直感探偵-2
――また、だ。
「午後九時三十五分。犯人確保」
また、預言のように指差された人物が犯人だった。
大人しくお縄にかかった男は罪悪感にさいなまれている様に目を伏せていて、慣れた光景に碓氷は心の中でため息をついた。
本来ならば、喜んでもいいのだろう。新たな被害が出る前に犯人を捕まえることができたのだから。それでも素直に喜べないのは長い経験とともに積み上げられた矜持のせいである。
ちらりと振り向いた先には、見慣れた青年がにこにこと笑っていた。
この青年と出会ったのは、半年ほど前のことになる。
気の重くなるようなおどろおどろしい事件に現れたのが、今よりも少し背の低い青年だった。当初は当然のごとくまったく相手にせず、可笑しなことをと叱った覚えがある。しかしこちらがあの手この手で調べているうちに青年は勝手に現場に入ったり重要参考人にはなしを聞きに行ったりなどして証拠を集め、それ見たことかと犯人の証明をしてみせた。それでも諦めない女を説き伏せ、良心を引きずりだすように語りかけ、仕舞いには罪悪感で泣かせてしまったのである。本人はその後素直に自供し、ありえない様な推理劇その一はしこりの残る終わりをした。
偶然か、はたまた本当に驚異的な直感の持ち主なのか。気にはなったものの、その後に会えるとは思えず、振り返ることなく別れた。
しかし、その次。
それから三日後のこと。
青年は再び現れ、可笑しな台詞と主に犯人を当ててみせたのである。
そしてさらにその一週間後。二月後――気付けば二桁には突入している。もはや放っておくことも、危ういのである。
碓氷は部下に犯人の男を任せ、口を開いた。
「……また会ったな」
勿論、皮肉である。しかし当の青年はさして気にした様な様子もなく、ヘラリと笑って見せた。
「そっすね、お久しぶりっす!」
至極嬉しそうである。ああ、と覇気のない声がおもわず漏れた。
この、中身だけは年相応な青年は現在警察官の間で良くも悪くも注目されている人物である。
――近藤政彦。
この見た目で高校一年生であり、名の売れたバンドマンである。もっとも、顔出しをしていないため誰かに気付かれることもないのだが。碓氷がその事実を知ったのだって、本当に偶然の偶然である。
そして恐ろしい事に、碓氷の班の中にも信者と言ってもいい位のファンが数名いるのである。
「君……学校はどうしたんだね、まだ未成年じゃないか……」
「へっへー、休んじゃいました! 久しぶりの旅行で、保護者と来たんすよぉ。ここの温泉ってすごく気持ちよくて体にもいいって聞いたんで!」
「……だったら、こう言うことに関わるんじゃない」
しかし、現在注目されている所以はそこにあるわけではない。
それくらいだったなら、碓氷だってここまで気にしたりはしないだろう。
「……君、最近ネットで騒がれているのを知らないのか」
「あー、俺、さわると壊すんで近づかないようにしてるんすよ」
「……そうか」
照れ笑いする青年は、この情報化社会に珍しい。
それにしても、少しくらいは関心を持った方がいいんじゃないだろうか。確かにネットには嘘が交じっていることがある。だが、勿論事実だってあるわけで。さらに言えば最新のニュースなどを簡単に手に入れることができるわけで。
小さく、ため息が出る。
今日で一体何回目だろうか。口がさびしくて、思わず胸元に手が伸びる。それを青年が止めた。
「禁煙中じゃないんすか?」
「え? ああ……そう、だったな」
「駄目じゃないっすかー……うーん、しょうがないんでこれあげますよ」
差し出されたのは近所の売店のシールが貼られた飴だった。慣れたような渡し方につい身構えてしまったが、碓氷はありがたく頂戴した。……禁煙ガムじゃなくて良かった。こうみえて、彼は一応未成年である。
しかし、この行動の理由のひとつである彼にそう言われるのも複雑だ。
再び出そうになったため息を呑みこんで、碓氷は口を開いた。
「直感探偵」
「……はい?」
青年はきょとりと目を丸めて首をかしげた。
見た目以外は、本当に年相応な青年だ。
「君のことだ。直感探偵、だと。ネットで騒がれ始めている」
「……え。……まじっすか?」
嘘だったらどれだけ良かったことか。PC中毒者が班に居て本当に良かった。最初は所属する場所おかしいだろうと思ったものだが。
「直感で犯人を当ててしまう探偵がいるとネットで騒がれている。何処から情報が漏れたのか……今まで君が犯人を当てた事件がいくつか挙げられていたよ。ご丁寧に、新聞記事の写真まで貼り付けてくれてな」
掲示板はその後消されたらしいが、それでも噂は止まらないらしい。まあ、尾ひれがついて今ではただの超能力者になっているようだが。
「うげぇっ最悪! えっ何個っすか?」
「詳しくは分からないが……八つは挙げられていたと聞いたよ。君、北海道から沖縄まで随分行動範囲が広いんだね」
青年は珍しく顔をひきつらせて、ごまかすように笑った。
「あーはは、あー……はい、まあ、ちょっと……?」
「これに懲りたら大人しくしていなさい」
「……っす」
敬礼を真似たように片手を額に当てた青年をみて、碓氷は笑った。こうしていれば、普通の高校生の様だ。異常な背丈と、異常な勘、それから気持ち悪い位の口の上手ささえなければ。……つまり年相応なのはやはり中身だけということではあるのだが。
「君の勘は本当に、良すぎるから。……気をつけなさい」
「……あはっ。ハーイ」
……。真面目に聞いているんだか。何が楽しいのかにこにこへらへら笑っている青年が肩をすくめた。
一瞬表情が無くなった気がして、体が固まった。
「でも、しょうがないんだ」
何が、と思っても声は出ず、それどころか口さえ動かない。碓氷は目をむいて青年を見つめていた。
高校生らしかく無邪気な顔が、熱を失う様に無表情に変わる。その冷めた顔を、碓氷は見たことがある。事件に巻き込まれた人や加害者。それから、……。それから、遠い昔に。
その顔は、酷く傷ついた少年少女が、すべてを諦めた顔だ。
「だって、……分かっちゃうんだから」
へらりと切り替えて笑って見せる青年に、碓氷は知らずのうちに拳を握りしめていた。
己の失言がこの青年を意図せず傷つけた。この、真っ当に生きてきたように見える青年を。隠しているのだろうか。散々な目に、今まであってきたのだろうか。何かが胸をつっかえて、息苦しい。
にこにことわらう青年の顔を、碓氷はぼんやりと見つめた。
何か言わなければいけない。それは決して悪いものではないのだと。何事にも、裏表があるものなのだと。
気の利いた一言が出ずに、碓氷は唸る様にいった。
「……しかし、それも一つの個性だろう」
青年はやはり、今日も笑った。
「そっすね!」
しかし結局、この後碓氷は青年の気まぐれに振り回されるのだ。
その数日後。見事に新たな事件出会うことになるのはまた別の話である。