村での生活
朝、俺は二段ベッドの下段で目覚め、その場で着替えてから這い出す。
部屋のなかに降り立ち仰ぎ見るベッドの上段には『のぞいた者には死あるのみ』と共通語で書かれたカーテン。
どこの邪教だよ、と見るたびにそれがかけられた日のことを思い出す。
……あれからもう一週間も経ったんだな。
「あら、もう起きてたの。おはよう」
俺が感慨深く見上げていると、夜着のままのミツキがカーテンから顔をのぞかせた。
その髪には出会ったときと同じ髪飾りが見える。
「もしかしてそれ、寝るときもつけてるのか?」
「いいじゃない、あたしのチャームポイントなのよ」
ミツキはそう言って恥ずかしそうに両手で髪飾りを隠した。
動きやすい服装に着替えたミツキと俺は、『飛べないドラゴン亭』の中庭で向き合う。
互いに礼をしたあと、激しい攻防が繰り広げられる。
全力で踊りかかってくるミツキに対し、俺は防御に回る。
朝一番のこの手合わせは、いつしかふたりの日課になっていた。
ミツキは猪突猛進にみえてその実、護身術の鉄壁の守りに対してどう攻めるか、それを考えてきちんと攻撃に反映させてくる。
無手勝流で荒削りだったミツキの体術は日に日に洗練されていき、自然、それを受ける俺の技にも磨きがかかっていった。
最近では鋭い突き入れに、思わず護身刀を抜かされることさえある。
加えて、基本のみだが防御の指導もしてやっている。
ただし神我流護身術は本格的にやろうとすると、なぜか攻撃がどんどん落ちてしまうので本当に基礎中の基礎、全ての武術に通じる一般論のような部分のみだ。
しかしこれだけでも彼女の戦闘技能はだいぶん安定してきた。
動きが軽い。
もう、大猪も怖くない。
でもね、そう思った頃が危ないんですよ。
町の外で油断していると、大型の魔物に頭をぱっくりいかれて命を落としたりするのがこの世界、『女神の珠庭』だ。
「ミツキさん、シロックさん、そろそろ時間ですよ」
朝食の時間が近づくと、『飛べないドラゴン亭』の従業員であるサナちゃんが呼びにきてくれる。
「あいよー。サナちゃんありがとう」
「おはようサナちゃん。今日のメニューはなにかしら」
「えっと、今朝はバケットとミルク、それとヒヨコ豆のスープ、です」
たぶん無意識にだろう、長めの前髪をいじりなからサナちゃんが教えてくれる。
かわいいなあサナちゃんは。
もともと歳が近かったこともあり、俺とミツキはこの一週間でずいぶんこの従業員と仲良くなった。
彼女のほうが俺たちよりひとつ年下で(俺とミツキは同い年だ)従業員ということもあって未だに敬語を使われてはいるが、俺たちからはフランクに話しかける間柄だ。
俺もミツキも、妹ができたかのように彼女に接している。
普段はおとなしい子なんだけど、店に出ているときや商売の話のときの彼女は別人のようにキビキビしているんだよな。
あるとき、若いのに頑張ってるなあという感想を漏らすと、これも修行ですからと言って身の上話を聞かせてくれた。
「わたしの両親はもともと王都の豪商だったんですが、部下の人に裏切られて破産しちゃったんです。お店も使用人もほぼ全てを失って……王都から追われてこの村にきたんです」
しかし彼女の両親は商人として再起を狙っているらしく、ここイカーナに小さな雑貨店を構えたうえで、娘のサナを修行に出しているのだそうだ。
逞しいよな、あきんど魂ってやつは。
サナちゃんが食堂の準備に戻ったあと、俺たちは汗を流しに風呂場へいく。
国王が公衆衛生の向上という名目で入浴を奨励して以来、風呂というものは急速にこの地に普及した。
さすがに各家庭にひとつ、とまではいかないものの、『飛べないドラゴン亭』にも共用の風呂場が設けられていて、俺とミツキは朝晩とお世話になっている。
もっとも、朝の利用は昨晩の残り湯を使わせてもらう程度だが。それでもさっぱりとした気分で出勤できるのは、非常にありがたい。
ミツキとの共同生活に関しては当初、職場でも様々な物議を醸した。
しかし村長の『まあ、ええんじゃないかの』というひとこと――そのあとに続く『おもしろそうじゃし、ぬふふ』という小さな声を俺は確かに聞いた――を境にして騒動は静かに幕を閉じた。
この間、俺たちは『飛べないドラゴン停』に空き部屋が出るのをずっと待ち続けていたわけだが、待てど暮らせどサナちゃんからの朗報はなかった。
「この村を通過して山を越えていくはずだった商隊が、足止めを食って宿に逗留しているんです」
とはサナちゃんの談だ。
なんでも、山越えの途中で魔物の群れに襲われて積荷の一部を奪われてしまい、護衛の冒険者も負傷して療養中らしい。
襲われたのは村から王都へ向かう山の中。俺がミツキと出会った森だ。
そういえば、アリア先輩に大猪の話をしたとき、村長が別件とか言っていた。
あれはこのことだったのか。
商隊は北の王都からイカーナ村を通り、南方にある城塞都市へ武具を供給した帰りだった。
城塞都市というのはこの国の南端、海を挟んで魔界と対峙する岬にある都市だ。
魔界から海を渡ってくる強力な魔物や、魔族に対する国防の最前線のため武具の消費が激しい。
新品の武具を売りつけた帰りの積荷のほとんどは城塞都市からの下取り品であったという。おかげで商隊の経済的損失は許容範囲内に収まったようだ。
「城塞都市での商いでずいぶん儲かったんでしょうね。あの商人さん達は村から出られないことを臨時のバカンスと割り切って、のんびり過ごすつもりみたいですよ。店長が臨時収入だーガハハって喜んでました」
「ハハ、あの親父さんらしいね」
「でも、なにぶんこんな辺境の村だから、すぐにやることがなくなって暇を持て余し気味みたいですけどね」
とサナちゃんは、はにかんだ笑顔を見せた。
なんにせよ、こちらとしては早く宿を空けて欲しいところだな。
もちろん村役場もこの事態に手をこまねいているわけではなく、村人で組織された自警団による大規模な山狩りがおこなわれた。
俺も若い衆として駆り出されたわけなのだが、魔物の尻尾はつかめず、いまのところ目立った成果は得られていない。
商隊の中では、新たな護衛を雇おうかという話も持ち上がったそうだが、あいにく、いまこの村にはそういったことのできる人間は不在だった。
俺とミツキに関しては戦闘能力があるほうだが、護衛のために何日も仕事を放り出すわけにはいかないと、村長に止められてそれっきりである。
そんなわけで日々は過ぎ。
俺もミツキも窓口での仕事にもだいぶ慣れて、先輩方の手を煩わせることも少なくなってきたある日。
俺は、とある役場の実態を知ることになった。




