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14.討ち入り前夜

「ちょこまか動くな! こら! 輝! 治しづらいだろうが!」

「春菜さん、もういいよ、充分治ったよ!」

「普通の人間は、傷からの化膿が心配なのだ。消毒するにしても時間がかかるのだ」


 ここは春菜の部屋。公園とは駅を挟んで反対側にある住宅街の一角。沢口家の二階だ。ちなみに、廊下の向かい側が秋菜の部屋である。

 畝傍の爆発で体中に傷を負った輝。ヴァズロックの見守る中、春菜の怪しい治療を受けているところだ。


 輝の背中を撫でるか撫でないかギリギリのところで、春菜が手を這わせていた。

 春菜が手をかざすと、皮膚が綺麗に再生していく。


「マイロード、準備できました」

 シータが収まり悪そうに服を直している。

 輝と背中合わせになる位置で、シータが着替えていたのだ。


 春菜から借りた縞模様のワンピース。春菜が身につければ、際どいミニになるのだが、……そこは二人の身長差。十歳児のシータが着てみれば、膝下のセミロングになっていた。

 髪押さえとロングスカートを無くしたシータ。頭頂には尖った狼耳。スカート下から、フサフサした長い尻尾が垂れている。


「おもしれぇ格好じゃねぇか、犬っころ。それってムウムウ? つーか、貫頭衣? まあ、ダブついたところはベルトで締めときゃ、夜目にはわかんねぇさ。しかし超ダセー!」

 春菜の悪態にも、シータは無表情を保っていた。


 輝は、シータの頭頂部を見る。柔らかそうな毛に覆われた耳がピクピクしている。どうやら見た目とは違い、ご機嫌斜めのようだ。


「いやいや、シータちゃん。それはそれで、なかなか可愛いよ。うん。僕が保証するよ」

 慌ててフォローに回る輝。……輝がフォローに回る責任はないのだが。

「大丈夫大丈夫!」

 春菜の治療から逃げる口実を見つけた輝。

 ポンポンとシータの肩を叩いて、ほっぺと首を掌ですりあげる。


 突然のスキンシップに、シータの顔が真っ赤になる。

「子供扱いしないでください」

 シータは、嫌そうな顔をして輝を押しのけた。尻尾がワサワサと左右に揺れてる。

 それを見たヴァズロックと春菜が、にやり笑っている。


「では、もう行くのだ。輝はここでおとなしく待っているのだ」

「何言ってんだよ! 僕も一緒に穂乃香姉ちゃんを助けに――」

「輝よ!」

 ヴァズロックは、輝の科白を強制的に遮った。


「その方、我が輩が何者かは聞かぬのか?」

 青い目で輝の眼を覗き込むヴァズロック。いつになく真剣だ。

「は、伯爵は伯爵で……」

 うつむきながら言葉を考える輝。


 どう言えばいいのか? 輝は自分の混沌とした気持ちを形にまとめようと努力した。

 輝は、頭の中で状況を整理する。

 ヴァズロックは、心臓に杭が刺さっても死なない不死の存在だ。シータが人狼化したのを目の当たりにしている。この二人、人間でないことは火を見るよりも明らか。

 しかし、悪い人でないのも揺るがしがたい事実。


 だけど……、でも……。


 理屈で答えは出て来ない。感情が攻め喘ぐ。思考の堂々巡り。

 輝は、理知的な考え方がめんどくさくなってきた。だから考え方を変えてみた。


 シンプルに考えよう。一番大切な問題は、いったい何なのか? 

 そう考えると、目の前に新しい道が現れた。

 一緒に居て欲しいか、居て欲しくないか。それが輝の素直な気持ちだった。

 普通の存在なのか、異常な存在なのか? そんなこと、輝にとって二の次の事柄だ。


 一番大切なのは……。 

 答えは……。


 輝は顔を上げた。

「人間でも、人間以外でも、伯爵は伯爵だし、シータちゃんはシータちゃんだろ?」

 気負わず答える輝。答えを出すのは、とても簡単だったのだ。


 ヴァズロックの目が丸くなっていた。口も富士山型に変形していた。驚きの表情だ。

 そして、……尖った表情が、徐々に柔らかくなっていく。

「輝。その方、実に単純な男なのだ」

「じゃあ!」

 ヴァズロックの口元に、フと笑みが浮かぶ。


「輝はここで待っているのだ!」

 ヴァズロックの目が赤く輝いた。彼の強制力の前に、普通の人間である輝は太刀打ちできない。目から光が消え、腑抜けたように尻餅をつく。


「わかるな? 輝。その方は、ここで、おとなしく、いい知らせを、待っている、のだ」

 ヴァズロックは輝に言い聞かせるように、言葉を紡ぎながら肩を抱き、椅子に座らせた。ベッドに敷かれていたタオルケットを優しく掛けてやる。


「吸血鬼が不死身ってェのは、本当だったんだな」

 幾分、顔に血色を取り戻した春菜。ふてぶてしく笑っている。

「我が輩は吸血鬼では……もうよい。面倒くさくなってきた」


「炎の畝傍は古い。人が言葉を持つかどうかの昔に降臨した火気の精霊神だ」

 春菜は、椅子に座ってあらぬ方を向いている輝を覗っている。


「基本的に、この国の精霊神は、古ければ古いほど強力な存在といわれている。『土剋水』の理で、水神である俺は土気を天敵とする。が、過去に、若い土気の精霊神を軽くブチのめしたこともある。それは、ひとえに、俺様がチョー古くて偉い神であるからだ」

 春菜は、輝に掛けてあるタオルケットを裸足で悪戯している。


「有樹と戦ってから、我が輩も少しばかり五行思想を囓ったのだ。『水剋火』の理で、畝傍は水であるその方を天敵とするのではないのか?」

 春菜が悪戯したタオルケットを元に戻すヴァズロック。


「普段の俺だったらな! 今は駄目だ。若い土気と戦ったときや――」

 春菜は器用に、足の親指と人差し指で輝のタオルケットを摘んで、ずらしていく。

「さっき人狼と戦った時は、津波のような力を持っていた。ところが、だ。今は消耗しすぎている。いいトコ水鉄砲だ。水鉄砲で原子力発電所群に挑むようなモノ。チカラの回復に半日は必要だ。それでは遅い」


 ヴァズロックは、春菜が摘んでいるタオルの対角線をつかんで引っ張り直す。

「何が遅いのだ? 回復してから挑めばよいのだ」


 春菜は、タオルケットを足の指でつかんだまま、ヴァズロックを正面から見据える。

「歳星な。……アレも古い木の神だ。社も古い。もうとっくに耐用年数が過ぎている。俺が『水生木』の理で、チカラを付与してやったから、あの年齢を保っていられるんだ。さもなきゃ、シワシワのクソ婆だぜ」

「答えになっていないのだ」

 ヴァズロックもタオルケットをつかんで離さない。引っ張り合いになりつつあった。


「つまりよ、歳星は、今入っている古い社、……つまり、今のカラダを捨てて、新しい社を探しているワケだ。その社候補が秋菜だったってワケだ。ちょっと前の話。俺様と一戦、……もとい、話し合いの上、水気のチカラを貸与してケリを付けたってワケだ」

「回りくどい言い方をせず、直球を投げてくるのだ」

 ヴァズロックと春菜。引っ張るタオルケットに力がこもる。


「俺が春菜を社にできたことから、妹である秋菜も社の適正に優れている。歳星はそこを狙ったわけだ」

「嫌な予感がするのだ」

 タオルケットは、輝の体を離れ、とうとう宙に浮いてしまった。


「森羅万象二極一対。まず、大きなくくりとして陽気と陰気の二つがある。それぞれに属する、または混在する形で、水・木・火・土・金の五気五行が存在。それぞれ独自の性質を持っている」

「知っているのだ。陽は昼の太陽に。陰は夜の月に代表されるのだ。そしてそれを並べると一週間を表す、日月火水木金土になるのだ」

 タオルケットは、使用者である輝の意思を無視し、綱引きのロープと化す。


「一口に社と言っても、どんな人間でも神を受け入れ可能なわけじゃない。そこは、それぞれ適正がある。共通した事項は、心が弱いということだ」

 互いに譲らぬ二人。

 タオルケットの中心が、ミシミシと音を立て始める。


「社の肉体は簡単に支配できる。各精霊神の物質本体が、社の肉体と混じり合うのはたやすい。問題は精神。ヘタに心が強いのを選んじまうと共倒れになる。拒絶反応を起こして互いに弾け飛んでしまう」

 パワーバランスがとれたのか、綱引きは膠着状態に陥った。


「俺が見たところ、穂乃香の心は人一倍モロい。あの子は強がりの仮面を被ることで、弱い心を守っている。どうだ、吸血鬼。思い当たるフシがあるだろう?」

「確かに、輝に対して怯えが見られるのだ。一息に姉妹の関係を乗り越えたいが、失敗すると姉妹の関係すら危うくなる。それを穂乃香は恐れているのだーっ!」

 ヴァズロックの隙を狙って春菜がタオルを引いた。体勢が崩れるヴァズロック。


「なるほど、穂乃香お姉ちゃんってばショタなんだ。母性本能くすぐるタイプに弱いんだ!」

 足を動かしてはいけないというルールはない。バズロックは一歩踏み出すことで堪え、逆襲に出た。

「畝傍は男なのだ。それなのに女の体を狙うのか? しかも十二歳の。変態なのだ。ロリーターコンプレックス根絶である。男の風上にも置けないヤツなのだ!」

 パワーバランスは再び拮抗した。


「ふんっ! 五行精霊神に性別など無い。ちなみに、俺は、……春菜の前は、男の社持ちだった。去年、オリジナル春菜が、バイクで家出中に俺と知り合ったんだ。あいつは最低につまんないウソ女だった。言っておくが、協議の上、社をもらい受けたんだからな!」


「そ、それでは……」

 タオルケットは紐状になって耐えていた。

「以上の事柄から推測して、畝傍は穂乃香を社に選んだ。そして今頃はハぁーっ!」

 ヴァズロックがタオルケットをいきなり離した。もんどりうってひっくり返る春菜。


「こうしてはおれないのである。一刻も早く穂乃香を救いに行くのだ」

 ヴァズロックの目に赤い光が灯る。B型マイペースのヴァズロックが慌てている。


「やめとけって。五行五気の中でも、火気は最強の破壊力を誇る。加えて陽の極点だ。太陽か太陰でなきゃ戦うこともままならねぇ。それでなくとも、その怪我だ。ドラキュラといえど、滅ぼされて跡形も残らねえぞ」

 すっと目を閉じるヴァズロック。次に開いたとき、ヴァズロックの瞳から赤みと気負いが消えていた。

「まだ間に合うのだ。遅すぎるということはない」


「てめぇ、……輝との間に何があるんだ? 付き合いはここ一日二日の話だろうが?」

 蒼い微笑を浮かべるヴァズロック。

「どうやらこの国の神々と我が輩達の間には、時間と空間の感覚に違いが観られるのだ」

 ヴァズロックは、指を振って何もない空間から、深紅の薔薇を一輪取り出した。


 空を切る小さい音を立て、薔薇は春菜の手に渡っていた。

「うわぁぁぁっ、こいつムカツクーっ!」

 震える手で薔薇を投げ捨てる春菜を尻目に、口元だけにシニカルな笑みを浮かべるヴァズロック。


 ヴァズロックが、逆袈裟に腕を振り上げると、漆黒のマントが空中に現れた。マントは落下しながら彼の体を覆う。

 襟が高くて尖ったマント。軽くて重い。艶があるのにマット感覚。ヴァズロックは意のままに漆黒のマントを操る。


「森羅万象二極一対。光と闇、太陽と月、男と女。相剋でありながら相生。戦い合いながらも、助け合う。……よくわかるのだ。いや、わかったのだ!」

「二人ともうるさいわね! とっとと行ってとっととケリつければいいんでしょ? 不死身の人狼が介抱された屈辱をここで晴らしてくれるわ!」

 怒声と共に、シータが二人に割ってはいる。

 顔の表情はいつもの無表情。氷のように冷たい横顔。

 ワンピースから長い尻尾が、怒りで小刻みに振られている。獣の耳が、頭頂で神経質に震えている。


「いや、悪かったのだ。色々相談していて、つい大声を上げてしまったのである」

 虚を突かれ、弱腰になる伯爵ヴァズロック。


「春菜よ、これを託すのだ。輝に渡してやって欲しいのだ」

 言うやいなや、小さい円盤を放り投げるヴァズロック。

「なに?」

 春菜は、わたわたと両手で受け取り、物を確かめる。


「それはアルテミシアの物。家紋の彫り込まれたメダルなのだ。輝が持つのが相応しいのだ。ちなみに、我が輩もお揃いで持っているのだ」

 胸ポケットから、古いメダルを取り出すヴァズロック。鈍い銀光を放つ小さなメダルには、蝙蝠の羽が生えたドラゴンが描かれていた。


「これは?」

「ふっふっふっ。ナイショなのだ」

 マントを翻し、回れ右をするヴァズロック。 

「水神春菜よ、いろいろ世話になった」

 シータが後ろに、主の影を踏まずについていた。

「秋菜によろしく言っておいてほしいのだ」


 人工の明かりの下を抜ける影。闇色のヴァズロックが動き出したのだった。

反撃開始です。

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