19.闇と光
たとえ、陰の存在であるヴラドと同一であったとしても、所詮、転生体。
輝は、完全な陰ではない。まともに挑んでは、とうてい畝傍に敵わない。
輝が穂乃香のために出来ること。
それは、自分の、不完全なチカラを使って、夜空に散ったヴァズロックを召還することだった。
いつかヴァズロックが話してくれた宇宙開闢の話。
闇が光を産み、光が影を作る話。
ならば、陰の輝が陽のヴァズロックを蘇らせることができる。
チカラを溜めるだけ溜めて、光を創造する。
光を産み落とせる存在は闇のみ。
闇の輝だからこそ、光のヴァズロックを復活させられるのだ。
陰にして闇の空間が砕け散り、三人が放り出された。
輝を抱きかかえたヴァズロックが、春菜達の元へ降り立った。
「なんなんだお前ら? お前らの社には何が入ってるんだ!」
汗びっしょりの畝傍が叫ぶ。
穂村畝傍という社には、火気の精霊神が入っている。
沢口春菜という社には水気の精霊神が、歳星有希子という社には木気の精霊神がそれぞれ入っている。
ならば、ヴァズロックと輝という社には、何気の精霊神が入っているというのか?
「畝傍よ、その方、社である穂乃香を弱らせて、体を乗っ取るつもりであろう?」
「当然だ! 一つの社に、二つの精神は入らない」
チチチ、と指を振るヴァズロックと、それに何かムカツク畝傍。
「輝の前世であるヴラドは、八次深位の闇を受け入れ、逆支配した。自分の意識を保ちながら、闇の力を手に入れたのだ。我が輩はそれに習って、九次高位の光を支配したのだ。その方共とは正逆の手法による存在なのだ」
ヴァズロックは指の動きを止めた。
「我が輩から見れば、五行思想とは、人を中心に見据え、横方向に特化した思考なのだ。一方、その方から見て、唯一神を中心に見据えた我が輩らは、縦方向へ特化していると言えるのだ」
「悪魔と天使だとでも言うのか?」
畝傍の問いに、気怠げに首を振るヴァズロック。
「間違えてはいけない。偉大なる陰と、大いなる陽である。特性に違いはあれど品位に違いはないのだ」
再び眼前で、チチチ、と指を振るヴァズロック。
畝傍の目が血走り、髪が逆巻き、顔が朱に染まる。
「なめんじゃねえっ、ガキどもがっ! 荒魂、炎身鳳凰!」
怒り狂う畝傍が巨大な鳳凰に化身。上空へ舞い上がり、翼を広げる。
巨大な炎が翼を広げる。破壊と暴力の化身が全天を覆った。
ヴァズロックは、輝を春菜に向け、乱暴に放り投げる。
「なめているのはその方なのだ、鳥頭! ケルブ・アウリエル!」
光の翼を背に展開し、重力の鎖を断ち切るヴァズロック。三対六翼にして燃え上がるように輝く翼を展開しながら。
「伯爵!」
春菜を下敷きにした輝が叫ぶ。
「パーフェクトな我が輩に任せて、お子様はねんねしているのだ。輝」
チチチチチチと、いつもより多めに指を振るヴァズロック。
「我が友に感謝を!」
そして、ニヤリと笑った。
「ヒノエウマ!」
鳳凰畝傍の嘴が大きく開き、溶岩弾を噴きだした。
「サラマンドル」
ヴァズロックの左手に燃えさかる巨大な盾が現れ、畝傍の溶岩弾を受け止める。炎の盾に触れた溶岩弾は、昇華して消えた。
「ガキの分際でっ!」
鳳凰が消えた。残像も残さぬスピードで、ヴァズロックに向け降下していた。
激突の瞬間、ヴァズロックの姿が消えた。
ヴァズロックは上空へ、鳳凰がホバリングしていた空域へ、寸分違わぬ位置に出現した。これは嫌みである。
「イフリィト」
炎の柱が太剣となって出現。ヴァズロックの右手に収った。刀身のそこここから炎が枝分かれして吹き出す。
「光の姿を見ることを特別に許してくれるのだ!」
体に見合わぬほどの長剣をゆっくりと頭上に振りかざした。
そのキザったらしくて隙だらけの構えに向け、畝傍が吼える。
「俺様を誰だと思っているっ! 日本最古の炎、炎上の畝傍だぞっ!」
畝傍の叫び声と共に、巨大な鳳凰が突撃した。
ヴァズロックは、爆炎の盾で鳳凰を受け止める。
接触面で火球が膨れあがり爆発。
ヴァズロックは微動だにしない。押されたのは鳳凰だ。
「さらば。なのだ!」
体勢を崩した鳳凰に、ヴァズロックが火柱の剣を静かに振り下ろす。鳳凰の左肩から右翼の付け根までの炎が消えた。
畝傍がむき出しになる。今度は逆ハンドで炎の剣を振るった。逆袈裟に、荒れ狂う炎が火気の畝傍に叩きつけられる。
炎が風を起こし、風が炎となり、炎が光となり、畝傍がまとった鳳凰を吹き飛ばした。
たった二撃で鳳凰が消え去った。
むき出しになる畝傍。翼を持たぬ畝傍。信じられないという顔をし、背中から地上に落下。衝撃でできたクレーターに、体が沈む。
畝傍は何度も体を起こそうとして、その都度、絶望を体感した。体が動かない。
「畝傍よ、我が輩はその方に詫びなばならぬのだ」
炎の大剣の切っ先を畝傍へ向けるヴァズロック。陸に上がった鯉のように、口をパクパクさせている畝傍。
「この姿。実はまだ完全体ではないのだ。全力を出さす、失礼であった。もう少し、輝が強ければ完全体でお相手できたのだが、それもせんない事」
「ふっ、ふざけやがって!」
残った力を総動員して、体を起こす畝傍。僅かに顎が動いただけだった。
剣を構え直すヴァズロック。
「我が輩が強すぎたことを許すがよい!」
ヴァズロックの剣から生まれた火柱が、大地を割った。
それは、誰が見ても戦いに終わりを告げる報せであった。
「なぜ、……私は生きている?」
仰向けで大の字に寝ている畝傍。惚けたように呟く。
「輝がな、……その方を殺すなと所望したのだ」
元通り、黒いマントに身を包んだヴァズロック。
「なぜ、私は生きている?」
かろうじて首を動かせた畝傍。一つしかない目で、輝を睨んだ。
「畝傍さんには、子供が……大事な娘さんがいたんでしょ? 去年の春、交通事故で……」 全力で元通りに、上を向く畝傍。
「それは変ですね? わたくしたちは、何をしても子供は作れません。なぜなら、私たちは、生命の縁から外れた存在だからです」
歳星が安全な場所から口を挟んだ。
「なるほど、だからオメェは遠慮無しで男遊びが――」
春菜の首筋に重いチョップが振り下ろされる。白目を剥いて崩れ落ちる。
それを見て艶然と微笑む歳星であった。
「俺の……女の連れ子だ。あの子の母は、遠い昔に病で死んだ。そして、あの子も去年死んだ。俺の……たった一人の家族……」
畝傍の言葉はそこで詰まった。嗚咽が言葉を詰まらせたのだ。
「昨年の夏、うちの女生徒が交通事故で亡くなりました。轢き逃げで、犯人がまだ捕まっていないとか。たしか、穂村さんという……」
一年前の出来事だ。歳星の記憶に新しい。
「さっき、……悲しさもクソボウズに持って行かれた。悲しくないってのも、悲しいモンだ」
一筋、目から涙が流れる。火気の畝傍から水が流れる。
「話の腰を折って申し訳ありませんが、穂乃香ちゃんにかけられた三十一文字を教えていただけませんか? できれば穏便な方法で対処したいと思いますが」
ヴァズロックの後ろで、歳星が顔だけ出している。
「お願いです。穂乃香姉ちゃんを返してください!」
「命を助けられた代償に、輝の願いを聞くがよいのだ」
目を赤く光らせ凄むヴァズロック。
「いまさら争うつもりはない。穂乃香を社にするには、……俺には無理が多すぎる。出来心だったと言ったろう。教えてやるよ」
畝傍は目を固く閉じた。
「春過ぎて、夏来るらし白妙の、衣干したり天香具山」
皆の脳裏に青い空と緑の山と白い布が浮かんだ。それは、この場に相応しくない清々しい光景だった。
大きな月が、西の空に沈もうとしていた。
シータと合流し、六人となったメンバーは穂村組の豪奢な門扉をくぐって外へ出た。
結局、畝傍はそのまま捨て置いた。
「戦意を喪失した相手と戦うほど落ちぶれてはいないのだ」
ヴァズロックの一言ではないが、もう畝傍は驚異ではない。今は、言わずもがな無力。たとえ時間が経ち、チカラを回復したとしても、その頃には火気の天敵・水神春菜も復活していよう。
穂乃香はヴァズロックが背負っている。
込み入った話を余計にややこしくするタイプだからと、せっかく意識を取り戻したのに、ヴァズロックが催眠術で眠らされたのだ。
輝は、戦いが終わる前から震えていた。顔色も疲労の色が濃い。
誰の手も借りず一人で歩いていた。一人で歩けていた。
ふと見ると、後ろでシータが歩いている。春菜から借りたワンピースは、律儀にも破っていない。
いつもの無表情だが、顔の血色が悪い。無敵の人狼も、さすがに疲労したのだろう。
「シータちゃん、ありがとう」
お礼を言う輝。
「ちゃん付けは余計です。わたしは単にマイロードのお手伝いをしたまで。輝様の為に働いたのではありませんが、なにか?」
とりつく島のないシータ。いつにも増してぶっきらぼうだった。
「それでも、ありがとう」
シータは輝に礼を言われたが、どこ吹く風。輝の方を向いてもいない。
ただ、シータのワフワフした尻尾が、左右に揺れていただけだった。
我知らぬ顔で先頭を歩いていた春菜が、乗り捨てておいたバイクに取り付いている。
門前に止めてあるオフロードバイクのキーをオンにした。エンジン始動に向けて、サーボモーターが作動音を立てる。
「しかし、くだらねぇ。チョーくだらねぇ! 輝がドラキュラで、ヴァズロックが隣国の王様。さらに二人が幼馴染みだったとは」
春菜の言葉に刺はない。人外の者が持つ、独特な感性から来るのだろうか? 普通人扱いだ。恐れなど微塵もない。
「で、でも、僕、昔の記憶なんかもってないよ!」
輝の反応は違っていた。ドラキュラである自分の正体に恐れている。そのため、さっきから歯の根も合わないくらい震えていた。
「持ってなくて当たり前なのだ。ヴラドは、単に輝の前世に過ぎないのである。記憶や性質、ましてや品格など、受け継ぐ方がおかしいのだ」
紙のように白い顔色の輝。ふるえはまだ止まらない。
「ヴラド・ドラクル。つまりドラキュラの伝承は、ほとんどが政治的に誇張・改編されたものなのだ。当時の常識に当てはめれば、異常性など微塵もない。勇敢な我が輩の友なのだ」
友を思うヴァズロックの姿は、剛性そのものである。
「ブラドと……シュテファンと呼ばれていた我が輩は、子供の頃に約束していたのだ」
遠い目をするヴァズロック。
「一方が公位に付いたとき、もう一方が公位に付けるため全力で努力する。公位に付いた暁には、自国の繁栄のために如何なる努力も惜しまない。と。……だから我が輩は、先にワラキア公となっていたヴラドに助けてもらったのだ。彼の助けがあればこそ、我が輩はモルドバの大公になれたのだ」
厳しい目をして輝を見つめる、ヴァズロックことシュテファン。
「そして、我が輩はモルドバを守るため、ワラキアのヴラドと戦った。また、一度失脚したヴラドを再びワラキア公に押し上げたのも我が輩だ」
ヴァズロックは、シュテファンの顔で輝に話していた。二十七度戦って二十四度勝ったという大英雄シュテファン大公が昔話をしていた。
「我が戦友ヴラドは、ワラキア公になって間もなく謎の死を遂げた。後に我が輩は、ヴラドが人外の魔手から東欧諸国を、ひいては世界を守ろうとして、闇の力を手に入れた事を突きとめた。我が輩はヴラドの死の秘密を探り、結果としてこの力を手に入れた。そして我が輩は見せかけの死を演出し、歴史の表舞台から姿を隠したのだ。ヴラドの戦いを引き継ぐために!」
長い話は終わった。いや、それ以上話を続ける気はないらしい。
シュテファンの顔は、平和ボケしたヴァズロックの顔に戻っていた。
「アルテミシアはその時からの知り合いなのだ。ヴァズロックの戸籍を手に入れたのと、リュカオン族の生き残り、シータと出会ったのは、つい最近の事なのだ」
輝はうつむいてヴァズロックの説明に聞き入っていた。
ヴァズロックは、優しく輝に語りかける。
「先の約束を行使するため、はるばる日本へやってきたのだ。ヴラドの生まれ変わりであるそなたがピンチだと……ヴラドの転生体を探していたアルテミシアが、どこからか情報を取ってきたのだ」
――アルテミシアさん。僕をかばって、炎の中に消えたアルテミシアさん――。
輝の心が痛む。
「輝はヴラドではない。輝なのだ。ヴラドとは似ても似つかぬ臆病者なのだ」
ちちち、指を振るヴァズロック。
輝は心を見透かされた事に恥ずかしさを覚えた。
「その弱さは確かに別人なのだ。そして、……似ても似つかぬ優しい男なのだ」
一転、ヴァズロックが柔らかく笑う。輝はヴラドではないと言っている。
その心遣いに、輝はどう対処していいのかわからなかった。
「へっ! 馴れ合いやがって。これだからガキ共は! ケッ! 俺はこれで帰らせてもらうぜ。……秋菜が心配するからな」
うまいタイミングで、春菜が憎まれ口を叩きながらセルを押す。
エンジンに火がはいる。ご近所迷惑な甲高い音。車体を倒し込んでのマックスターン。
春菜は焼けたゴム臭とアスファルトのサインを残し、騒がしく走り去った。
神々に礼を言っておくのを忘れていた。
その事に思い至る輝。
せめて歳星に、と探すが、時既に遅し。とうに歳星の姿は消えていた。
「歳星有樹。最後まで、謎の女性だったのだ」
ヴァズロックですら、いついなくなったのか認識できていなかった。
「さて、騎刻亭へ凱旋するのだ!」
騎刻亭。アルテミシアのいない我が家、騎刻亭。
輝は、竜のメダルをポケットから出した。
「輝が悩むことはないのだ。全てアルテミシアの自発的行動なのだ」
ヴァズロックは寂しげに笑っている。
「そういえば、伯爵も同じの持っていたよね? そんなの持ってるからドラキュラと間違えられるんだよ!」
「あれは、まさしくドラキュラの紋章。つまり、前世のその方……ヴラドからもらった物なのだ。我が輩の宝物なのだぞ。ふふふふ」
ヴァズロックの脳天気な笑い声が聞こえる。その確かさが輝の支えとなっていた。
6/10誤字修正
なろうにおいて、
この程度の話数は短編に属するのでしょうか?
単行本1冊程度の文字数にこだわったのですが。
次話最終回「伯爵の家族」
「お帰りなさいませ!」
笑顔の……




