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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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依頼板

「役場がみんなのために働くのは当たり前なんじゃないの?」


 ミツキは『依頼(クエスト)』の慣習を当然のように受け入れているようだ。


「いや……」


 言葉を切って考えをまとめる。


「俺たちの給料ってどこから出てる……?」


「ん? 役場から?」


 いやもっと根本的な話だ。


「村から?」


「……税からだな」


 そうだ。

 税だ。


 俺の頭の中にかかった霞のような違和感が、集積されるように徐々に形を成していく。



 この国の税制として、主なものがふたつある。

 国民一人ひとりにかかり、収入によって負担する税率が変わる頭税。それと物を買うときなどの取引に一律の税率でかかる取引税である。


 これら税は、村や町の役場に納められてから半分が国庫に入れられる。

 そこから政策によって国政で直接使われるものと、調整されて町や村に再度交付されるものに分かれる。

 俺たちの給料はそれらの税を原資としている。


 なぜ国民は税を納めるのか。


 それは公共サービスの対価としての意味合いが強い。


 この国で生活する以上、意識的にせよ無自覚にせよ、なんらかの形で国民は国家の恩恵を受けている。

 その恩恵は、税なくしては維持できないし成立しない。


 そして俺たち役場の職員は、公共サービスをあまねく国民に提供するために職務に従事している。


「俺たちの給料に、村人の『依頼』の対価は含まれていない。けど『依頼』のせいで残業代が発生している――」


 俺は言葉を切ってから続ける。


「――ということは個人的な『依頼』にかかるコストが、公共サービスの対価として支払われたはずの税で贖われてしまっていると言えないだろうか」


「ああそっか。それって、『依頼』をしない納税者も『依頼』のコスト負担を強いられているってことだね」


「ご明察です」


 俺はアリア先輩に頷きを返す。


「言われてみれば不公平だな。『依頼』を出さない国民も、出す人と同じ条件で税を納めているというのは」


 ウィル先輩もついて来てくれている。


「じゃあ、みんなが『依頼』をすればいいの?」

「いやいやミツキ……そういう国としての方向性もあるのかもしれないけれど……」


 アリア先輩が俺のあとを引き取った。


「少なくともこの国では無理だよね。ニーズが多岐に渡りすぎてるもん」


 そう。この国――

 十年前に獣人族をはじめとする異種族と人族をまとめあげて戦い、当時大陸の半分にまで進行を広げていた魔王の軍勢を魔界まで押し戻した勇者王が、奪還した土地に築いた新興国『ミストホロウ』。


 この王国は、勇者王を慕い協力する複数の異種族と、人族が寄り集まって形成されている多民族国家だ。

 そこには種族の違いや文化の違いから多種多様なニーズがあり……。


「全ての『依頼』に答える、そんなことをしていたら役場のコストが膨れ上がって税がいくらあっても足りなくなる、か」


 ウィル先輩が顎に手をやる。


「だから、むしろそういった『依頼』をゼロに。俺たちは、役場本来の仕事にのみ邁進すべきなんじゃないかと」


「でも今までやってきたんだし、急にやめたらみんな困るんじゃないの?」


 というミツキの言葉に俺は否定を返す。


「なにも俺たち役場がやらなくてもいいんだよ。誰か他の人が対価を得て依頼を受ければ」


「そんなこと、誰がやってくれるって言うのよ」


 まあそこなんだよな、ポイントは。

 なんだかんだでミツキの指摘は的を射ている。

 しかし、現在のある特殊な事情がブレークスルーをあと押してくれると俺は睨む。


「少なくともいま、この村には居るはずだろ。どうしようもなく暇してる連中が、さ」


 口を尖らせるミツキに向けて、俺はニヤリと笑った。


「なにやら具体的な考えがあるみたいだね。さあ、お姉さんに聞かせてもらおうか!」


 アリア先輩が身を乗り出してくる。

 ノリがいいな、この人は。


 仕方ない。

 ここまで来たら俺の考えを開陳するほかないだろう。

 べ、別に話したくてうずうずしてるわけじゃないんだからね!


「これは王都での経験から、ついさっき思いついたんですが……」



 俺が説明を終えると、アリア先輩はガタンと椅子を鳴らしながら立ち上がった。


「面白い! やろうよシロック君。この時間ならまだ大丈夫だと思うし、今から村長にこの話をしに行こう!」


「えええ? そんな急に行って大丈夫ですか?」


 意外と大胆なアリア先輩。


「善は急げだよ。大丈夫、元秘書に任せといてよ。村長は面白い話が大好きだからねー」


 うん、それは知ってる。

 あともうひとつ、知ってることがあるぞ。


「じゃあ行きましょうか。その前にサナちゃんちょっと」


 給仕に回っているサナちゃんを呼び止める。


「なんですかシロックさん?」


「悪いんだけど、このテーブルにあるまだ手のついてない料理を包んでくれないかな」


 卓上には結構な量の料理が手付かずのまま乗っていた。


「あっ、はい。それじゃ、新しいお酒も付けといたほうがいいですよね?」


「ちゃっかりしてるなあ。お願いするよ」


「毎度ありがとうございますっ」


 トタトタとサナちゃんは厨房のほうへ駆けていった。


 俺は知っている。


 面白い話と同様に、村長はここの料理も大好きなのだ。


 ◇


「なるほど面白い」


 俺たちの話を聞くと、ほんのり頬を上気させた村長は膝を打った。


 村長宅の居間には絨毯が敷かれており、俺たちはその床に直に腰をおろしていた。床には俺たちのほかに、空になった食器と酒瓶が散乱している。


「わしも以前から、『依頼』のせいで本来の業務が滞っていることに、頭を悩ませとったんじゃ。シロックが言うような方法は思いつかなんだが」


 村長はグラスに残っていた葡萄酒をくぴっと飲み干して言った。


「早速、明日の朝から取りかかってくれ」


「え、はい。分かりました」


 ほんとに早速だな。こんなにすんなり話が進むとは思わなかったぞ。



 次の日、俺はウィル先輩と朝から役場の倉庫に余っていた材木や板なんかを使って作業し、午後にはそれを完成させた。



依頼板(クエストボード)、か」


 トンカチを持ったままウィル先輩が腕組みをして見上げる。


 役場の窓口横に据え付けられたそれは、俺が王都で見たギルド掲示板を模したものだった。


「王都で騙された冒険者ギルド(ワーウルフ)のギルドホールで、面白い使い方をしている掲示板を見たんですよ」


「お前は転んでもただでは起きない奴だな……」


 その掲示板に書かれていたのは大抵はギルド内の連絡事項だったが、中にはギルドに持ち込まれた案件の参加メンバーを募るものなどがあったのだ。

 カモフラージュなのかもしれないが、そういった点では『ワーウルフ』はまともな冒険者活動もしていたと見える。


 そもそも冒険者とはどのようなものか。


 冒険者というのは自由業である。

 魔物討伐や、遺跡調査に迷宮探索などなど、いつもどこで何をしているのか、本人たち以外にはようとして知れない。


 国としても所得の把握が困難なため、それならいっそと人頭税が最低税率まで減免されている税制優遇職でもある。

 己の腕ひとつで一攫千金が狙えるため、冒険者に憧れる若者は多い。……耳の痛い話だな。


 しかし免税の代償として冒険者には従軍の義務が課せられており、違反者は厳しく罰せられる。

 常に危険と隣り合わせであり、魔物との戦闘で鍛えられている冒険者は有事の際には大きな戦力となる。その分、国で持つ常設軍は少なく済み、国庫負担を減らせるわけだ。


 そんな自由業だから、誰がいつギルドホールに居るのかなんてことはギルドマスターでも把握できない。なので、そのときその場に居る人間からメンバーを募り、事にあたる。

 そのために掲示板が使われているのであった。


 ちなみに全てのギルドにそういったものがあるわけではないと思う。しかし、ろくでもないあのギルドにさえあったのだから、比較的ポピュラーなのではないだろうか。



 とまあ、冒険者の話はこのくらいにしておこう。



 村長の許可を得て役場に据え付けられたクエストボードの仕組みはこうだ。


 まず窓口なりに村人から『依頼』があった際は、依頼内容と報酬、期日、あれば受注資格なんかを確認してクエスト管理番号を割り振る。

 それをクエスト整理簿に記録し、同じ内容(ただし個人情報は除く)を記載した依頼書をクエストボードに貼りだす。


 コスト負担の公平性のため、依頼者からは一律に利用料金としての手数料をいただき、クエストボード維持管理の経費にあてることにする。


 『依頼』を受ける側は、受注したいクエストの依頼書をボードから剥がし、窓口へ受注したい旨を申し出る。

 窓口ではクエスト整理簿に受注者を記入し、クエストの受注を締め切る。


 クエスト受注者からは報酬の三割を受注保証金として預かることにする。保証金はクエスト達成時には受注者に返金されるが、クエスト失敗の際には違約金として没収し、依頼者に支払うことになる。

 これには、できる見込みもないのに多重受注されることを抑止する役割もある。



「記念すべき依頼の第一回号は、サクラも兼ねて俺が用意したこれを貼らせてもらいます」


 ――トン。


 俺は穢れを知らない無垢なクエストボードの真ん中に、一枚の依頼書をピンで留めた。


『001商隊の護衛』


「王都まで商隊を護衛せよ。山越えの際モンスター襲撃の恐れあり、か。なるほどな」


 ちなみに頭に付いている三桁の数字はクエスト管理番号だ。


「ええ。『飛べないドラゴン亭』に滞留している商隊の護衛です。あらかじめ話をつけておきました」


 まあ、商隊と話した内容はそれだけではないのだが。


「ねえ、そのクエストボードっていうの、ちょっと使ってみたいんだけど教えてくれないかしら」


「あっ、はい!」


 ウィル先輩と話しているうちに、利用客第一号がやってきた。

 午前中にクエストボードのことを宣伝して回ってくれた広報課の仕事に、心の中で感謝を捧げる。


 そういえば俺に声をかけてきたこの人は、確か――


「あんた、ここの職員さんだったんだねえ」


「お久しぶりです、ノーラさん」


 この村に来た俺が、ミツキ以外ではじめて会話した人だ。

 会釈してから、俺は窓口のカウンターに入り、ボードの使い方の説明をはじめた。


「で、こちらで発行する割符なんですが、これはしっかり保管しておいてください。クエスト失敗なら割符と引き換えに違約金として保証金の払い出しができます。達成でしたら依頼者から受注用紙を回収して、保証金の返還に必要なこの割符を報酬と一緒に渡してあげてください」


「なんだかややこしいねえ」


 とノーラさんは頭をかいた。

 複雑な制度を分かりやすく説明するというのは難しい。制度自体をもっと簡単にできたらと思うが、必要なことを盛り込んでいくと如何ともしがたい。


「すいません。いまの内容は割符の裏にも書いてありますので、また分からないことがあったら気軽に役場にお尋ねください」


「分かったよ。報酬はどうやって決めればいいんだい?」


「うーん。とりあえず、自分ならいくらで引き受けるか、でいいんじゃないですかね」


 まだ相場が分からないので難しいところだ。


「ほんじゃまあ、『飛べないドラゴン亭』で一杯おごってもらうくらいかね。150ペルクにしとくよ」


 ノーラさんはそう言ってクエスト用紙に記入した。

 確かにあそこの酒と料理なら、手頃な報酬かもしれない。のちに言う、『飛べないドラゴン亭』基準の誕生の瞬間であった。


「まだなんとも言えないけど、このクエストボードってやつはあたしみたいな人間にはいいかも知れないね」


 とノーラさんは言う。

 実はいままで役場に『依頼』をするのをためらっていたらしい。忙しそうで申し訳なく感じるのだそうだ。


「これならちゃんと報酬も払うし、気軽に人手を借りられるかもしれないね」


 潜在的ニーズもあったということだろうか。


「そう言ってもらえると作ったかいがありますよ」


「へえ、これあんたが作ったのかい! 若いのに大したもんだねえ」


「いや、まだどうなるか分かりませんよ」


 ノーラさんが帰ったあとにも、ぽつぽつと住人が役場にやってきた。


 たいがいの人は物珍しげに掲示板を眺めたり、説明を聞いたりしては帰って行くだけだったが、実際にクエストを発行していく人もちらほらあった。


 しかし中には、いままで無料で受けていた『依頼』をやめて金を取るのは、役場の怠慢ではないかとのお叱りの声もあり。そういった方にもコスト負担の公平性について説明して、分かってもらうほかはなかった。

 なかなか理解が得られないこともあったりして、落ち込んだりもしたけれどな。


「なあに、批判を受けるのも役場の仕事じゃ。考え方は人それぞれ、誰もが100%納得する政策なんてありゃあせん。役場のやることには住人の監視も必要じゃから、自由に批判が出るくらいで健全なんじゃ」


 と村長は両手で湯のみを包み込むようにして言うのだった。

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