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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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ダイト邸と真顔なメイド

「……面目ないわね」


 背中におぶったミツキが情けなさそうな声を出す。


「やっぱり、人を乗せて飛ぶというのは普通より疲れるものなのね」

「そりゃそうだろう。ほれ」


 俺はその口に小指の爪ほどの大きさのかけらを放り込んでやる。無理しやがって。

 カリ、コリと音をたててミツキはそれを噛み砕いた。そこらに生えていたマナリーフから採取した魔力結晶だ。


 竜化の直前に感じた魔力の高まり。あれほどの魔力を行使したのだから、倒れてしまうのも無理はない。

 生物が体に蓄えている魔力は時間とともに回復するものだが、あまり急激に魔力を消費した場合、体に変調をきたすのは当然の摂理だ。

 俺は倒木の幹から伸びる青白いアマツユ草を手折ると、ミツキに手渡した。


「これも舐めとけ。元気がでるぞ」


 ハイポーションの原料となる植物であるが、加工しなくてもそれなりの体力回復効果が期待できる。名前のとおり甘みがあるので、消耗した精神力の回復にももってこいだ。


 人は魔法を使うとき、魔力と、それを制御するための精神力との両方を消耗する。竜化を魔法と言っていいのかは分からないが、おそらく原理は同じだろう。

 魔力は術者の体内に蓄えられたものに限らず、魔力結晶など自然界に存在するものを使用することもできる。しかし精神力はそういうわけにはいかない。


 魔力を制御するたびに、すり減っていく精神力。その回復には睡眠か甘いものが効果的といわれている。ゆえに、魔術師系の職業は甘いものを持ち歩いている人が多い。携帯性に優れ、保存も効くこんぺいとうなんかが人気みたいだな。


 ミツキの様子を見ていると、魔力や精神力だけでなく体力も消耗しているようで、竜化は相当に燃費の悪い特技と思われる。

 ミツキ自身もそれは承知しているようで、回復のためにおとなしく俺の渡したアマツユ草の茎をちゅぱちゅぱと吸っていた。

 耳元でしゃぶる音と、背中に押し付けられる二つの物体でどうにかなりそうだな。


 ミツキをおぶって歩いたせいで思ったより時間がかかったが、なんとか日暮れ前に屋敷に到着することができた。いや、逆か。ミツキがいなければたどり着くことすらできなかっただろう。

 俺はいつの間にか眠ってしまったらしいミツキを背負ったまま、堅木で造られた大きな門を叩いた。


「すいませーん!」


 ほどなくして、軋むような音をたてながら門が開く。門のむこうから姿をあらわしたのは、東方文化の着物に身を包み、首から上が竜の姿をした人物だった。


「突然の訪問お許しください。イカーナ村役場の者です。ダイト・グレンテイルさんはこちらにいらっしゃいますか?」

「ああ、昼間の。ダイトは儂だが、どうかしたのか?」


 薄々予想はしていたが、竜頭の御仁はダイト翁本人だった。確かに片目に大きな刀傷があるところが昼間のダイト翁と共通している。

 ミツキとは逆に、本来が竜の姿で、役場にきたときは魔力によって人の姿をとっていたのかもしれない。

 俺はダイト翁に事情を説明し、貢献証明を手渡した。


「それはわざわざすまなかった。……ところで、うしろの娘は大丈夫なのか?」


 まだ俺に背負われたままのミツキを気遣うように覗き込む。


「山道で少し疲れたようです。こんな状態で申し訳ありません」

「ふむ、道中大変だったようだな。日も暮れてしまったし、今日はここに泊まっていくといい。ろくなもてなしはできないが」


 こんな状態のミツキを野宿させるわけにもいかないし、ここはダイト翁の提案に素直に甘えさせていただくことにする。俺がそう告げると、ダイト翁は屋敷の奥にむかって声を張り上げた。


「ナターシャ、ナターシャはおるか!」

「はっ、ここに」


 いつからそこに居たのか、ダイト氏の傍らにメイド服姿の女性が立て膝で控えていた。


 膝上まであるクラシカルなロングスカートのうえに、シミ一つないエプロンドレス。頭にはヘッドドレスという由緒正しきメイドさん然としたいでたちが、立て膝をしている。妙な雰囲気だ。


「ぬおっ?! お前、いつからそこにおったんじゃ……?」


 ……ダイト翁も気付いてなかったのかよ。

 驚きながらも慣れた様子で、ダイト翁はナターシャと呼ばれたメイドに指示を出す。


「この方たちを部屋にお通ししろ」

「はっ」


 目つきの鋭いメイドがくるりとこちらへ向き直った。


「ようこそ旅のお方。ご宿泊はおひとり200ペルクになります。それともご休憩ですか?」

「違う違う! その方たちは儂の客人だ」

「さようでございますか。ではこちらへ」


 ナターシャさんは硬質な表情を崩さずに廊下の奥に進んでいった。

 彼女のせいか? 俺の中のダイト翁の第一印象が、音を立てて崩壊していく気がする。


「こちらでお待ちください」


 俺とミツキが通されたのは、三方をふすまに囲まれた応接間のような部屋だった。床には畳が敷かれており、唯一の壁面に設えた床の間には、掛け軸と生け花が配されている。外観からしてそうだったのだが、ダイト邸は東方の建築様式で建てられた屋敷であった。


「なんだか落ち着くわね」


 目を覚ましたミツキが部屋を見回して感想を漏らす。顔色も少し良くなってきたようだ。


「そうだな」


 実をいうと神我の里も東方の文化圏であり、故郷の建物とよく似た建築様式のこの屋敷には俺も親近感が湧いていた。


「実家に帰ってきたみたいだ」

「あたしはまさにそんな感じなんだけど」

「ああ。そう、だったな」


 ここはまさしく、ミツキの父の生家なのだ。


「待たせてすまない。いまナターシャに食事の用意をさせている」


 ふすまが開かれ、ダイト翁が入ってくるとミツキは少し緊張気味に背筋を伸ばした。どう接すればいいのか考えあぐねているようだ。


 ダイト翁は俺たちと当たり障りのない世間話のようなものを交わしていたが、ナターシャさんによって食事が運ばれてくると入れ違いに自室へ引き取っていった。

 結局、喋っていたのはほとんど俺とダイト翁で、とうとうミツキとはろくな会話も交わさないままだったな。

 ダイト翁は気が付いていないのだろうか。目の前にいた女の子が、自分の孫娘だということに。

 いや、その問いに対する答えは、俺の中でほとんど出ているのだが。


「美味しいわねこれ」

「ああ」


 ナターシャさんの用意したらしい料理に、俺とミツキは舌鼓を打った。

 並べられた料理は山菜が中心であったが、新鮮な魚の焼き物も付いていたりしてなかなかの充実ぶりだ。


「『飛べないドラゴン亭』の料理に負けず劣らずだな」


 急な訪問にもかかわらず、きちんとした宿泊施設のような食事に首をひねっていると、「山を越える旅人相手に、ときおり宿屋のようなことをしているのです」と給仕をしにきたナターシャさんが無表情に教えてくれた。

 だから最初に宿泊料を取ろうとしたのか? いつ見ても真顔なメイドの発言は、冗談なのか本気なのか真意を測りかねるところがあった。


 食事を終えて手持ち無沙汰に考えていたところへ、ふすま越しにナターシャさんの声が届く。


「湯浴みの用意ができています」

「あ……はい」


 至れり尽くせりすぎて逆に申し訳ない。


「書類を届けに来ただけなのにな」

「まあいいじゃない。せっかくだから、自分の家だと思ってのんびり楽しみましょうよ」

「そりゃ、お前にとっては実際に自分の家みたいなもんだろうけど」


 ナターシャさんのあとについて廊下を歩きながら、ミツキとそんなやり取りを繰り広げる。


「ならあなたは、友達の家に泊まりに来たみたいな気持ちでいればいいんじゃない?」

「それはそれで、ダイト翁にどう接すればいいか分からなくなりそうだな……」


 ほら、孫娘が男を連れて遊びに来るとか、気が気じゃないだろうし。

 冗談混じりにそう言って振り返ると、ミツキが何かに気づいたように目を丸くしていた。顔が赤く染まっていくけど大丈夫か? 

 やはりまだ調子が戻ってないんだろうか。風呂で温まって回復できたらいいんだが。


 そのまま黙ってしまったミツキと無言で廊下を進んでいく。途中で厨房のような部屋の前を通り過ぎる際、さげられた四つの膳がちらと見えた。どうやらダイト氏もナターシャさんも、俺たちと同じものを食べていたようだ。


「この屋敷には他には?」


 先頭を歩くナターシャさんに尋ねる。


「普段は旦那様と私しか居ません。それといまはあなた方お二人がいらっしゃるだけです」


 その言葉で、俺の中でなんとなく抱いていた違和感がひとつの疑惑へと変わった。


「……着きました」


 ナターシャさんの示すほうへ顔を向けると、隣り合った二つの部屋の入り口に、大きな暖簾がかけられている。紺と朱の二つの暖簾には、共通語でそれぞれ男、女と書かれていた。


「帰りは分かりますか?」


 というナターシャさんの言葉に頷きを返す。相変わらず真顔だ。

 ほとんど一本道だったし、たぶん大丈夫だろう。そう思ってミツキを振り返ると、ぷるぷると小刻みに首を振って否定された。


「じゃあ、ここで待っててやるから一緒に戻るか」


 俺がそう提案すると、ミツキはこくこくと首を振った。

 それから俺たちは別れ、それぞれの暖簾をくぐった。

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