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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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エピローグ

 今日が安息日でよかった。

 俺とミツキが『飛べないドラゴン亭』に帰り着いたころには、もう日も高く登ってしまっていた。

 宿のドアをくぐると、食堂の掃除をしていたサナちゃんが驚いた顔で俺たちを出迎える。


「お、おかえりなさい、シロックさん、ミツキさん」

「ただいまサナちゃん」

「ただいまーって、あれ? どうしたの?」


 挙動不審なサナに、ミツキは首を傾げる。


「い、いえ。そうですよね……。お二人とも大人ですもんね。わたしったら、あ、朝帰りくらいで動揺してしまって……」


 ゴミのない床に箒を往復させている。


「ああ、無断外泊はまずかったか。今度から外泊するときは、サナちゃんに一言断った方がいいのかな」


 まあ、いまのところ、そんな予定はないけれど。この先、出張で何日か空けることが出てくることがないとも言えないしな。


「い、いえ! 結構です! 宿賃は前金でいただいてますし、そんな宣言いりませんから!」


 サナちゃんが顔を真っ赤にして声を張り上げた。ミツキはため息をつき、俺は首を捻る。

 それから遅めの朝食を摂ったあと、俺たちは村長の家に報告にむかった。


「というわけで、商隊を襲ったと思われるコボルトの群れはミツキが焼き払いました」

「ふーむ。コボルトがそれで全部だったのかは分からんかの」

「……分かりませんね。ただ、ボス格が含まれていたのは間違いありませんが」


 よく肥えた大型のコボルトを思い出す。


「そうか。ま、統率の取れなくなった群れの脅威度は一段下がるとみてよかろう。僥倖じゃったな」

「このこと、商隊にも知らせようと思ったんですが……」


 『飛べないドラゴン亭』に彼らの姿はなかった。


「その必要はない」

「と言いますと?」

「うむ。実は昨日、ぬしらが出かけたあと、城塞都市から王都へむかう冒険者がこの村に立ち寄ってな」


 商隊の護衛クエストを受けてくれたのだそうだ。


「ぬしらのおかげで、楽な依頼になったことじゃろうの」

 

 なんだそりゃ……。

 村長は呵呵と笑った。なんとなく複雑な気分だ。


 ◇


 村長宅を辞し、『飛べないドラゴン亭』の部屋に帰ってきた俺とミツキは、それぞれ楽な姿勢でくつろいでいた。


 俺は自分のベッドに腰掛け、ミツキはデスクの椅子に後ろ向きに座る。俺とミツキが部屋で話すときは、だいたいそんな位置取りが習慣化していた。


「そういや療養中だった冒険者たちも今回の山越えに同行していったんだな」

「療養中と言っても、もうばんばん依頼をこなすほどには元気になってたしね。一度魔物に負けてるだけに慎重になってたみたいだけど」


 城塞都市から王都へむかう冒険者は高レベルだったらしい。これ幸いとばかりについていったんだろう。王都周辺で鍛え直すつもりなのかもしれないな。


 王都に比べると、魔界に近づくほど魔物は手強くなる。特に城塞都市周辺の魔物の強さは、この国で最高峰を誇るだろう。彼らには少々早すぎた任務だったのかもしれない。


「なんにせよ、商隊が山を越えられたいま、俺たちが一緒に暮らしている理由はなくなったな」


 俺がそう言うと、ミツキはあからさまに嫌そうな顔をした。


「シロックあなた、いまさらそういうこというの? 家賃だって倍かかるのに」

「うっ、それは確かに痛いが。いや、しかしだなー……」


 この状況に対する正当性がなくなってしまったんだ。俺はしどろもどろになる。

 ミツキは軽くため息をついた。


「そりゃあなたの言いたいことも分かるけど……」

「分かるけど?」


 首を傾げる俺に、ミツキは業を煮やしたような顔でベッドの方に移動してきた。

 俺の横に腰掛け、息を吸い込んでから俺を見上げてくる。


「シロックはこの生活のこと、どう思ってるのか知らないけどね、あたしは今の生活が結構気に入ってるのよ」

「お、おう」


 そりゃまあ、俺も今の生活が嫌かと言えば決してそんなことはない。


「朝起きて、あなたにおはようって言って、一緒に朝ごはんを食べて、一緒に仕事に行って、同じところに帰って、おやすみって言うの。自分でもよく分からないし、うまく言えないんだけど、こんな毎日が続いてほしいって思ってるあたしがいるの」


「ミツキ……」


 俺は自分の頬が緩んでいることに気付く。

 顔が熱い。真っ赤になって俯くミツキに、俺の胸は早鐘を打っていた。


「おまえ……よく恥ずかしげもなくそんなことを……」


 あえて茶化すようなことを口走ってしまい、しまったと心の中で呟く。

 顔を伏せたミツキの唇が小さく動くのが見えた。


「……るじゃない」


 唇からこぼれる小さな声で、自分の愚かさに気付かされた。


「……恥ずかしいに決まってるじゃない、なに言わせてんのよ! この馬鹿馬鹿!」


 叫び、ミツキが掴みかかってくる。

 ほとんど押し倒されるような格好で俺とミツキはベッドの上で横倒しになった。


「あなたはどう思っているのよ!」

「わ、悪かった。ごめん。その……俺もこの生活は――」


 ミツキと出会ってからの、いろいろな場面が一瞬にして頭によぎる。


 半ば強引にこの共同生活がはじまった日のこと――


 朝稽古のあと、動きの反省を言い合いながら食べた朝食のこと――


 残業で遅くなった日、夕食を待っていてくれたミツキの怒り顔――


 自然と、俺の口から言葉がこぼれ落ちた。


「楽し――かった」


 そうだ……。

 俺は楽しかったんだ。

 やっと、自分の素の気持ちに気付いた。


「好きだよ俺も……今の生活が」


 それは、独白にも似た告白となった。


「だったら!」


 がばっと勢いよく立ち上がると、ミツキは胸を張って気恥ずかしさを紛らわすように宣言するのだった。


「もうしばらく部屋はこのままでも構わないわよね! 家賃もお得だし!」


「そ、そうだな、家賃、お得だからな……」


 家賃、お得だから。そう自分に言い聞かせるように俺はミツキの言葉に頷いていた。

 そんなわけで、俺たちの共同生活は、いつまでとは分からないがーーもう少し続くことになったのだった。

まだ続きます。

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