第八話
どういう事なのでしょうか。
私は今探偵事務所に居ます。塔子の職場である「榊・名探偵事務所」の所内です。
扉は開いていましたが人っ子一人いません。塔子は椿と同じく従業員を雇わないので塔子がいなければこの事務所内は無人になるのですが、今に限れば無人であるというのは不自然です。何故ならここには塔子がいるはずなのですから。
しかし、塔子は何処にも居ないのです。
訳が分かりません。
私の中に焦りと悲しみが押し寄せてきます。
鼻の奥がツンとします。今日はよく涙の出る日です。私は滅多に涙を流さない質ですので、一日に二回も泣くというのはかなり珍しい事であるでしょう。
しかし泣いてばかりもいられません。
落ち着く為に私はスーパーマーケットで買った埃味のタバコを吸います。吐いた煙は行き場所を探すように、ただ揺らめいています。
脳の血管が収縮するのを感じながら私はある事に気がつきました。
それは塔子にあるのは放浪癖であって消失癖ではないということです。
塔子は消えてしまったのです。それは私自らが証人であるので真実です。
彼女はドアを開けて外に出て行ったわけではないのですからこれは放浪ではなく消失と言えるでしょう。
何故こんな簡単な事に気付けなかったのでしょうか。
いえ、簡単だからこそ気付けなかったのでしょう。
簡単な事を簡単にこなす人こそこの世で一番生きるのが巧い人なんだよと言う塔子の言葉を思い出します。
体から力が抜けていくのを感じます。
塔子は消えてしまったのです。それならば捜す意味などありません。消えてしまった者は何処にもいないのですから。
この旅は最初から無意味なものだったのです。くたびれ儲け以外の何ものでもなかったのです。
塔子はこの世界にはいない。ならば私は死ねません。死にたくありません。
私はこの瞬間から完全に寂しい人間になってしまいました。
またも瞼は涙を流します。
私は項垂れ、生きる希望を無くし、生きる絶望を手に入れたのでした。




