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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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ミツキの秘密

「ふむ、これは……?」


 昼休み中の役場のロビーを歩いていた男は、見慣れない掲示板の前で足を止めた。

 はて、ここに来たのは久しぶりだが、以前こんなものはあっただろうか。


「それ、面白いと思いませぬか。新しく入ったやつの考えでしての」


 愉快そうな声に振り返ると、旧知の顔がそこにあった。


「ほう、確かに面白いな」


 仕組みを聞いた男は、素直な感想を漏らした。これを作った者は一体どんな人間なのか。興味が湧く。


「会ってみられますかな」


「いや……いまはいい」


 そう答えて男は立ち去る。

 クエストボードに一つの依頼を残して。


 ◇


 クエストボードには今や雑多な依頼が貼られ、常時半分以上が依頼書で埋まるようになっていた。


 その内容は『013害獣退治の依頼について』や、『009運搬:城塞都市まで』といったオーソドックスな仕事の依頼から、『026嫁と姑の仲が悪いのですが』、『038孫娘と仲良くなりたい』、『029妹の様子がおかしい』などと人生相談じみたものまで様々だったが、たいていは村人同士でうまく解決できているらしかった。


 実のところ、導入直後は村人も戸惑っており、なかなか依頼を引き受けようとする人が現れなかった。

 そのままでは制度が形骸化するおそれがあったが、こうした事態は俺の予想の範疇であった。


 実はそうなることを見越して俺は、暇を持て余している商隊や護衛の冒険者の中で動けるようになった者に、なるべく初期の依頼を受注してもらえるように頼んでおいたのだ。


 クエストボードに貼られた依頼を、次々と彼らが処理していくにつれ、村人の中からも依頼を受注する者が現れてきた。そうして次第に、ボードの存在は村人に受け入れられていった。


 ただ、俺が最初に貼った商隊の護衛クエストについては、いまだ一度も剥がされた形跡はなかった。



「貢献証明が欲しいのだが」


 ある週末の昼下がり。窓口にやってきた厳しい顔の老人が、俺の前に立ってそう言った。

 片目に大きな刀傷を持ったその人物は、一枚の申請書を差し出す。


「納税の証明ですね」


 書類を受け取り、チェックする。不備はない。

 身分証を出してもらい、魔力紋を確認する。……本人だな。


 魔力紋というのは個人の持つ魔力の波長を可視化したものだ。身分証明書に刻まれるそれは、一人ひとり全く異なる。

 魔力を通すと波長が浮き出るスクロールが窓口に置いてあるので、そこに手を置いてもらい、本人であることの証明をとる。


「前年度分が最新になりますが、その分で構いませんか。それと用途をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「いや、過去の記録から最新分までを頼む。明日の朝から王都へ向かって発つのだが、向こうで必要でな」


「わかりました」


 この国では、民の徴税は基本的に居住地である村か町の役場が行っている。その後、各役場から王都へ一括して納税されるのだが、その際は簡単な目録を付けるだけで詳細な情報は役場でしか把握していない。


 ゆえに自らの納税額を示す場合、居住地の役場で納税証明書を発行する必要があった。

 ……しかし貢献証明なんて王都でなにに使うんだろうな。


「こちらが証明書になります」


 台帳から書き写した情報に、役場の印を添えたものを手渡す。

 渡す前にこちらでも確認しているのだが、証明書に記載された内容に俺は舌を巻いていた。


 実は貢献証明書には、納税の情報だけでなく、戦役などでの武功も記される。まさしく国への貢献の証なのだ。

 しかし、ほとんどの人が納税額以外に記載するべきことがないため、一般的には納税証明と呼ぶに差し支えない。


 だがしかし――。

 このご老体の証明書は、まさに貢献証明書であった。


 納税額こそ目立ったものではないものの、それ以外の功績が凄まじい。

 主に武功、それも、この国に暮らす者なら誰でも知るような大きな戦役における、勲章クラスの手柄が一度や二度ではなかった。


 一体この人物は何者なのだろう。

 そう思って改めて氏名を確認した俺は、そこに思わぬものを見た。


「おや、これはこれは。炎尾殿ではないですか」


「いまはその名で呼ぶのはやめて欲しいと言っておるだろう、エルフの」


 コツコツと杖をつきながら村長がやってくる。


「ハーフ、ですじゃ」


 そう答える村長と老人の間には、知己のような空気が流れていた。


「村長はこの方をご存知なのですか」


「うむ、ここの住人でこの御仁を知らぬ者などおらぬさ」


 そういわれても、ここにひとり居るのだが。

 こういうとき、やはり自分はまだここでは余所者なのだと改めて思い知らされるな。


「はっは。最近はそうでもないさ。中央の連中も若い人間に入れ替わってきて、だんだん顔がきかなくなっておるからな」


「嘆かわしいことですじゃ」


「いや、時代はめまぐるしく動いておる。すでに隠居したこの身、忘れられるに越したことはない」


「寂しいことをいわんでくだされ。この村ではまだまだ現役なのですじゃ」


「なに、ぬしが居れば村は安泰よ。では達者でな」


「炎尾殿も」


 村長とあいさつを交わし、老人は役場をあとにした。


「なんだかすごい人ですね」


「そうじゃのう。なんせこの村ができる以前から、谷に住んでいた一族の末裔じゃからの」


「えっ、それって……」


 イカーナ村――人と竜が、共に生きる地……。


「どうかしたの?」


 と、そこへ別の部署へ出向いていたミツキが戻ってきた。


「あら、これ……?」


 カウンターの上に置かれた紙に怪訝な顔をする。


「あっ、さっきの人、忘れていったんだ」


 そこに残された貢献証明を見て思わず声を上げてしまう。


「明日必要って言ってましたが……」


 いまから走れば間に合うかもしれない。足にはそこそこ自信がある。


「なら届けたほうがよかろうな。じゃが慌てたところで、おそらく炎尾殿はもう山頂の自宅に帰ってしまわれとるじゃろうて」


「ええっ」


 おいおい、さっき役場を出たところのはずだぞ。しかしあの老人と旧知であろう村長がそう言うなら、実際そうなのかもしれない。


「出張命令じゃ、シロック。炎尾殿に書類を届けてくれ。おぬし場所はわかるのかの?」


「ええ、たぶん」


 ミツキに案内されて村にやってきた日、ちらりと山中に屋敷があるのを見た。おそらくあれがそうだ。


「うむ。この辺りで山に居を構えているのは炎尾殿しかおらぬな。しかし届けにゆくなら山をよく知る者を連れていくのが良かろう。ミツキよ」


 証明書をじっと見つめて、複雑な顔をしていたミツキが慌てて顔をあげる。


「えっ、あっ、はい」


「頼めるかの?」


「わかり……ました」


 いつになくミツキの歯切れが悪かったが、このときの俺には、それに構っている余裕はなかった。


 ◇


「まずいな」


 山に入って小一時間ほど歩いたところだった。俺は歩を止めてミツキに知らせた。


「前方に魔物の群れだ」


「数は?」


「七、八匹ってところかな」


 どうやら索敵はあまり得意ではないらしいミツキにおおまかな位置を教え、静かに群れに近づく。俺達は風下の茂みに身を隠して魔物の様子をうかがった。


 相手は狗頭鬼(コボルト)だ。


 犬のような頭に、成体でも人間の子供ほどの体躯。だが力は強く、群れで行動する。

 道具を使うが知能は低く、大抵は人間から奪った装備や、太い木の枝そのままの棍棒などで武装していることが多い。


 駆け出しの冒険者などが実践経験を積むのに適当な相手とされており、正直、大猪(ボアファング)ほどの脅威ではないのだが、速度を尊ぶいまの状況では、ちまちま相手はしていられない。


「迂回していくか」


「ここを通らないとかなり遠回りになるわよ」


 それは困る。今日中に目的地にたどり着かなくてはいけないのだ。


「面倒なことになったな」


「突撃して一気に突っ切っちゃおうか」


「いや、待て。気になることがある」


 俺はミツキを制した。


「この山で商隊が襲われる事案があっただろう」


「あー、そのせいで商隊が動けなくて、宿が空かないのよね」


「そうだ」


「おかげで『飛べないドラゴン亭』は例年より儲かっているらしいわね」


「ああ……やつらがその犯人かもしれない」


 亜人タイプの魔物なら、商隊を襲い積み荷を奪った犯人として十分な可能性がある。


「なるほど、当たってそうねそれ」


 ミツキが示すほうを見ると、プレートアーマーとロングソードを身につけた、大柄なコボルトがふんぞり返っていた。

 装備品には年季が入っており、商隊が奪われた下取り品というのが頭をよぎる。


「うわ、どう見てもボス格……」


 ボスコボルト以外にも、ちらほらと中古の武具を装備したコボルトが見える。


「で、どうするのよ?」


「自警団で山狩りしても所在が掴めなかった連中だ。ここできっちり仕留めておきたい」


 西の空を確認すると、日はすでにだいぶ傾いている。夜になると山では身動きが取れなくなる。届け物のことも考えると、時間的猶予はそう残ってなさそうだった。


「突撃して一気に蹴散らしちゃおうか」


「却下だ。とういうか、なんでそんな突撃好きなのお前は」


 猪か、とは口に出さない。


「だいたいそれで勝てるからよ」


「……なるほど」


 すごく納得だ。

 ミツキにとっては、ここらの敵には作戦なぞ不要なものらしい。


「しかしいまは、あまりいい作戦とは言えんな」


 やつらはなかなか統率のとれた群れのようで、陣形を崩す気配はない。ここで下手に攻めるとボスをはじめ大部分に逃げられてしまいそうだ。

 もしそうなれば、今後はさらに警戒され、尻尾を掴むのは一層難しくなるに違いない。


「また雲隠れされる前に、きっちり叩いておきたいもんだな」


「これが、一網打尽にする最初で最後のチャンスかもしれないってわけね」


 ミツキは神妙に頷いたあと、なにかを思いついたような顔をした。


「シロックの護身術で、逃げるふりして一直線上におびき寄せることはできる?」


「やってやれんことはないけど。そのあとはどうするんだ?」


「あたしがなんとかするわ。合図したら直線上から離れて」


「ふむ」


 ミツキになにか考えがあるようだ。軽く打ち合わせてから、身を潜めていた草むらを出る。


「よし、いってくる。殲滅は任せたぞ」


「気をつけてね」


 ガサガサとわざと不用意に音をたてながら近づくと、当然のように狗どもの注意はこちらに向いた。


「グルルルル……」


「ひっ!」


 俺は偶然山で魔物に出くわした村人を演じ、尻餅をついた。

 まあ実際、俺はただの村人だしな。


「モ、モンスターだあっ……!」


 悲鳴をあげながら、すでにミツキが移動しているはずの後方へ向け、退却を開始する。


「グルォ!」


「ガウ!」


 よしよし、しっかり全員で追ってきているな。

 迫りくる棍棒やら斬撃の嵐を見切り、ギリギリで躱しながら逃げる。

 時折つまずいたり、よろめいたりしながら群れが一直線に並ぶように調整して走った。


 やがてコボルトの群れが綺麗に一直線上に並び、その瞬間、パァン! という大きな音があたりに響く。


(合図か……!)


 ミツキが手を打ち鳴らしたのだ。


 俺は思い切り跳躍してコボルトの列の延長線から飛び退く。


「グルル……?」


 入れ替わりに大樹の影から、ミツキが飛び出した。


(おお……)


 真一文字に結ばれたその口元から、ただならぬ魔力の高まりを感じる。

 狗頭鬼たちの注意がいっせいにそちらにむけられた次の瞬間、ミツキは大きく口を開き、そこから逆巻く炎の渦を迸らせた。


「うわっちぃ!」


 離れていても、その熱が俺の頬を焦がす。


 解き放たれた炎の奔流は、コボルトたちを容赦なく飲み込み木々を焼きつくす。


 それはわずかな――ほんのわずかな時間の出来事であったが、業火の嵐が過ぎ去ったあと、その通り道に存在していたものはことごとく消し炭に変えられていた。


「本当に全滅させやがった……」


 わずかに煤のついた口元を拭っているミツキをじっと見る。


 魔法……?


 いやしかし、詠唱も杖などの触媒もなしに口から高威力の炎を吐くなんて、常識では考えられない。

 というか人間業ですらない。まあ魔法の使えない俺の知識なぞあやしいものだが……。


 どちらかといえば、あれは能力(アビリティ)じゃないか?


 才能のあるなしを除けば、ある程度誰にでも習得可能な技能(スキル)と違って、能力(アビリティ)は特殊な条件や個人の持つ資質に左右される。

 

 だがあれは……あれではまるで――


「ブレス……」


 無意識に漏らした俺の呟きに、ミツキが答えた。


「さすがね。そのとおりよ」


 ブレス。

 息。吐息。モンスターの能力(アビリティ)

 それもドラゴンなどの強大な種族のみに許された特技。


 ミツキは両耳の上の髪飾りにそっとふれる。

 ――いや。それは動物の角でできた髪飾りなどではなかった。


 出会ったときから片時も外すところを見たことのないそれは、彼女が竜の血を引く者であることの証。

 まごうことなき、ドラゴンの角。


「それじゃあ、この貢献証明書のダイト・グレンテイルってのはやっぱり……」


「あたしの祖父よ」


 といっても会ったことはないのだけど……とミツキは続けた。


「ダイト・グレンテイルの息子があたしのお父さんで、お母さんは人間。あたしはドラゴンハーフなの」

本人確認の説明を追加しました。

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