20.伯爵の家族
騎刻亭の玄関をくぐると。
「お帰りなさいませ!」
笑顔のアルテミシアが迎えてくれた。
「えーと、あのー……」
目の前の出来事を信用しないか、自分の記憶を疑うか。輝は迷っていた。
「驚かせて申し訳ありません。わたくしの本体は、騎刻亭二階にございます。わたくしには予備のボディーがございまして。よって、いくらボディーを潰されようと、何度でも復活できるのです。ちなみに……」
砲弾型の胸に手を添え、艶然と微笑むアルテミシア。
「これは五号機でございます」
「そういえば、アルテミシアさんロボットだったっけ……。遠隔操作型だった訳ね」
手に持ったメダルをそっと差し出す輝。
「ありがとうございます。こればかりは代わりがございません」
「えーと、それも前世の僕からもらった物なの?」
アルテミシアは、いつもの笑顔の中、はにかみの要素が加わる。
「もらったと言うか……、わたくしはヴラド様の二番目の妻でしたから」
「あれ?」
固まる輝。
「ヴラド様が最後の戦いに赴かれる時、『死ぬな』と申しつかりましたもので、今まで生きております」
「あ? え? ……はー?」
――五百年以上、ヴラドを探し続けた女性――
上がり口で、力なく崩れる輝。尻餅をついている。
「穂乃香を寝かせてきたのだ。輝も寝るがよい。このままではホントに死んでしまうのだ」
奥の間から顔を出すヴァズロック。疲れは微塵も感じられない。
「輝様のお布団を敷いておきました」
シータが廊下を歩きながら、ついでといった感じで報告する。頭頂の尖った耳が、片方だけ輝に向けられていた。
「あ、ありがとうシータちゃん」
「ちゃん付けはおやめ下さい。それにしても、お国でマイロード愛用の天蓋つきキングサイズベッドなら、簡単にベッドメイクができるというのに、なにゆえ日本人はこんな面倒なのを……」
ぶつぶつ言いながら通り過ぎていくシータ。尻尾が左右に勢いよく揺れている。
疲れ切った体。引力に逆らって、一旦座り込んだ体を立ち上がらせるのは重労働だった。
ヴァズロックの手を借りて立ち上がる。そして服を着たまま、布団に潜り込んだ。
「ねえ、伯爵はこのまま、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
眠たい目をした輝が、枕元のヴァズロックに聞く。
「それは……解らぬ。所詮、我が輩と輝は他人なのだ。いつかは別れが来るのだ。ひょっとしたら、……それは明日の朝かもしれぬのだ」
瞼の重そうな輝。必死に睡魔と戦っている。
「そんなことないよ伯爵。家族の始まりは他人からじゃない? 僕と穂乃香姉ちゃんに血の繋がりはないけど、姉弟だよ。家族だよ」
「……そう思っているのは、輝と穂乃香だけなのだ」
自然とヴァズロックの声が小さくなる。
「僕には最初から家族がいないんだ。だから、これから作っていきたいんだ。伯爵も家族がいないんだろう? 僕たちと一緒の家族になろうよ」
ヴァズロックの目が紅茶色に変わる。
「もう寝るのだ。輝」
輝の瞼が閉じられたのは、眠気に負けたのか、強制によるものなのか?
「伯爵も、シータちゃんも、アルテミシアさんも、穂乃香姉ちゃんも、……みんな、……もう僕の家族だよ。僕の家族が増えたんだ……よ……」
小さくピクンと体を跳ねさせ、輝が眠りに落ちた。閉じた目の、目尻に涙が浮かぶ。
ヴァズロックは、影のように物音一つ立てず出て行った。輝は、たとえ枕元に雷が落ちようと、絶対目を覚まさないだろうに。
そして、白々しい朝が来た。
輝は、僅かな物音で目を覚ました。一挙動で布団をはねのけ立ち上がる。
「伯爵!」
二動作目で、乱暴に襖を開けた。大きな音がして、襖が開く。
玄関口に伯爵の荷物が積まれていた。
「あら、おはよう輝。今朝は早いのね。ねえ、あの荷物なに?」
何事もなかったかのように、台所から顔を覗かせる穂乃香。記憶が無いのか、余程大物なのか……もしくは腹に何か一物あるのか、のどれかだろう。
「穂乃香姉ちゃん! 大変だ、伯爵が出て行くつもりだ!」
「なんですってぇ?」
穂乃香の眉が、珍しく下がっている。
「伯爵の決めたことは、……ヴァズロックは絶対に覆さないよ」
「それって、あたしへの挑戦?」
穂乃香の眉が、一言ごとにつり上がっていく。それに連れて厳しい表情となっれいく。
「今日は、太陽光の元、庭の草むしりをさせようと思っていたのにっ! 台なしじゃないのっ!」
雷神ごとく、二階へと駆け上がる穂乃香。どうやら一方的に挑戦を受けて立ったようだ。
「何やってんの! 今年で幾つになるの! お母さんになんて教わったの!」
穂乃香の怒鳴り声が、階下にまで降りてきた。続いて、争う物音。
二階から穂乃香が降りてきた。眉は上がりっぱなしだが表情はおとなしくなっていた。
「痛い、痛いのだ痛いのだ!」
続いてヴァズロックが現れた。穂乃香に耳を引っ張られながら……。
「騎刻亭下宿荘住人の掟その1。平熱維持と庭の草むしりは国民の義務!」
「そんな怪しい義務など聞いたことないのである。我が輩はこれからワラキアへ帰るのだ」
「はいはい」
輝の目の前を横切っていく、穂乃香とヴァズロック。
「帰らないと、夕べ、輝に切った見栄が台無しになるのだ。かっこ悪いのである!」
「はいはい。えらいえらい」
「穂乃香の悪いところは、人の話を聞かぬところなのだ」
二人は、呆然してと見つめている輝の眼前を通り過ぎた。
「第一、涙の別れがないと、空気的にアレである。身も蓋もないのだ!」
「はいはい、面白い面白い」
二人は表へと向かっている。
「だから、聞けといっているのだ!」
「輝! 早く朝ご飯食べときなさいよ!」
聞いちゃいねぇ……。
「えーと……」
目を点にしている輝。
「あ、輝様。おはようございます。長い付き合いになると思いますので、これからもよろしくお願いいたします」
ニコニコと笑って、荷物を二階へと運び直すアルテミシア。
「ま、掃除くらいならしてあげてもいいわよ」
和箒を気怠げに引きずるシータ。何かを期待した獣耳が輝に向いていた。
「あ、ありがとう、シータちゃん」
「だから、『ちゃん』づけはやめてよね!」
振り向かずに通り過ぎていくシータ。先日とくらべて、少しばかり短くなったスカートから覗いた尻尾の先が、左右に振れていた。
どうやら、ヴァズロックは騎刻亭から出て行けないらしい。
そして、彼の従者達も、出て行く気はさらさらないらしい。
「うーん!」
輝は、思いっきり伸びをした。白い朝日が、朝靄を蹴散らしていく。
「これから賑やかな毎日が始まりそうだ」
こうして、輝に新しい家族が増えたのであった。
おわり
これにて「黒マントの伯爵が日本へ上陸した早速、神々に喧嘩売った模様です。」一巻の終わりです。
短い間でしたが、私の我が侭にお付き合い願えまして、誠にありがとうございました。
結局何が書きたかったんでしょう?
よく解りません。
放尿プレイでない事だけは確かですw。
ではまた近いうちに別の作品で。




