直感探偵-1
事件が発覚したのは、つい三十分前のことだった。
とある旅館の大広間にて、二十代半ばの従業員が血だまりに伏していた。発見された時には既に従業員の意識はなく、流れ出した血も乾きかかっていた。劈く様な悲鳴に野次馬が集まり、長閑だった空気は一気に騒然とした。
――殺人事件が起こったのである。この、美しい場所で。
呆気にとられる人々の中の、我に返った一人が救急車と警察に連絡をした。一人、また一人と我に帰り、半分の人々が我に返ったところで、つられたように全員が各各動き出した。
伏した従業員に恐る恐る声をかけ、そっと手を伸ばす。しかし既に脈は無く、冷たくなっていた。
すぐさま呼ばれた救急車が到着し、騒然とした現場には警察官が駆け付けた。険しい顔や哀しげな顔をした彼らが野次馬を宥めようと口を開いた。
「犯人は、貴方だ!」
そんな矢先に響いた、ひとつの声。
はっとして周りを見回した警察官の顔はひきつっている。野次馬たちも何事かとそれに倣う様に周りを見回した。
はたと止まった警察官の視線の先に、全員が目を向けた。
野次馬たちに紛れた、一人の青年が男を指差している。
彼は、まさに今の今まで休暇を楽しんでいましたと言った様な装いをしていた。旅館で用意されている浴衣を身につけ、土産物屋のロゴがはいった大きな紙袋を片手で抱えている。それだけならば、ただの青年だ。しかし少し開いた浴衣からは熱い胸板が覗いており、紙袋を抱えた腕は太い。二メートルはあろうかという長身に厳つい体つきは、かなりガラが悪い。数人は慌てて目を逸らした。
「……と、思います。はい」
周囲の目が自分に向いていることに気付いたらしい青年は慌てて腕を下ろして恥ずかしそうに顔を伏せた。まるで一度でいいから言ってみたかったんだと言わんばかりの頼りない姿だ。
あきれ顔をした周囲がため息をついて、指を差された男は我に返って酷く憤慨した。疲れた顔をした警察官はまた君か、と呟いた。
「何故そう思うんだね」
冷たい声色の警察官が吐き捨てる。
「なあ、聞かせてくれないか」
青年は少し頬を赤くさせて、しかしはっきりと答えた。
「直感かな!」
青年は静まり返った大広間で、ひとり清々しく笑って見せた。
――これは、直感探偵と謳われる彼のはなし。