16.畝傍、語る
本館裏。黒いヴァズロックと赤い畝傍が、静かに向き合っていた。
「なにゆえ、我が輩が来日した時を狙って穂乃香に手を出したのだ? 五行神どもと戦って、共倒れになることを見越しての所行か? はたまた、事の次第全て、その方が仕組んだのか? だとしたら、その方、頭が切れると褒めてやるのだ」
畝傍が虚を突かれた顔をしている。そして、少し考え、照れ笑いをする。
「そこまで私を買ってくれなくていい。この件に関しては、計画性など微塵もないさ。お前のことも知らなかったし、あの時、あの場所に居たのもただの巡り合わせ。仕事の途中に通りがかっただけの偶然だ。いわゆる衝動的犯行ってやつだ」
畝傍は赤い髪に手を差し、指の腹で梳いた。
「ならば、悔い改めるがよい。今ならまだ間に合うのだ」
牧師のように、手を胸に当てるヴァズロック。
「吸血鬼に説教されるとは! なんともはや。長く生きてみるもんだ」
しみじみと言う畝傍。その姿、そこら辺にいる人生に疲れた中年の様。
「我が輩は吸血鬼では……グヌヌッ、何度言えば!」
「穂乃香ちゃんはあそこだ」
すごく面倒くさそうに、後ろを親指で指す畝傍。
白い小石を敷き詰めた敷地内に、小振りの木造建築物がある。
周囲に松明が燃えている。それが照明となって、建築物を幽玄な趣へと昇華させている。
磨き上げられた板葺きの床。その四方に柱が立って屋根を支えている。四方の内、三方に壁はない。
残りの一方、奥の壁には絵が描かれていた。巨大な老松の絵だった。
その絵の前に、穂乃香が寝かされていた。
さらに、向かって左手から、渡り廊下が延びている。先は小さな建物につづいていた。廊下沿いに若い松が、一定の間隔を開けて三本植えられている。
「まるで劇場なのだ」
ヴァズロックは知らなかった。
穂乃香の背にある壁が鏡板と呼ばれている事。彼が劇場のようだ、と言った板張りの下に、音響用の瓶が埋められている事。渡り廊下には、「橋掛かり」と言う名がついている事。三本の若松は、それぞれ一の松、二の松、三の松と呼ばれている事を。
「そう舞台だ。能舞台といってな、能という古典芸能を演じるステージだ」
畝傍は、不用心にもポケットに手を突っ込んだ。隙がうまれた。
「では、孫の顔を見るまで、一人で長生きしているがよい」
ヴァズロックの姿が揺れて消えた。幻の像を残し高速移動したのだ。
穂乃香が囚われている構造物に向かって、直線で移動する。
目の前を畝傍がふさいだ。ポケットに手を突っ込んだままだった。
妨害された。ヴァズロックを凌駕する速度。
「もうやっちゃった事だし。それに……」
また、赤毛をかきあげる。
「孫の顔は見られそうにないしな」
髪から離した手から炎が上がる。
「俺を殺すしかないか? でないと穂乃香ちゃんは助からんよ!」
「ほほう! それは話が早いのだ」
ヴァズロック、驚異的な垂直跳び。黒い翼が背から飛び出す。あくまで、穂乃香救出が最優先だった。
ヴァズロックの頭を押さえるように火の壁が発生。赤い雪崩となって崩れ落ちる。
「くっ!」
しかたなく、後方へ待避、そして着地。最初の立ち位置へ戻った。一歩も進めぬバズロック。
「年寄りの話は、目を見て落ち着いて聞くもんだよ」
畝傍が歩きながらゆっくり近づいてくる。いつの間に火を付けたのか、……畝傍は煙る煙草を口にくわえていた。
「問題は一つ。なぜかなわぬと知りながら、俺に戦いを挑むのか? ただでさえ、お前は木の精霊神の攻撃で弱体化している。だのに……」
言葉を切って、上手そうに煙草を呑む。
「だのに、俺の方といえば、『木生火』の理でブーストかかってんだぞ」
畝傍の呼気に紫の煙が混じる。煙はちりぢりに拡散していく。
「約束なのだ。片方が公位に就いたとき、もう片方が公位につくまでいかなる努力も惜しまない。公位についたら、公位を守るため如何なる努力も惜しまない。我が輩は戦うのだ!」
「おじさん、嫌いじゃないよ、そういう汗臭いの」
煙草のフィルターを噛みしだき、畝傍は楽しそうに笑った。
「陽気は昼の日。陰気は夜の月。火気は太陽。水気は太陰。木気は小陽。金気は小陰。土気はどちらでもあり、どちらでもない。昔の人はうまいこと言うねぇ?」
プカリと輪になった煙を吐き出す畝傍。
「一週間の説明は聞き飽きたのだ。陽は攻撃的。陰は受動的。物事を所属する性質により、横方向へ五つにカテゴライズした。それが五行陰陽説なのだ」
珍しくイラつくヴァズロック。どうにも畝傍を攻めあぐねている。
「我が輩の国では、光と闇で説明されているのだ。光は全てを与え、闇は全てを奪う。五行と違って、縦方向へカテゴライズされているのだ。例えば、光属性は十階層に分けられ、それ全てそろって神なのである」
ヴァズロックの説明に、ウンウンと頷く畝傍。また一つ、紫煙を輪にして吐く。
「光は全てを与える。命も、幸せも。そして、闇は全てを奪う。命も幸せも」
畝傍は、煙草を通して深呼吸した。
「炎は陽だ。光だ。なのに俺は何も与えられない。欲しい物は全て奪われる。だったら、失った物の一つくらい、力ずくで奪い返してもいいんじゃないかな? なあ、あんたなら理解してくれるよな、吸血鬼ドラキュラ伯爵?」
短くなった煙草の端からたゆたう薄煙。突然、強風がそれをなぎ払った。
「ヴラドという者の名誉のために言っておくが、彼は吸血鬼ではないのだ。そして、もう一つ……」
ヴァズロックのマントが風に孕む。翼のように風を拾って膨れあがる。
「ヴラド・ドラクリアは伯爵ではない、公爵なのだ!」
ヴァズロックの体からチカラがカタチとなって噴きだした。
闇ではない。光が噴きだした。
ヴァズロックの体が眩しく輝きだす。体のそこここから、光の柱が噴出する。
「おお、意外な変化! そうだ、そのくらいしてくれなくては!」
畝傍の体からも炎が吹き出す。炎は荒れ狂う龍のように畝傍の体にまといつく。
「終わらせてやるのだ!」ヴァズロックが光に包まれた。
「終わりにしたいね!」畝傍の全身が炎と化した。
眩い光球と、激しい火球がぶつかる。
光が炎を押し、炎が光を凌駕する。接触面がマーブル状に渦を巻き、両サイドから光の矢と炎の礫が飛び交う。
二つの球体は、大地をえぐりながら双子星のように回転。やがて宙に浮く。光と炎の渦が激しさを増し、接触面が細かい爆発を起こし始める。
お互い、爆発を圧縮しながら力ずくで押し合う。見る間に、二つの球体は一個の球体へ。左半球が白い爆光。右半球がオレンジの火炎。
球体から縦長のラグビーボール型に変形。微振動の後、大爆発を起こした。
爆風が、辺り一帯を蹂躙する。
かがり火が風圧で消え、台が倒れる。能舞台は爆風に耐えたが、板葺きの屋根に炎が上がった。
二つの発光体は、お互いに距離を取っていた。
一つは長い首と、長い尾羽を持つ赤い巨鳥。
一つは一対の翼を持つ白い人。
南の空に浮かぶ火の鳥と、北の空に浮かぶ翼を持つ人型。
「荒魂、(アラミタマ)赤化朱雀!」
赤い畝傍が火の鳥と化して、ホバリングしている。
「アーク・アウリエル!」
白いヴァズロックが、背に生やした光の翼で羽ばたいている。眩しく輝くのに羽の一つ一つまで、不思議と識別できる翼だ。
「お前、ホントにドラキュラか? まるで……」
「別人なのだ! ヴラドは我が輩の幼馴染みであり、敵であり、戦友だったのだ!」
白いビームと化して、朱雀に突っ込むヴァズロック。直線的な動きだが、マッハの領域を軽く突破するスピードに、対処できる存在など無い。
まともに受ける朱雀。怪鳥の鳴き声に似た衝突音がして、朱雀は大きく歪んだ。飛び散る火の粉が、抜け落ちた羽のようだ。
絡み合うヴァズロックと朱雀。
「それで?」
朱雀はその場を動いていない。のたうつことも、まして地に落ちることもなく、ヴァズロックを抱え込んで宙に浮いたままだ。
「終わりにしてくれるんじゃなかったのか?」
心底、残念そうな畝傍。悲しそうな顔をしていた。
音を立てて赤い羽が広がる。朱雀の胸筋が張り、ヴァズロックは勢いで跳ねとばさる。かろうじて着地するものの、片膝を付いて朱雀を見上げている。
「それは悪かったのだ。動物保護は貴族の嗜み。ついつい手を抜いてしまったのである」
片膝をつき、左胸を押さえるヴァズロック。ずいぶん苦しそうだ。
「受肉した天使とは、この程度のモノなのか? それとも怪我のせいかな?」
気持ち、萎れた感のする朱雀。羽もたたみ気味だ。
「我が輩は、エンジェルに乗っ取られたのではない」
地面から膝を引き剥がす。
「我が輩がエンジェルを乗っ取ったのだ!」
そして静かに立ち上がる。
ヴァズロックの背中に爆発的な光が顕現した。
背の翼が一対増え、二対、都合四枚の翼が広がった。
「ラァイトニング・ピストン・パンチ!」
今考えたような技名を叫んで、宙に舞うヴァズロック。
固体化した空気を砕く破壊音。亜光速に達するスピードを出す。見た目には光の柱がそそり建った様にしか見えない。
今度も朱雀の腹部に、まともに食い込んだ。衝撃で、長い首をうねらす朱雀。
うねった以外、なにも変化はない。
「我が輩の全力が利かないのだ!」
「スピードはすばらしいよ。だがそれだけだ。ティッシュを丸めてぶつけられても、そう痛いものではない」
朱雀が羽ばたく。
「お前には失望した。なにもかもが鬱陶しい。……今日はもう終わりにしよう」
ゆっくりとヴァズロックから離れる。
「火の兄」
太陽が出現した。
重たい光と、全てを透過する熱があらゆる物を焼こうとしていたのだった。
朱雀、白虎、玄武、青龍、これに黄龍を加えて五獣。
内、朱雀と玄武と青龍が揃いました。……たんに揃っただけですが。
次話「朱い太陽と漆黒の月」
「我が輩にはよく解らんが、……楽天的になったのはいつからなのだ?」




