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11.水魔水竜

 堅い物同士がぶつかる音。派手に甲高い音を立て、ジャングルジムがひしゃげる。


 堅い物がぶつかる音を立てて――。

 ……シータの体が持ち上がる。


「今のは痛かった」

 むっくりと、体をジャングルジムから起こす春菜。シータの足首と臑をつかんで、重機の様にリフトアップしていた。

 シータの顔に浮かぶ驚きの表情。


「ダーッ!」

 気合い一閃。

 春菜は、腕力だけで人狼の巨体を放り投げられた。

 春菜の腕は、何かに覆われていた。いや、腕だけではなく、肩や胸、腹や足までも硬質の鎧で覆われていた。


「荒魂。(あらみたま)甲殻装甲!」

 ギチギチと音を立て、肩や腕の装甲から棘が生えてくる。


「俺は海老や亀といった甲殻類を従える者だ。装甲は毛皮よりチョー厚いぜ」

 三白眼で凄む春菜。各部の突起は鋭く長くなり、スパイクと呼べるまでに成長していた。


 春菜の髪が絡みながらうねり、キチン質のヘルメットを作っていく。

 長い触覚を持つ伊勢エビを彷彿させるデザインの頭部装甲。春菜は変化を完了した。

 鎧と再生力、そして人狼に匹敵する怪力。だてに水神を名乗っていない。


 四たび、シータが吼えた。高音域から低音域へと変化する音波砲だ。

 春菜に、不可視の刃と鉄槌が容赦なく襲いかかる。

 襲いかかったはずなのだが、……春菜の周囲に砂埃があがっただけ。


「塩素の入った水道水ってのが気になるところだが、いい水の音だ」

 壊れた水道管から暴れ出る水の音を耳を澄ませて聞いている春菜。シータの必殺の技を全く意に止めていない。

 シータの攻撃は、キチン質の鎧を通すことはできなかった。

 

「さて、ガチでいこうか!」

 肩をぐりぐり回す春菜。

「ふん、そうでなくては面白くないわ」

 シータは肉食獣特有の鋭い歯並びを見せ、シニカルに笑った。


 しかしシータは攻撃を手控えている。迂闊に手が出せないのだ。


「五行を語る上で、疑問があるの。なんで金気が水気を産むの? 冷えた金属表面に水滴ができるからかしら?」

 打つ手を思いつかないシータ。時間稼ぎに出る。

 

「間違いではないが、そいつぁ効率が超悪りぃな」

 シータの打った一手に春菜が乗った。出来の良い生徒を前に、嬉しそうに語り出す。


「四大元素説とちがって、人間の間で語られる五行とは、物ではなく性質を語るものだ。ほら『行』って言うだろ? 金気とは金属だけを指すものじゃない。簡単に言えば、加工・変形可能な物質と、堅い物質を指している。金属だけでなく岩も金気だ。その事をふまえて――」

 言いながら、ジリジリと間合いを詰めてくる春菜。詰められた分後退するシータ。


「ちゃんと聞いてねぇだろ? まあいい。山奥の川の源泉へ行ってみな。たいがい岩の隙間から、綺麗な水が湧き出ているから」

 シータは、春菜に隙を見いだせないでいる。春菜の説明から、ヒントは得られなかったようだ。シータとしては攻略の足がかりを見つけるため、もう少し時間が欲しいところだ。


「も一つ。なぜわたしは金気なのか?」

 シータは春菜に追い詰められないように、左方向へ移動した。 

「お前が、と言うより、毛虫(けちゆう)がだな。つまり毛の生えた生き物。いわば獣は金気の眷属って事だ。そうそう! 金属の特徴である変形な。お前そのものじゃないか!」

「なるほど」

 口だけで答えているシータ。頭は別のことを考えている。シータの脳細胞は出力全開で春菜への対処法を考えている。壊れた蛇口から吹き出す水の音が耳障りだった。


 シータは、独り言のように語り出した。

「水と言えば、甲殻類って海老や蟹の事よね? 海老や蟹の殻は固いけど、ヒビが入るとあとは脆い。一点集中で殻さえ割れれば、あるいは……」

 金色の瞳で春菜を睨み付けるシータ。指先を伸ばして揃えた。


 タガネのような爪を持つ人狼シータ。あの爪で一点集中で圧力を加えれば、春菜の装甲を貫いて、柔らかい肉に届くだろう。現にシータの手刀は、ジュラルミンの盾をも貫く。

 あとは飛びかかるタイミングだけ。


 それを見計らったように、春菜が動きを止め、笑みを見せた。

「そろそろいいだろう。どれ、面白いものを見せてやろう」

 春菜の目が澄んだ青い光を放った。途端、水音がひときわ大きくなる。

 時間稼ぎしていたのはシータだけではなかったのだ。


「召還! 水魔水竜! 出てきやがれっ!」

 春菜が叫ぶ。


 轟と音を立て、シータの足下を銀色の竜が駆け抜け、春菜に向かって突進していく。

 それは水の流れだった。

 シータの足下だけではない。公園の四方八方から、銀色に光る水の流れが、春菜めがけて突っ込んでいく。


 水の竜達は春菜にぶつかる直前に、向きを変え、春菜中心に円を描き始める。


「ふん!」

 シータは嫌な顔をした。春菜が水竜をコントロールする様が嫌みったらしくて気に入らないようだ。


 もっと早く円運動に移らせてもいいはずだが、ギリギリぶつかる直前まで、わざとコントロールしなかった。シータはそこに、この技に対する円熟の匂いを嗅ぎつけたようだ。

 いったいどれだけの水が寄り集まったのだろうか?

 水竜達は渦を巻きながら合体して太くなっていく。今の水竜達は回転する水の壁といえよう。


 水の壁を透かして見る春菜の姿がぼんやりとしか見えない。

 これは距離感が狂いそうだ。

 そしてこの高速回転する水の壁。人狼のパワーをもってしても、正面突破は難しそうだ。

 壁の向こうで、春菜の笑みが歪んだ。


 金属をこすり合わせるような声がした。竜の咆吼だ。

 水の一部が突出して竜の顔となり、顎門を大きく開け、シータに向けて吼えたのだ。


 水魔水竜。


 シータが手をこまねいている内に春菜の水竜は召還、完成されたのだ。


「来る!」

 あの口に生えている牙は水。ただし、常識を外れた水の化け物だ。柔らかくはないだろう。だが、鋼鉄までも堅くはなかろう。


 シータは敵の攻撃内容を理解していた。目的は彼女を飲み込むことだ。

 飲み込み、高速で回転する胴へ送り込む。そこで、洗濯機のように水中で翻弄。高圧で体をバラバラにするか、溺死させるか。

 春菜の自由というわけだ。


 案の定、水魔水竜のギザギザした巨大な口が、シータに襲いかかる。

「動きが鈍い!」

 水魔水竜の巨大な頭部は、巨大故の重い動きだった。シータの方が機敏に動ける。


 先手を取られたのは過去のことだ。自分のスピードを最大限に生かし、いかにして水魔水竜という分厚い壁を避けながら春菜本体を攻撃するか。シータは、それだけを考えればよいはずだった。

 シータは水魔水竜の一見堅そうな牙列を避けようとして、斜め後ろに飛んだ。敵の攻撃力が解らぬ以上、常識的な判断だ。


 そして、それが間違いだった。


 シータが宙に躍った途端、水魔水竜の口が、投網のように広がった!

 広範囲に広がった投網が、シータを絡め取り飲み込んだ。


 すごく簡単に。無造作に。


 鳥類にすれば不可解な話だが、羽のない生物は、空中で姿勢を制御できない。

 シータは必死に手足を動かし、水中を泳ごうとした。だが、水魔水竜の体内は、暴力的な水圧と激しい流れでできていた。人狼のパワーでも手足が思うように動かない。

 努力の甲斐もなく、水竜の口から首をあっさり通過。高速回転する胴へと流れていった。


「水は変幻自在。姿形はどうとでも変えられることは知ってるはずなのに! 想像にたやすいカタチを真似ていれば、実によく引っかかってくれる。常識ある大人って大好きさ!」

 水中で激しく暴れる人狼。体内に取り込んだ酸素を無駄に消費する。

 まもなくシータは窒息するだろう。溺れ死ぬのだ。


「ちょっと、そこのお姉さん! あなたが強いのはわかったわ! あなたの勝ちよ。だから、シータを放しなさい!」

 穂乃香が春菜に詰め寄ろうとした。あわてて羽交い締めにする輝。二大怪獣大決戦の体をなす戦場に立ち入って、普通の人間が無事にすむはずない。


「放しなさい輝! ちょっとおばさん! わたしの話、聞いてる?」

 春菜に穂乃香の声は届かない。届いているのだろうが、聞いちゃいない。目前の敵との戦いに精神を集中させている。


「うわっはっはっ! どうだ犬っころ? そう落ち込むこたァねえ。テメエの詰めが甘いんじゃない。俺が一枚も二枚も上だっただけだ。こちとら伊達に神代の時代から生きちゃいねぇ。危ない場を踏んだ数は、テメエの比じゃねぇってことだ!」

 春菜の人格は完全に水神のものとなっている。春菜の乱暴な言葉遣いは、水神の性格が反映されたものだったらしい。


「お姉さんの中の水の神様の人! ちょっと! 聞きなさいよ! 人とは目を見ながら会話しなさいって学校で教わらなかった?」

 輝の腕の中で暴れる穂乃香。たとえ子供といえど、そこは男女の差。造りが華奢な穂乃香を輝が押さえ込んでいる。腕力で穂乃香に勝っているのだ。輝はその事に気づかない。


「そんな(けが)れた祟り神に育てた覚えはないわよ!」

「姉ちゃんが育てたんじゃなくて……まてよ?」

 暴れる穂乃香を押さえながら、輝には思いつくことがあった。


 思いつくと言うより、嫌な予感に近い。

 祟り神に(けが)れ神。穢れを払う。穢れる。

 今のシータが水神を……。つまり……。


「いや、それはない。ないない。でも、それしか方法が……、いや、やっぱないない!」

 額に汗しながら右斜め上に視線が泳ぐ輝。そしてシータを目で捉える。

 おとなしくなったたシータ。こちらを見ている。一瞬、輝と目があった。


 シータが力なく笑った。そして、目を閉じた。

「まさか、シータは僕と同じ事を……」

 成り行きで春菜に視線を移す輝。

 春菜は、おかしくて仕方ないらしい。両手を夜空に突き上げて笑っていた。


「あはははははっ……はっはっはっ……は?」

 春菜の笑い声がおかしな具合に止まった。そしておかしな具合に唇をねじ曲げていた。

 ゆっくりと春菜の手が下がり、表情も怒りへと変化する。


「ヤリやがったな!」

 シータは答えない。既に意識がなくなっていたのだ。


「やっぱり……」

 輝はソレを信じたくなかった。

 死にものぐるいで考えたシータの攻撃。水神春菜にとって、とんでもないダメージだった事がその表情から見て取れた。


 獣である狼が水を汚すこと。つまり――。

「てめえっ! なにションベン垂れてんだぁーっ!」

 ――と、春菜が言った。


「ああっ!」

 輝は頭を抱え、シータから目をそらした。

 山中で川以外に存在する小さな清水。地中より湧き出す水は清らかだ。しかし、露出して流れている水を飲んではいけない。


 なぜなら、上流で猪や熊や、そして狼が糞尿を垂れているかもしれないからだ。


「チクショウ!」 

 畜生呼ばわりされた狼こそ、どう答えてよいか悩むところだろうが、春菜は暴発した。

 自分の分身。自分自身でもある水魔水竜が穢されたのだ。


 春菜は水魔水竜を爆発させた。

 春菜を起点として、大量の水が横方向へと、凹面鏡のように爆散した。


「危ないっ!」

 そう叫んだのは穂乃香。

「汚なっ!」

 そう叫んだのは輝。


逃げる間もなく、二人を襲う水の爆幕。二人は、空中へと舞いあげられた。

 上下感覚を無くして宙を飛ぶ輝。草むらが近づいてくる。いや、輝が草むらに落下しているのか?


 輝は、体の前面に衝撃を感じる間もなく、背中に穂乃香の落下エネルギーを感じ取った。


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