺もつられてニコニコしながら、首を傾げていたように記憶している。