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15.輝、走る!

「やっぱあいつドラキュラだった」


 ヴァズロックが出て行ってすぐ。春菜は銀のメダルを渡した。

 輝はすぐに意識を取り戻した。メダルを持った輝。春菜が言った意味が解らない。


「教えてやろう。そのメダルに描かれた『翼の生えたドラゴン』の紋章の意味。……歳星っておばさんに聞いたんだが」

 そこで嫌らしくニヤリと笑う春菜。こっそりおばさん扱いにするのが楽しかったらしい。


「あの紋章、ドラキュラ家の紋章だ。それをあのロボメイドが持ってたんだ。あのロボは、きっとドラキュラの花嫁だ。それにドラキュラは、人狼を従えるって相場が決まってらぁ。つーか、歳星のババァどこ行きやがった?」

 じっとメダルを見つめ続ける輝。春菜の説明を聞いているのかいないのか。目に涙を浮かべている。


「まあ、お前はここでじっと待ってろ。お前の姉ちゃんは、ドラキュラがカタをつけてくれるって。心配すんな! 第一、ただの人間である輝が一緒に行っても(なん)もできない。ドラキュラの足を引っ張るのがオチだ」

 春菜はそこで言葉を切り、ペットに口を付けて水を飲む。


「ドラキュラが駄目だったら、もう誰がヤッても駄目だ。だから、ドラキュラが口笛吹いて帰ってくることを信じて待ってるのがいいのさ。人を信じるって大事な……おい、どこへ行く!」

 輝は部屋を出ようとしていた。


「でも僕、行かなくちゃ! でないと、ずっと後悔したままになる気がするんだ!」

 輝がドアをくぐる。

「俺は行かないからな! 勝手にくたばりやがれ!」

「春菜お姉さん。いろいろとありがとう」

 にっこりと笑う輝。元気に頭を下げる。バカ毛が一本激しく揺れる。そしてドアが閉まり、輝は出て行った。


「ふん! どいつもこいつも! バカばっかり!」

 春菜は残った水を一気に飲み干し、空になったペットを乱暴に放り投げた。


 春菜の家を勢いに任せて飛び出した輝。玄関ドアを後ろにして一息つく。

 築十年は経つ建て売り住宅。新しいのか古いのか微妙な年数。

 狭い庭を見渡してみる。


 庭の隅に、ボロボロになった紫色のバイクが、ぽつんと立っていた。

 ゴツゴツとしたタイヤ。細幅の車体。鶴の嘴のように尖ったフロントフェンダー。

 割れたライトカウルは、ガムテープで補修されている。


 バイクを知らない輝でもわかることといえば、オフロードタイプというカテゴリーに属するバイクであるということ。春菜が家出に使っていたバイクであること。旅先で春菜の身に何かがあったか、このバイクだけが知っている、ということ。

 それと、……おそらくナンバープレートは外されていること。


 それだけオンボロだった。

 役目を終えた機械は物悲しい。見ているだけで寂しく辛い。


「僕の役目はまだ終わってない!」

 輝は走り出した。


 穂乃香姉ちゃんが囚われているあの場所へ。穂村組が居を構える山手の町へ。

 夜の闇に向かって、月の支配する空間に向かって走る輝。後悔しないために。


 ……さっそく、後悔が始まった。


 時間がないというのに体力もない。つまるところ、輝はマラソンが苦手だったのだ。

 マラソンだけではない。短距離も幅跳びも高跳びも懸垂も苦手だった。いわゆる世間一般に言われるところの、運動音痴的。

 自分はこんなにも無力なのか? だいたい、自分が何かの役に立つのだろうか? 

 ものすごい疑問と共に湧き上がる後悔の念。


 ヴァズロックはどうやってあんな能力を手に入れたのだろうか?

 今ここで、僕も手に入れることはできないのだろうか?

 穂乃香姉ちゃんを救えるのなら、全てを失ってもいい。だって――。


 だって、……なんだろう? 穂乃香姉ちゃんは僕の何だろう? 姉ちゃんにとって、血の繋がらない僕は何なのだろう?


 胸が苦しい。過度の運動で心臓が悲鳴を上げている。それだけではなかった。胸が苦しいのは。

 肉体じゃない。心が答えを求めてるのだ。答えを得られないばかりに、助けを求めているのだ。たぶん。……脳内物質か何かを大量に噴出させて。


 何を考えてるんだ僕は! 僕は……。


 だけど、力が足りない。欲しい、チカラが。畝傍に勝てるようなチカラが欲しい。

 せめて、ヴァズロックの盾になれるチカラが欲しい。


 突然、肩が勝手に跳ねた。続いて腹が跳ねた。胸まで跳ねた。

「なんだ?」

 立ち止まって観察してみる。原因は単純な事だった。心臓が跳ねているんだ。

 心臓が、あり得ないくらい高鳴っている。


 ドクンドクンと心臓が跳ねる。その振動が体を跳ねさせているのだ。

 こんな事は初めてだ。異常な現象だった。


「何で? 何で体が動かないんだ? ……お姉ちゃん!」

 意識が白くなってきたのは、激しい運動と緊張のせいだけではない。それは……。


 甲高い爆音が背後で聞こえた。

 振り向く輝。一個のライトが近づいてくる。

 紫色したオンボロのオフロードバイク――の、大胆にガムテープで補修したライトカウルだ。


 輝の横をすり抜け、後輪をロックさせて横向きに止まる。

 ちゃんとピンクのナンバープレートがついていた。


「輝、乗れ!」

 ミニスカートから覗く白い太股が眩しい。


「春菜さん!」

 鍔の長い、独特のヘルメットの中。春菜が、鉄馬の上から声を掛けた。


「お前のメットはないからな!」

 意気揚々とタンデムシートに跨る輝。

「これ生きてたんですね。産業廃棄物じゃなかったんですね!」

「それは、きついよ輝……もとい、振り落とされないよう、腰に手を回せ、こうだ!」

 春菜は輝の腕を取り、自らの腰に回す。


 輝は、腰に手を回せと言われたんだから! と、言い訳のようにして、春菜の細腰に手を回し、背中に密着する。

 途端に薫る甘い匂い。春菜の髪から発する良い匂いが、輝の鼻孔をくすぐる。


「チョー気合い入れていくぞ!」

 アクセルを開く春菜。ガソリンとオイルを混ぜた混合ガスが、気化器で空気と混合。二百ccにボアアップ(違法)されたシリンダー内で圧縮。同時にプラグより点火・爆発。

 水気である液状のガソリンが、燃える性質・木気の性質に変わった瞬間である。

 同じ気が合わさるとその気は強くなる。これを比和という。


 点火プラグによって発生した火気のチカラが、木気によって爆発的に巨大化する。

 一方が相手を助け強くする関係。これを「木生火」の相生という。


 強力な火気は熱と音に変わり、一部チャンバーで増幅されつつも、残りは排気ガスとして放出される。

 燃焼した排ガスは気体だが燃え残り。この場合、土気に属する。これを「火生土」という。

 木気から土気までの流れが、淀みなく一瞬で行われるのだ。


 回転計がレッドゾーンにリープする。四ストロークエンジンには真似できないレスポンス。甲高いエンジン音が、閑静な住宅街ではた迷惑に響く。

「ぅおらぁっ!」

 春菜、気合い一閃。スパッとクラッチを繋ぐ。


 後輪へ乱暴に伝えられたパワーが、一気に車重を凌駕した。

 フロントタイヤを高々と振り上げた二人乗りのバイクは、法定外速度で夜の町を駆け抜けていく。


 ピレリのブロックタイヤ(公道不可)が土をかき、道無き土手を駆け上がる。踏切の無い場所で線路を飛び越え、ラブホテルの駐車場を突っ切り、一通を逆走し、ドアミラーをハンドルでへし折りながら、停滞中の車群をすり抜ける。


 スピードメーターの指す位置は、常に高速道路走行クラス。タコメーターは、赤い数字群を指したまま戻ろうとしない。

 輝の腕や肩の関節が悲鳴を上げる。頭の中が真っ白になる。

 春菜の身を挺した無謀運転、……もとい、スパーなテクニックによって、ほぼ一直線で穂村組本拠のある山手の町へ進入できた。


 大幅に時間が短縮された。――輝の寿命も短縮された。


 広大な敷地を誇る山手の家々を横手に見ながら、町中をひた走り、これもまた、とんでもなく広くて古い造り酒屋の角を曲がると、穂村組の本拠が現れた。


 途端、春菜はリアブレーキをロック。アスファルトから発生する、焦げたゴムの煙と悲鳴。リアタイヤが着座位置を追い越して前に出る。

 きっちり真横になって紫のオフ車が止まった。


「コレは手間が省けた」

 ヘルメットのバイザーを跳ね上げる春菜。なぜか嬉しそうだ。

「な、なにが?」

 輝が動くたびに、手首と肘の関節が乾いた音を立てる。

  

「ほら、ザコ共が……」

 春菜が指さした先。荘厳な造りの門扉の前で、若い衆がのびていた。

「行くぞ、輝!」

 ヘルメットを乱暴にミラーへ引っかけて、バイクを離れる。


「春菜さん、鍵、鍵! 鍵取り忘れてる!」

「大丈夫だ。そいつには、水気の護陣が張られている。キー付けっぱでも盗られたことがない!」

 紫外線で劣化し、粉を噴いたシュラウドを見る輝。

「いや、それは違う! 大型ゴミと間違えられてるんだ!」などと輝は声に出さない。そこまで輝は恩知らずではない。


 二人は、巨大な大理石で出来た門扉をくぐった。


 山の手町を構成する山の相当面積が、穂村組本拠に割かれていた。斜面を利用して、そこここに堅固なコンクリート製建築物が点在している。

 コンクリ建造物は相互に干渉するべく、絶妙なバランスで配置されていた。


 職業柄、乱暴な敵が多い穂村組。内部の要塞化は必須。本殿を守る出城的存在なのだろう。惜しむらくは現在、その機能が死んでいることだ。

 人がゴミのように倒れている。


 手や足が変な方向に向いている者も幾人か。夜目にも黒光る銃器を持った者まで倒れ伏していた。

「な、なにこれ?」

 輝の足下に、真っ二つに折れた日本刀が転がっている。


「死んじゃいないな。気絶しているだけだ。首筋に咬み付いた後もない。吸血鬼め! エネルギー補給せんでどうするつもりだ? ……やっぱ、美少女からしか吸わんのか?」

 累々と横たわるゴツイ男共を見ている二人。同時に一方方向を見やる。

 山の方、屋敷の裏側。閃光に僅かに遅れ爆音が響き渡った。


「なに?」 

「どうやら間に合ったようだな。走るぞ輝!」

 無人の坂を駆け上がる輝と春菜。無人と言っては語弊がある。この辺りにも穂村組の構成員が倒れていた。


 動いている者も中にはいる。隅っちょで膝を抱えて震えている男が一人。竜の絵が入ったジャンパー姿の何とかいうチンピラ。見覚えがある。

 ヤスだ。昨日、騎刻亭で狼藉を働いた者。もうヤクザとして使い物にならない。

 すぐ側を輝が駆けているのに、全く気づく気配がないのだ。


「あの人、心が折れてしまったんだ」

 敵陣営の人間を心配しているわけではない。あの姿に、将来の自分を重ねたのだ。


「お前も心が折れそうなら無理せず早めに折った方が良い。楽になる」

 水神春菜。時々思い出したように鋭くなる。

 

「心が折れても、足の骨が折れてなきゃ走れる。腕の骨が折れてなきゃ、殴り合いができる。心は何度折れても、骨さえ折れなきゃ大丈夫だ! 毎朝、ちゃんと牛乳飲んでるからな!」

「そんなんでいいんですか?」

「俺なんて、何度心を折った事か。しかし、こうやって生きているんだ心配ない! なーに、心の一個や二個、折れたところで、地球の自転は止まりゃしねぇ!」

「そんな安いモンなんだったんですか、心って?」

 ブンブンと頭を上下して肯定する春菜。


「それに……」 

 喉に言葉を支えさす春菜。上手く伝えるために言葉を選んでいるようだ。

「何度も言うようだが、輝は戦おうとは思うな。戦う役目はドラキュラだ」

「伯爵が命がけで戦っているのに?」

「ガキに出る幕はない。むしろ足手まといだ」

 輝に反論は出来なかった。小学生の輝では、手も足も出ないだろう。


「が、輝でもドラキュラを援護する方法がある。それは、二人が戦っている隙に、こっそりと穂乃香を担いで逃げ出すことだ!」

 社である穂乃香が消えてしまえば、ヴァズロックも戦いから引き上げられる。


 時を稼いで春菜のチカラが回復すれば「水剋火」の理が示すとおり、水気の春菜が火気の畝傍に睨みを利かす事もできる。


「そうか、そんな戦い方もあったのか!」

「今の俺は、生まれたてのトイプードル並のチカラしか持っていない。期待はするな。しかし、トイプードルにはトイプードルなりの戦い方がある! そして俺は、そっちの方が得意だ!」

 春菜は聞いちゃいない。一人サムズアップして悦にいっている。


 二人は、本殿らしき豪華巨大な建造物を回り込んでいく。

 本殿真横。穂村組構成員が、ひときわ多く倒れていた。


「あっ!」

 叫んで輝が立ち止まる。


 壁を背にして、手足を投げ出すかのように座り込んでいる人影。

 首をかしげ、目を閉じていた。何かを考え込んでいるようにも見えるその姿。

 白い裸体をさらけ出している少女。髪から飛び出した獣耳が、力なく垂れていた。

 薄く口を開いたまま、動きを止めている。


「シータちゃん!」

 シータの片方の耳がピクリと反応した。

 良かった、生きている。

 駆け寄って抱き起こす輝。


 シータの背後から、長い尻尾がパタリとこぼれる。

 小さい体は想像以上に軽かった。そして、柔らかくて暖かい。

 微かに上下する小さい胸。確かに生きている。


「大丈夫? 怪我はない? シータちゃん!」

 今度は、はっきりと耳が動いた。

「わたしは人狼。……輝と同じ人類じゃない。そんな化け物に触れていいのか?」

 薄目を開けて、小さく呟くシータ。顔が泥と血で汚れている。


「何をいまさら。そんなことで驚くわけないだろ? しっかりしてよ!」

 袖で、顔についた汚れを落としてやる輝。


「シータちゃんは女の子なんだから、こんな事で綺麗な顔を汚しちゃ駄目だよ」

「気をつけなさい。それは男女差別発言です。自立する女に美醜は関係ない」

 シータの話は、輝を否定する内容である。ただ、尻尾が左右にゆっくり揺れている。


「わたしは単に疲れただけ。無敵の人狼は、人間相手の戦いで倒れはしない。マイロードと畝傍の戦いは始まったばかり。それと、囚われたままだけど、穂乃香様はまだ無事よ」

 後回しながら、穂乃香のことを報告するシータ。

「よかった、間に合ったんだ!」

 穂乃香の無事を知り、胸をなで下ろす輝。


「そんなことより、マイロードが、……今のマイロードでは、畝傍に勝てない」

 小刻みに震えながら、立ち上がっていくシータ。

 輝が手を貸した。シータは拒まない。


「シータちゃん。何をするつもり?」

「わたしはマイロードに加勢する。だから、輝は、今のうちに、……マイロードが立っていられる内に、穂乃香さんを!」 

 壁にもたれるようにしてシータは立ち上がった。壁に背を預けて立つが、息は荒い。


「輝、こっちだ。俺に考えがある。裏から回ろう!」

「でも、シータちゃんを置いていけないよ! あっ!」

 シータは輝を突き放した。


「わたしにも、プライドというものがある。人間に助けられたままで終わらない」

「早くしろ、輝! そんなションベン臭い犬っころ、放っておけ!」

「でも!」

 先に走り出した春菜と、シータの間で狼狽える輝。


「輝って、ほんと可愛いのね」

 クスクスと笑うシータ。 

 いきなりシータの顔が獣の形相を帯びた。目がつり上がり、口が耳元まで裂ける。そんな形相で、真っ直ぐ輝の目を見つめた。


「わたしに情けをかけるつもり? 咬み殺すわよ!」

 一歩下がったのが恐怖のせいでない、と言ったら嘘だろう。

 これはシータの脅しだ。輝は直感した。


 そして意味無く逆らった。

 輝の中の何かが、むくりと起き上がった。シータの変化に対する恐怖を押さえつけた。

 反論しようと口を開ける輝。


 だが、声は出なかった。出す時間がなかった。

 春菜が輝の後ろ襟をつかんで、引きずっていったのだ。

「ほらほら、予防接種してない野良犬に噛まれると、変な病気移されるぞ!」


 春菜は、輝を引っ張りながらシータを見ていた。シータも春菜の目を見た。「お前、バレバレなんだよ」と、春菜の目が言っていた。

 シータは「恩に着る」そう目で言っておいた。輝の目をもう一度見て、興味が失せたとばかりに、あらぬ方向を向いた。


 シータの尖った耳だけが、輝の方を向いていただけだった。  

バイクはY社のオフロードタイプ。2スト。


闇は全てを奪う。命も幸せも。

次話「畝傍、語る」

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