ラディカルロック! ~女盗賊と男の娘と全裸~
とある世界のとある大陸に程近い島国、ミストラルがある。
首脳陣を貴族=ハイエルフで固め、国民の過半数をエルフが占める国。宥和政策でニューラル(地球人類とほぼ同じ特徴を持つ人類の総称)や獣人などの他種族の移民を受け入れ、ハーフエルフも珍しいものではなくなりつつある森と魔と鉄と技術の国、それがミストラルだ。
「な、なんですか、貴女たちは!?」
そんなミストラル出身でハーフエルフの青年行商人、キサラギ=ザナドゥは己の不運を呪った。
「きゃっきゃっきゃっ、こんなところで『もどき』がうろついているなんて、何の冗談だぁ?」
関所越えの途中で6人組の女盗賊の集団に出くわしたのだ。
治安の行き届いたミストラルから出たばかりのザナドゥは知識としては持っていても理解していなかった。
大陸の治安の悪さというものを、わかっていなかった。
ミストラルの製品は、服でも武器でも薬でも、なんでも質がいい。その質の良さは、学のないものが見ても一目でその凄さがわかるのだ。
ミストラルの生産者はエルフ由来の魔力をこれでもかと製品に込める。
込めた魔力は、魅力のオーラとなって現れ、美しさに補正を掛けるのだ。
そんなミストラル謹製の品を背中に背負ったヒトを殴ったことも無さそうな優男が現れれば、盗賊の標的にされてもおかしくないわけで。
ちなみに女が盗賊稼業をしているのも別段珍しくも無い。
かつて大陸で行われた大戦争で各国で血で血を洗う戦いを繰り広げた結果、男手は減り、食い扶持にこまった女衆が盗賊に身をやつすなどよくある話だ。
それに女と言っても魔力があれば性差による力の差などあってないようなものだから、武力が不足しているというようなことは起きない。
「もどきでも、エルフなら男だろうが女だろうが高く売れるぜ。おまえら、コイツの身包み剥いで、縛っちまうぞ!」
身も蓋も、慈悲も容赦もありはしない。
ミストラルの絵画草子では、盗賊とは、有り金を置いていけば命は助けてくれるものではなかったのか? それに人身売買とは違法中の違法ではなかったか。
しかし残念無念、ザナドゥは数人に手足を押さえられ、あっさり服を脱がされてしまいザナドゥは下着一枚の格好になった。
(な、なんで僕がこんな目に……)
ザナドゥの自業自得といえばそれまでだが。立身出世の夢を描いた彼の大志は、早くも絶望で彩られていた。
しかも、ザナドゥを組み敷いた女は、目を爛々と輝かせ、息は荒く、頬は赤かった。
あからさまに欲情していたのだ。
絶望とはこのことである。誰とも知らぬ相手に、自分の貞操を明け渡すことになろうとは。
確かに、ザナドゥは美少年と言って差し支えない美貌の持ち主だ。線も男としては細い。
だけど、俗に聞く『男の娘』では断じてない。そりゃ、女装をさせられたことはあるし、なぜか異性に嫉妬されたこともあるが、それはそれだ。自分は男であるというはっきりとした自負があった。
「おかしら! こいつかなりの上玉ですよ! ちょっと味見してもいいですかい!?」
「ふん、少しだけだぞ。あんまり可愛がりすぎると、売り物でなくなっちまうからなあ」
頭目と思しき人物の許可が得られると、すぐに女はザナドゥの下着を剥ぎ取ってしまう。
恐怖と混乱で、ザナドゥの分身は萎えていた。その分身を、女は弄ぶように触った。
「あ、うわ、やめ――」
「ははっ、いい声で鳴くじゃないか」
分身は徐々に屹立していく。まったくもって不快だが、これはザナドゥにも抗いようの無い生理現象だった。
女は舌なめずりし、いよいよ自身の欲望を満たすべく、股座を開き――
「待て!!」
行為に及ぶ寸前で、男の怒声が響き渡り、盗賊たちは一瞬だけ静止した。
そして、怒声のしたほうへ目向けると、そこには一人の男が立っていた。
「えっ……」
「なんだ、あいつ……」
盗賊たちは男を見て絶句していた。
やや長めの黒髪――青年というには精悍さが足りず、少年というには幼さが影を潜めている、そんな顔立ちの男だ。
鋭い眼差しの三白眼は、獲物を前にした肉食獣のそれを思わせるほど、ぎらぎらと敵意が宿っている。
長身で、丹念に鍛え上げただろう贅肉のないやや盛り上がった体躯は、野生的な美しさを湛えていた。
男というよりは、雄を感じさせる、そんな男だった。
だが盗賊たちが絶句したのは、男の姿が一糸纏わぬ姿であったということだ。
男は分身を外気に晒しているのに、恥じ入っている様子ではない。
堂々と、そこに鎮座している己の雄たる所以を見せ付けていたのだ。あんまりにも堂々としすぎていた。確かに、中々に立派ではある。大きすぎてということも無い。
男はゆっくりと盗賊たちに近づいていく。
「徒党を組んで、男一人を傷物にしようとするその所業。とても分別のある婦女子だとは思えんな」
「いきなり現れて、何だテメエは!」
男は、盗賊たちを一瞥すると、不愉快を隠さず鼻をならした。
「ふん、そうか、貴様ら。畜生の類か。女とはかくあるべきなどと言うつもりも無いが、誇りもない外道とあっては、いささか見るに堪えんな」
男は、不意に踏み込み、一気に駆け出した。
裸足であることをものともしない走破性だ。
「なっ……!」
「邪魔だ」
驚愕で動きを鈍らせた盗賊たちの中を通り抜けて男が向かったのはザナドゥの方、男の剛脚が馬乗りから半分腰を浮かせた状態の間抜けな体勢の女盗賊の身体を蹴り飛ばした。
「――ぎゃん!」
犬のような悲鳴を上げて、ザナドゥを強姦しようとしていた女盗賊は近くの木に激突。気絶したのか、そのままピクリとも動かなかった。
「え……あ……」
目の前で起きた突然の出来事に、ザナドゥは上ずったうめき声を上げることしかできなかった。
「大丈夫か」
「ひっ……!?」
男は膝をつき、拘束に使われた縄を解いて、仰向けに倒れていたザナドゥを抱き起こした。
まったく感情の色が見えない無表情の男の顔を見たザナドゥは一瞬ふるえ上がったが、その三白眼から、こちらを案じる意志が何故か伝わってきてザナドゥはにわかに冷静さを取り戻す。
「だ、大丈夫です」
「うむ」
「てめえ……いきなり現れてどういう領分だ!」
盗賊の頭目と思しき輩が、携えた剣を抜き放って男を威圧した。
「黙れ外道。あからさまに虐げられている者が目の前に居て、それを黙って見過ごすほど、俺は薄情なつもりもない。法には法を、力には力で以って迎え撃つのが俺の流儀だ」
「何を、わけのわからないことを! 全員、抜剣、魔術解禁だ! コイツをやれぇ!!」
金属のこすれる音が聞こえ、魔力が編まれて空気が震えた。
初めに仕掛けたのは盗賊の術者だ。魔術で生み出された炎の塊が、男に向けて射出された。
男は、コンパクトなモーションで炎の塊へ殴りかかる。
「お、お兄さん……!?」
ザナドゥは思わず悲鳴じみた声が上げた。
ザナドゥの見立てではあの炎は、威力だけなら中級クラスの火力はあるだろう。
触れば火傷程度ですまない。皮膚はただれて骨は脆くなって変形し、手は使い物にならなくなるだろう。
「ふんっ」
しかしザナドゥのそんな予見を嘲笑うかのように、炎は、男の拳の一振りで霧散してしまった。
「なに!」
「うそぉ!?」
前者は盗賊、後者はザナドゥの声だ。
男はそのまま直進、術者の心窩めがけて掌を打ち出した。
「うぐっ!?」
術者はうめき声を上げると、その場に倒れた。
男は足を止めず、雄雄しく跳躍――術者にもっとも近い女に飛びかかり鋭い蹴りを見舞った。
「ぎゃっ!?」
顔面を蹴りぬかれて小さく悲鳴を上げた女はそのまま地面に沈んで沈黙した。
「このっ……!」
わずか数秒の攻防で二人が倒された。
にわかに信じがたい光景を目の当たりにしながら、それでも反射的に仲間の一人が男に剣を振り下ろした。
「ふんっ」
男は無謀にも拳を振るった。
廻りこむような軌道のフック、一瞬姿がぶれるような錯覚を見せる速さで打ち込まれるその拳は、
あろうことか、振り下ろされた剣の腹を叩いて剣身を折ってしまった。
「はっ」
返す刀で、男のもう一方の腕が伸びる――打ち出されたのは掌、がら空きの顔面を掴み取るように一撃、そのまま地面にたたきつけた。
瞬く間に、既に3人が地に沈んだ。
「す、すごい……」
半ば呆然とザナドゥは声を上げた。
目の前で起きた戦闘は、鮮やかに流れる演舞のよう。
「調子に乗るなっ」
魔力で歪んだ空気の流れが、真空の刃となって、男に発射された。
魔力を帯びた風の刃は、うっすらと碧の色を纏っている。
速度で言えば、四大属性で風に勝るものはない。
男の首筋に刃が命中、鮮血が飛び散った。
「ははっ、やったぁ!」
盛大に血が吹き出して、術者は勝利を確信した。
「おい、油断するな!」
だが、頭目は違った。
風の魔術で首を切りつけられた男――おかしいのだ。
あの魔術は人間程度であれば、直撃すれば首が胴体と離れるほどの威力を有しているはずなのだ。
ところがどうだ、男は直撃を受けたにも関わらず首は繋がったままなのだ。
致命傷には違いないだろうが、勝利を喜ぶにはまだ早い。
「がふっ……」
男の口から血がこぼれる。男の身体が、斜めに傾いた。
やはり、気を張りすぎだったのか。そう思った瞬間、男は、倒れそうになる身体を一歩前に踏み出して、その場に留まったのだ。
「痛いじゃないか」
踏み込み、男の身体が瞬時に宙に舞った。
前方へ一回転、その勢いのまま、かかとを近くの盗賊に落とした。
「めきょっ」
盗賊は、男が落としてくる蹴りを剣で受け止めようとしたが、剣ははかなく折れて脳天に直撃、頭から血を流しながら女は倒れた。
「ぎゃんっ」
悲鳴を背に男は既に別の盗賊の懐に飛び込んでいた。打ち上げの掌底と打ち下ろしの掌底のコンビネーションが盗賊の頭部を襲い、逃れられない衝撃が脳をこれもかと揺らし、盗賊は気絶した。
これで残るは、頭目一人。
「お、おい、なんだこれ……」
いきなり現れた闖入者。首にあった傷は、既にふさがっていた。
「終わりだ」
「ちょ、ま――」
男は神速の踏み込みから一撃、頭目の顎をかち上げた。
頭目は空中を舞い、そして成すすべも無く地面へ激突。
「ふっ……」
男は息をはきつつ、構えをとった。
やがて一帯を静寂が包むんだ。
盗賊たちは全員、無力化されたのだった。
***
「あ……助かった……?」
ザナドゥはまだ目の前で起きた出来事が信じられない。
男は、盗賊たちを一箇所に集めると、地面にへたり込んでいるザナドゥの前まで来てしゃがんで視線を合わせた。
「無事か」
「は、はい……」
ザナドゥは決して楽観していなかった。
状況的に自分は助けられたのだろう。しかし、この目つきの鋭い男が味方である保証はない。
第一、何も身に着けていないのは一体どういうことか?
いや、ザナドゥ自身も素っ裸には違いないけれども。
「さて、貰うものは貰ってしまうぞ」
「え、え?」
男は、一箇所に纏められた女盗賊に目を向けた。
「貴方が奪われた服は当然として、奴らの持ち物を検分する。手伝ってくれ」
「は、はい!」
ザナドゥは、反射的に返事をしてしまった。
何故だかザナドゥは、この男の言うことを聞いてしまったのだった。
有無を言わさぬ迫力で迫られたのだから仕方ないのかもしれないが……ザナドゥは、男の言葉に理性的で貴い何かを感じ取ったのだ。
***
数分後、女達の服を剥ぎ取って全裸を脱した男は、疲れたように大きく息を吐いた。
「あ、あのいいんですか、こんな真似して」
「こいつらは、物盗りだろう? 他人から奪うことを生業とするのなら、他人から奪われることも覚悟しているだろう」
もっともらしいことを言っているが、結局それって同じ穴のムジナというやつなのではないだろうかと思うザナドゥ。
しかし命の恩人に変わりないし、というか逆らったら命が危険に晒されそうなので、滅多なことは言えない。
「さて、実は俺は困っている」
「はぁ……?」
いきなり男が言い出した。意味もわからずザナドゥは生返事。
「貴方は見たところ、行商の人か」
「ええ、まあ……道具職人兼商人ですけど」
「ふむ……足元を見るようでなんだが、俺をしばらく、護衛として雇わないか?」
「え、ええ?」
ありがたいといえばありがたい。魔術を拳で消し飛ばし、首を切りさかれてもピンピンしている男なのだ。護衛としてこれほど頼もしい人間もおるまい。だが――
「……お断りさせてください」
ザナドゥは恐れを抱きつつも、正面きって男に言った。
「ふむ、理由を聞いても?」
当然理由を聞いてくる。ザナドゥは精一杯の虚勢を張って、正面から男を見据えた。
「僕は駆け出しの商人です。誰かを雇う余裕なんて無いのです。申し出はありがたいのですが、ごめんなさい」
「……問題は報酬のことだけか?」
「え……?」
「報酬が、貴方にとって無理のない範囲ならば、俺を雇ってもらえるだろうか?」
「え……いや……」
確かに、その通りといえばその通りだが。
本音で言えば、怖くておっかないから関わり合いたくないのだ。
しかし護衛なのだから、怖いというのは必ずしもマイナスにはならないだろうという考えもよぎる。
「えっと……では貴方はどんな報酬を望んでいるのです? 貴方の希望を聞かせてください」
なぜ男が自分にこだわるか定かではないが、相手が譲歩する気があるというのなら、それを聞いてみるべきだろう。
「死ぬに困らない程度の食事に、宿の同衾の許可、それと常識を色々と教えて欲しい」
「常識、ですか?」
最後の希望が良くわからないので思わずザナドゥは聞き返した。
食と住の提供は、自分と同じレベル、ということであれば出費できないことも無いのだが。
「ああ、俺は色々と物を知らないからな」
その割には訛りの無い流暢な大陸公用語を用いているのだが、これはどういうことだろうか。
「前の二つは、僕と同じレベルでよければ構いません。最後の常識については、僕も勉強中ですが、それでもよければ」
「すまない、恩に着る。では今から、貴方は俺のご主人ということになるな、よろしく頼むぞ、ご主人」
男はやや強引にザナドゥの手を取り、固く握手をした。
そこはかとなく嬉しそうな感じだ。
「ご主人、とはなんだかこそばゆいし、恐れ多いんですが……あ」
そういえば、男の名前を聞いていなかったし、自分もまだ名乗りをしていなかった。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。僕はキサラギ=ザナドゥです。大陸風に言うのなら、ザナドゥ=キサラギでしょうか」
男は一瞬、キサラギという名に反応したが、すぐにその態度を隠した。
「俺は、九重錠太郎。一部の人間からはロックとも呼ばれているが……好きに呼んでくれ」
「ココノエ=ジョウタロウ? その名前、ミストラル風というか、ミストラルですよね? ココノエが姓ですよね? ココノエさん、もしかしてミストラルの出身なんじゃ」
ミストラル人は、大陸諸国とは様々な点で異なる風習を持っていた。
大陸での名乗りは、ファーストーネーム――名前が最初で、ファミリーネーム――姓名が後に来る。
だがミストラル人は姓名が前で、名前が後だ。
それに姓名の語感が一種独特なのも特徴だ。その手の名前であれば、ミストラル所縁の者だと聞くものが聞けばすぐにわかる。
ココノエという男の名前は、まさにミストラル人のそれと同じ響きを持っている。
それにココノエの顔立ちは、遥か昔に貴 族の始祖と共にミストラルを築いたヤマトの民とそっくりだ。となればミストラルの中でもかなりの偉人、やんごとない血筋の人間かとザナドゥは思った。
「いや、俺の出身は千葉だが」
「チバ?」
「いや、日本……ジャパンというべきか」
「ニホン、ジャパン……? あのそれってどこのことです」
ココノエはやはりかと言いながら、大層にため息をついた。
「これが常識を教えて欲しいといった理由だ」
ココノエが口を開いた。それはザナドゥには、にわかに信じがたいことだった。
「俺はどうやら、この世界の人間ではないらしい。俺にとってはここは異世界なんだよ」
異世界? 異世界とは何だ?
故郷で見た絵画草子にそんなものもあった気がするが。
まさかこの男、いわゆる社会不適合者で、絵画草子ばかり読んでいた引きこもりなのではないかとザナドゥは一瞬考えた。
「待て、頭のおかしいことを言っているのは俺も重々承知しているが、そんな可哀相な奴を見るような顔をしないでくれ」
どうやら顔に出ていたらしい。
商人がこんなことではいけないなあと思いつつ、ザナドゥはロックこと九重錠太郎と契約を結んだのだった。
これが後に稀代の魔道具職人、マイスターと称されたキサラギ=ザナドゥと鬼神と称された異世界人の出会いの出来事である。
ココノエは気絶する女盗賊たちに、ザナドゥから借りた筆を持って近づき、
ココノエ「額に<肉>、っと……」
ザナドゥ「あ、やっぱりヤマト文字だ(やっぱりヤマトの血筋の頭の可哀相な引きこもりなんじゃ……この額に肉も絵画草子で読んだことがあるし)」
ココノエ「おい、だからそんな可哀相な奴を見る目で俺を見るんじゃない」
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