直感探偵・裏-2
「ただいまぁ……」
部屋に戻れば、見事に数時間が経っている。先に温泉に入ってて本当に良かった。石鹸の香りがする爽やか少年(大)がウリなんで。
さてはて、あのバカは何処にいるやら。
純和風な部屋を見回して、そこで寝転がって譜面を睨んでいる後輩を見つけ政彦は蹴りを入れた。
つぶれる様な聞き難い声が出て後輩は障子に突っ込む。ぐおおだとかうめき声をあげて、涙目の顔を上げた。
「何するんですか……!」
「誰の所為でこんな遅くまで捕まってたとおもってんだ、オイ」
「えっ……俺の所為ですか」
抱え込まれた紙束を見て、内心舌打ちをする。
譜面だけは死守したらしい。こいつの音楽に対する愛は異常だ。いや、そこがまあ良いところでもあるんだが。
もぞもぞと億劫そうに体を起こした後輩が正座する。政彦はその場に胡坐をかいて、差し出された湯呑を手に取った。ちょっと動きが芋虫みたいだったとは口に出さなかった。
「っつうかなぁ、おまえ。それ本当にどうにかしてくんない……?」
「どれですか?」
白々しい! いや、しかし本当に分からないらしい。無自覚かこの馬鹿。
殴りそうになった手を必死に抑えて、政彦はひきつった笑いを浮かべてみせた。
「お前の、その、トラブルを引き寄せる体質だよ!! 毎回毎回どっか行くたび事件引き寄せやがって。しかも大体殺人事件なんですけど。おまえ、おかげで刑事と世間話できる位の仲になっちまったよ! なんなのお前……そのくせ……ほら、頭悪いじゃん……?」
「余計な御世話だ!! 先輩だってそうじゃないですか、なんだその本気で憐れむ様な顔!」
「お前よりか良いよ。……あっごめん」
「おい!! ……おい!」
さっきの騒音で怒られそうなのに、またこんな叫んで。
「コラッこんな夜中に騒いだら駄目だろ。興奮するんじゃないの。しー」
「……っ」
わなわな震える後輩を見て、政彦は小さくうなずいた。ちょっとすっきりしたぞ。からかい甲斐がある奴は楽しいよな……。ユイがちょっかい出すのもわかる。
さて、お遊びはここらで終わり。本題は、これから。
「コハ、あいつの居場所わかったぞ」
言ったとたんばっと顔を上げた後輩に、こいつも大概だと小さく笑った。
「えっ本当ですか? 福島とか?」
おいおい、目が輝いてるぜ。いやか、本当に馬鹿で可愛い奴だ。こう、ちょっとひねくれててやさぐれてるところがこいつの可愛いところなんだよな。
……いや、待て。コイツ今なんつった?
「オイ」
「え、何……いだァ!?」
目の前の頭を引っ掴んで覗きこむ。アングル? んなもん今関係ねえよ。後輩たらしこんでどうすんだ。
「お前、今なんつった?」
「今!? 今……俺、なんて言いました?」
「それを聞いてんだよオイ。……福島? お前、福島って、何でそう思うんだよオイ」
「え」
痛みに耐えながら、必死に目をそらされる。えっと、その、なんて曖昧な言葉ばかりが返されて、政彦は笑った。
コイツ……知ってやがったのか!
「琥珀君」
「ハイっすいません! このあいだ部長からメールが来て、その、福島と言ったら? とか聞かれたんで……」
「ほう……何で言わなかった? ん? ここに来た意味あったかオイ」
「いや、先輩もちょっと殴り癖が無くなりましたし作曲もはかど……い、いたぁあああいっ」
「よーしよしコハぁ。良い子だなぁ」
「痛い痛い痛いですよぉっ」
ぐりぐり頭をなでまわしてやる。鳥の巣にしてやろう。
お前、あの刑事に合う必要無かっただろうが。あいつ、絶対署に帰ったら俺のこと調べんぞ。お前と違って俺は色々複雑ないでたちしてんだよ。黒歴史が満載なんだよ。大体お前、何のために俺がこうして事件解決してると思ってんの。犯人くらい分かるが、んなもん口に出す必要なんてないだろーが。俺自身が事件にかかわってるわけじゃないんだし。お前、そのトラブル体質で自分にも被害引き寄せるんだろ。だからお前の所に行く前に俺がちゃっちゃと片づけてやってんだぞ、おい。大体お前……頭は悪いし護身術どころか体力ないって……ぜってぇ殺される。殺されるだろボケェ!
なんて、可愛い後輩に言えるはずもなく。
「次は福島か……」
取り敢えず、あのバカを捕まえよう。
……また、新しい事件に巻き込まれる前に!