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辺境役場の護身術士  作者: 明須久
第一章 護身術士と竜の村
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アリア先輩の憂鬱

「先輩、なぜ外から?」


 役場の玄関から入って来たウィル先輩に俺は尋ねた。


 仕事時間中にどこに行っていたというのだろうか。ことと次第によっては神我流護身術で体の自由を奪って――


「ああ、果物屋が人手が足りないって言うから手伝ってきた」


「それって副業では」


 俺たち役場職員は、中立性を保つために副業が禁止されている。


「いや、報酬は受け取っていない」


 とウィル先輩は手を振った。

 副業にはあたらないということか。しかし……。


「いいんですか、仕事中に」


「よくあることだ。窓口に来て頼まれたら嫌とは断れない。俺たちは公僕だからな」


 どうやら、日頃からなんやかんやと村人が助けを求めてくるので、その都度窓口から人を出して対応しているらしい。


 『依頼(クエスト)』と呼ばれるその慣例はウィル先輩が就職する前から続いているものらしく、そういうものだと言われればそれまでなのかもしれないが。

 なにか釈然としないまま、俺はウィル先輩との会話を終えた。



 その日の晩。



「ふぅー、やっと終わったい」


 なかなか慣れない書類整理を終えて肩を回す。記入を間違えないよう気を付けていると、つい時間がかかってしまうな。


 役場にはこの時間でも、残業する職員のために、部分的にだが魔法の灯がともされている。

 マナリーフから魔力結晶を手に入れやすいこの土地では、魔道具の使用も一般的なようだ。


 椅子の上で伸びをすると、まだ残業している先輩方が目に付いた。アリア先輩とウィル先輩だ。


「なにか手伝いましょうか」


 俺が近づくと、ふたりは手を止めて顔をあげた。


「悪いな。でも大丈夫だ、あと少しで終わる」


 ウィル先輩も書類整理のようだ。


「ありがとう、大丈夫だよ。それより早く帰ってあげなよ。待ってるんじゃない?」


「ミツキのことですか?」


 珍しく彼女は先にあがっている。


「そうそう。晩ごはんいつも一緒に食べてるんでしょ」


 確かに、職場も帰る場所も同じなので自然とそうなることは多いのだった。


「そういう取り決めをしてるわけではないですし、今日は先に食べてるんじゃないかなあ」


「えー、そうかな。待ってると思うよー。早く帰ってあげなよ」


「うーん」


 あいつが空腹を我慢できるような性格とは思えないが。


「ところでアリア先輩はまだかかりそうなんですか?」


「んーん、私はちょっと考え事をしてただけだから……」


 ちらとウィル先輩のほうを見て言った彼女の机には、なにやら数字が並んだ書類が散乱していた。


「だったら、ウィル先輩が終わるのを待って一緒に『飛べないドラゴン亭』でどうですか?」


 ウィル先輩がハッと顔を上げて俺を見た。


(グッジョブ)


 あれ、なんか心の声が聞こえる。


「あ、いいね賛成。ウィルも行くよね? ねー?」


 ウィル先輩は壊れた自動人形(オートマータ)のように、ただ頷きを繰り返した。

 ちょっとは喋れ。


 実は歓迎会の夜、ウィル先輩に誘われた二軒目でちょっとした一幕があった。

 それまで静かに杯を舐めていたウィル先輩が、藪から棒に机を叩いてこぼしはじめたのだ。


「おれだってはじめはアリアのやつみたいに上手くやりたかったんだ……。だけどおれが頑張れば頑張るほど空回りしてしまって、周りに迷惑をかけてしまう。焦ってるうちにアリアはどんどん先にいってしまうし……くそっ、どうすればいいんだ!」


 かなりアルコールが回っていたようだ。独り言のように呻くと机に突っ伏してしまった。


 そこで俺はピーンときた。

 ああ、そうか。この人、アリア先輩のことが……。


「気がついたか」


 と、俺の表情に一緒に飲んでいた村長が反応した。


「なんとなく、ですが」


 俺の言葉にすぐには返事をせず、村長は黙ってグラスに口をつけた。


「……実を言うと、役場内はいま二つの派閥に割れておる」


「なんですか急に」


 場に不穏な空気が流れた。


「急進派と穏健派――すなわち強引にくっつけようとする勢力と、なま暖かく見守る会の連中じゃ」


 俺は正した居住まいを、すぐさま崩すことになった。


「悪趣味ですよ。当人同士の問題では」


「『見守る会』ひとり追加……と」


 ――とまあ、村長の手により、俺はウィル先輩とアリア先輩をなま暖かく見守る会に強制的に入会させられ、いまに至る。

 しかしウィル先輩のヘタレぶりは、ここ一週間で俺も身に染みてよく分かった。


 とにかく見ていてもどかしいのだ。

 もう穏健派なんかじゃいられない! といった気分だ。



 そのあと、自動人形(オートマータ)よろしく猛烈なペースで書類を書き終えたウィル先輩と、アリア先輩と連れ立って、俺は『飛べないドラゴン亭』に向かった。



「おかえりなさいませ、シロックさん」


 『飛べないドラゴン亭』のドアをくぐると、フリフリのエプロン姿――この店の制服は田舎にしては良いセンスをしている――のサナちゃんが出迎えてくれる。


 まるでメイドさんだ。


 サナちゃんマジ天使。


 同時に、食事をしている客の野郎どもの視線が俺に突き刺さる。


 実のところ、サナちゃん目当てにここに飯を食いにくる人間は多い。


 そのサナちゃんから「おかえりなさいませ」と言ってもらえるのは、下宿人であり、個人的に仲良くなった俺とミツキだけなのだ。


 まさに特権階級と言えよう。

 跪け豚共!!


「おっそーい!」


 と、腕組みをしたまま不機嫌丸出しな剛腕娘が俺を現実に引き戻した。


「ほらねーっ、やっぱり待ってた。私の勝ちだね」


「って、あれ? アリア先輩?」


 あのさ、ウィル先輩も居るんだけど……。

 いや、何も言うまい。


「先輩方も残業だったんだ。それで一緒に晩ごはんでもどうかなと思って」


「ふーん、シロックにしては気が利くじゃない」


「どういう意味だ?」


 俺が聞き返しても、ミツキはにやにやしているだけだ。


 あっ、ウィル先輩とアリア先輩のことか。


 ミツキは急進派である。確かにこのふたりを見ていると、俺もそっちに寝返ろうかなという気になってくるんだよな。


「そういえばアリア先輩はなにをしてたんですか」


 運ばれてきた食事にとりかかりながら話を振る。

 先ほど先輩は考え事と言っていたが。


「予算がね、ちょっと」


 とアリア先輩は困ったような顔をした。


「今年度に入ってから人件費の消化ペースがちょっと早いんだ。どうも残業代がかさんでるのが原因みたいなの」


「そうなんですか」


 机の上に散らかっていたのは予算関係の書類だったのか。

 残業代か……。


「そういえばウィル先輩もなにかと残業多いですよね」


「……まあな」


「ウィルは住人からの頼まれごとが多いもんねえ」


 アリア先輩が苦笑する。


 住人の手伝いをすると、役場の仕事はあと回しになる。

 手伝いから帰ってきたあと、時間内に書類整理が終われなければ当然、残業が発生するわけだ。


 ちなみに無報酬残業という選択肢はない。


 役場に限らず、この国では無報酬残業は重大な法令違反とされる。

 大手冒険者ギルドであれ、豪商であれ、発覚した場合は激しく断罪。国王は無報酬残業を親の仇のように考えているらしい。


 『労働には対価を』というのがこの国の掲げるスローガンだった。


 それにしてもウィル先輩が村人から人気というのは意外だったな。


「ウィルは忙しいときでも、いやな顔ひとつしないからねー」


「それって表情が乏しいだけじゃないの?」


 ミツキは相変わらずウィル先輩に容赦ないな。


「はは、そうかもな」


 先輩、それ皮肉ですよ。って分かってて流してるのか。先輩は寛大だ。


 まあ実際、ウィル先輩の堅実な仕事ぶりには村人も好感を持つのかもしれないな。この人は不器用な分、仕事は丁寧だから。


 しかし彼ひとりに負担が集中するのは、よくないことだと思う。


「そもそも村人の個人的な『依頼(クエスト)』に役場が応じているというのがおかしいのではなかろうか。タダ乗りが生じ……『労働には対価を』の原則にも反している気が……」


「シロック?」


「ん?」


 気付けば、みんなが怪訝な顔で俺のほうをうかがっていた。

 考えが口に出ていたらしい。


「ああすいません、なんかモヤモヤしてしまって。この話は終わりにしましょうか」


「ううん、私はシロック君の考えを聞いてみたいな」


 アリア先輩が、真面目な顔で俺の目を見据えた。

ようやくお仕事編突入です。

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